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「受動喫煙」も「HPV」感染リスクを高める

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:アフロ)

 受動喫煙防止をうたった改正健康増進法の全面施行が4月1日から行われる。この記事では、特に受動喫煙がHPV(Human Papilloma Virus、ヒト・パピローマ・ウイルス)というウイルス感染や関連疾患とどう関係するのか、考えてみる。

HPV感染予防にはワクチン接種を

 子宮頸がんを含むHPV関連疾患の予防については、ワクチン接種に関する議論が未だに根強い。

 子宮頸がんワクチンについては、2013年4月に定期接種になった。しかしその後、接種者に慢性的な疼痛や運動障害などの副反応が起きていることが報告され、積極的な接種を推奨することが一時的に中止された。

 HPV感染と発がんの予防にはワクチン接種が明らかに有効であり、日本産科婦人科学会はHPVワクチンの積極的な接種を再開するよう求め(※1)、WHO(世界保健機関)も子宮頸がんワクチンの安全宣言を頻繁に出すなど啓発を勧めている。しかし、日本では子宮頸がんのワクチン摂取率は現状でほぼゼロに近く、検診率も低い(約40%)。

 一方、20〜49歳の子宮頸がんによる死亡者数は漸増傾向にあり、2000年の509人から2015年には583人となっており、ワクチン接種の中止により今後さらに増えていくことが懸念されている。

 高リスクHPVの感染者は世界に約3億人、日本に約100万人いると推定され、前がん病変(Cervical Intraneoplasia、CIN)になった患者は日本で約10万人、子宮頸がんの患者は1万人以上いると考えられている(※2)。また、WHOによれば、毎年50万人以上が子宮頸がんにかかり、25万人が死亡しているという。

 子宮がんは、大きく子宮体がん(Endometrial Cancer)と子宮頸がん(Cervical Cancer)に分けられる。子宮頸がんの主な原因としてまず挙げられるのが高リスクHPV(発がん性の高い遺伝子タイプ6型、11型、16型、18型など、※3)の感染で、特に20代、30代でこのタイプのHPV割合が多い。

 男女とも80%以上の人は、生涯に一度は高リスクHPVに感染し、その後の数年から10年以上かけて浸潤がんに変化する。このタイプのHPVに感染すると、子宮頸部、膣、陰茎、外陰部といった性器のがん、そして口腔・咽頭がんのリスクをも高める。

 つまり、HPV感染は男性の陰茎がんの原因にもなる。

受動喫煙はHPV感染と関係するか

 ところで、喫煙は子宮頸がんの危険因子と考えられている(※4)。HPV感染の主なリスク要因は、男女とも性的接触だが、喫煙がHPV感染に影響を及ぼす危険性があり、喫煙とHPV感染リスクとの研究は多い。

 では、受動喫煙はどうだろうか。

 受動喫煙が女性の高リスクHPV感染の危険性を高めるという研究もある。HPV感染により引き起こされる軽度の子宮頸部異常(軽度扁平上皮内病変、Low-grade squamous intraepithelial lesion、LSIL)を示す905人の日本人女性を対象にした調査研究(※5)では、喫煙によって高リスクHPVへ進行する影響が認められ、若い女性では受動喫煙によって子宮頸部異常のリスクが高くなることが示唆されたという。

 米国の産科婦人科医のための医学雑誌『Obstetrics & Gynecology』に掲載された論文(※6)によれば、米国の国立健康統計センター(National Center for Health Statistics、NCHS)が行っている国民健康栄養調査(National Health and Nutrition Examination Survey、NHANES)の2009〜2014年の成人女性(18〜59歳)を対象にしたという。

 その中から合計5158人が調査に参加し、HPV感染(HPVを37の遺伝子タイプによって分けた)のリスクとタバコ煙にさらされる3タイプ(タバコを吸わずほぼ受動喫煙にもさらされていない群、タバコは吸わないが受動喫煙にさらされている群、自身が喫煙する群)の関係を調べている。

 高リスクを含むHPV感染は子宮頸部と膣からのHPVサンプル採取で評価し、タバコ煙の暴露の3タイプはニコチンの代謝物であるコチニンの濃度(カットオフ値:0.05ng/mL)を採血して評価した。

 そのうちタバコを吸わず受動喫煙もほぼない群が2778人、受動喫煙にさらされている群が1109人、喫煙群が1271人だった。変数(人種、年齢、婚姻、教育、収入)を調整した結果、タバコ煙にさらされている度合いと性交渉の相手の人数で、高リスクHPV感染の間に相関関係があったという。

 HPV感染の割合では、受動喫煙がない群で29.9%、受動喫煙のある群で48.0%、喫煙群で58.0%となっており、これが高リスクのHPV感染になると受動喫煙がない群で15.1%、受動喫煙のある群で26.1%、喫煙群で32.1%とさらに高くなった(※7)。

 HPV感染のリスクをタバコも吸わず受動喫煙にもさらされていない群とオッズ比で比較すると、受動喫煙群で1.7、喫煙群で2.1となり、高リスクHPV感染では受動喫煙群で1.4、喫煙群で1.7となった。つまり、受動喫煙でも、高リスクHPV感染にかかる危険性が高いことがわかったという(※8)。

ニコチンにも悪影響が

 タバコ煙が、HPV感染や子宮頸がんの発症に関係する理由については、ニコチンの持つ受容体刺激が子宮頸がんを発症させるのではないかという研究がある(※9)。

 また、ニコチンが後天的な遺伝子変異や遺伝子修飾(エピジェネティクス、Epigenetics)を引き起こし、その結果、発がんさせているのかもしれない。ニコチンとその代謝物である発がん性のあるニトロソアミン類は、脆弱な遺伝子に作用し、がんを発症させることがわかっている(※10)。

 ニコチンが体内で代謝されるとコチニン、ノルニコチン、4-メチルアミノ-1-(3-ピリジル)-1-ブタノンに変わる。これらの物質が体内で反応すると、発癌性のあるニトロソアミンN’-ニトロソノルニコチン(NNN)、4-(メチルニトロソアミノ)-1-(3-ピリジル)-1-ブタノン(NNK)を発生させることがあるからだ。

 子宮頸がんのリスクを軽減するには、まずワクチンを再開することが重要だ。そして、受動喫煙対策を含むタバコ対策と禁煙サポートも忘れてはならない。

※1:日本産科婦人科学会「子宮頸がんとHPV ワクチンに関する最新の知識と正しい理解のために」(PDF)

※2:川名敬ら、「ヒトパピローマウイルスと腫瘍性病変─Neoplastic Diseases associated with Human Papillomavirus Infection─」、化学療法の領域、第22巻、第10号、2006

※3:Harald zur Hausen, et al., "A new type of papillomavirus DNA, its presence in genital cancer biopsies and in cell lines derived from cervical cancer." The EMBO Journal, Vol.3, Issue5, 1151-1157, 1984

※4-1:IARC, "Tobacco smoke and involuntary smoking." IARC Monographs on the Evaluation of Carcinogenic Risks to Humans, Vol.83, Lyon, France, IARC, 2004

※4-2:International Collaboration of Epidemiological Studies of Cervical Cancer, et al., "Carcinoma of the cervix and tobacco smoking: collaborative reanalysis of individual data on 13,541 women with carcinoma of the cervix and 23,017 women without carcinoma of the cervix from 23 epidemiological studies." International Journal of Cancer, Vol.118, No.6, 1481-1495, 2006

※5:Koji Matsumoto, et al., "Tobacco smoking and regression of low-grade cervical abnormalities." Cancer Science, Vol.101, Issue9, 2065-2073, 2010

※6:Christpher M. Tarney, et al., "Tobacco Use and Prevalence of Human Papillomavirus in Self-Collected Cervicovaginal Swabs Between 2009 and 2014" Obstetrics & Gynecology, Vol.132, Issue1, 45-51, 2018

※7:P<.001:HPV感染:受動喫煙がない群95%CI:27.2〜32.7%、受動喫煙のある群95%CI:44.5〜51.6%、喫煙群95%CI:54.5〜51.6%、高リスクHPV感染:受動喫煙がない群95%CI:15.1〜20.9%、受動喫煙のある群95%CI:22.7〜29.7%、喫煙群95%CI:29.6〜34.7%

※8:P<.001:HPV感染:受動喫煙のある群95%CI:1.3〜2.1、喫煙群95%CI:1.7〜2.7、高リスクHPV感染:受動喫煙のある群95%CI:1.1〜1.8、喫煙群95%CI:1.4〜2.2

※9:Itzel E. Calleja-Macias, et al., "Cholinergic signaling through nicotinic acetylcholine receptors stimulates the proliferation of cervical cancer cells: An explanation for the molecular role of tobacco smoking in cervical carcinogenesis?" International Journal of Cancer, Vol.124, Issue5, 1090-1096, 2009

※10-1:Toshiya Soma, et al., "Nicotine induces the fragile histidine triad methylation in human esophageal squamous epithelial cells." International Journal of Cancer, Vol.119, Issue5, 1023-1027, 2006

※10-2:H Liu, et al., "Cigarette smoke induces demethylation of prometastatic oncogene synuclein-γ in lung cancer cells by downregulation of DNMT3B." nature, Oncogene, Vol.26, 5900-5910, 2007

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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