MD突破可能、ロシア軍の極超音速滑空兵器「アヴァンガールト」
3月1日にロシアのプーチン大統領が一般教書演説で言及した新兵器「アヴァンガールト」は長射程の戦略兵器で、アメリカのミサイル防衛を突破できる画期的な能力を持つとされています。公開されている情報から極超音速ブーストグライド兵器と推定され、実戦配備されれば史上初となる全くの新型兵器です。これは弾道ミサイルでも巡航ミサイルでもない「滑空ミサイル」という新しいカテゴリーに分類されます。ロケットで打ち上げて加速し、グライダーとして空気抵抗の低い大気の非常に薄い高高度を飛行していく事で、弾道ミサイルに近い高速性と長射程を持ちながら巡航ミサイルに近い機動を可能とし、飛行経路が予想し難く迎撃を突破し易い特徴を持ちます。
なお極超音速とはマッハ5以上を指し、弾道ミサイルやロケットであれば達成は容易ですが、有人航空機や巡航ミサイルでは達成困難であり、後者ではスクラムジェットエンジンという新しい種類のジェットエンジンを実用化する必要があります。
ロシア国防省公式YouTubeアカウントより 極超音速滑空翼体を備える複合体「アヴァンガールト」
公開された動画と併せて判明している事は以下の通りです。
- 最大速度マッハ20(大陸間弾道ミサイルと同等)
- 飛行中の機体表面温度は1600~2000℃
- 射程は少なくとも5500km以上、最大で1万km超
- 発射・加速にはロケット(弾道ミサイル)を用いる
- 弾道飛行は行わず、滑空飛行を行う
最大速度マッハ20はスクラムジェットエンジンの理論上作動限界マッハ15(炭化水素燃料では作動限界マッハ8)を超えている為、アヴァンガールトには搭載していないと考えられます。これでアヴァンガールトは巡航ミサイルではなく滑空ミサイルであると推定できますが、速度が落ちてからエンジンを始動する可能性もあるので、現時点ではまだ議論があります。
アヴァンガールトの滑空体には4つの方向舵が存在し、おそらくこれとスラスター噴射を組み合わせて機動を可能とします。ただしこのイメージ映像は機密保持のため実機とは異なる可能性が高く、実際にこのような装備なのかは現時点では確定した事は分かりません。同時に公表された新兵器のキンジャールは既存技術の流用で作られたもので実機の映像が早々と公開されましたが、アヴァンガールトは新技術の塊のような存在なので実機の写真や映像はごく一部に制限されており、今回公開された映像からは製造中の滑空体胴体部分の部品らしきものが映っているのみで、構造が類推できる箇所はありませんでした。
アメリカ軍のアヴァンガールト対応策
極超音速滑空体は弾道飛行をせず大気の希薄な高高度を飛行します。そうなるとMD(ミサイル防衛)で対処する場合、大気圏外で迎撃する事を想定したGBIやSM-3では対処する事が困難です。THAADならば極超音速滑空体の飛行する高度を得意としますが、THAADは中距離弾道ミサイルまでの対処を想定した迎撃兵器なので、大陸間弾道ミサイル並みの速度を発揮するアヴァンガールトが相手となると速度が不足します。そこでアメリカ軍は2段式の改良型THAAD、「THAAD-ER」を提案しています。
ミサイル防衛議員連盟公式YouTubeアカウントより「THAAD Extended Range」
しかし迎撃高度の問題は解決できても、極超音速滑空体が迂回機動を実施してくる事には対処ができません。遠距離で迎撃する事は困難なままで、ある程度接近して引き付けてから迎撃する対応になるので、アメリカ全土を防衛しようとすると膨大な数のTHAAD-ERを調達する必要に迫られる事になります。
ただし、そもそもこれまでのアメリカ本土防衛用MDは北朝鮮やイランの長距離弾道ミサイルに対処できればよい、ロシアや中国の長距離弾道ミサイルには対抗しないという性格のものでした。前者は実戦に発展する可能性が真剣に考えられているが、後者には核抑止力で対処すればよい、現状の大国間での核抑止バランスをなるべく崩したくないという発想です。アメリカが今後もこの方針を維持し続けるなら、ロシアのアヴァンガールトへの対策は後回しになるでしょう。もし方針を転換し極超音速ブーストグライド兵器への対策を始めた場合、従来の核抑止力のバランスは変わり始め、核軍縮とは逆の方向に突き進む可能性があります。