あの海外組も絶賛... アルゼンチン戦快勝の地・北九州 「海ポチャ構造」と五輪代表戦
アルゼンチン相手に3-0の快勝後、久保建英も褒めていた。
「会場に入った時から綺麗なスタジアムだなということは感じました。今日は声援こそありませんでしたが、スタジアムと選手が一体になり、選手を後押しするような雰囲気を感じました。コロナでなければ大きな声援を感じられるだろうと想像できますね。
コロナの影響もあり、今回なかなかスタンドから海を観ることはできませんでしたが、今日は(新しく五輪代表戦が行われる地での)新しい観客の応援を間近で聞きました。サッカーをやるためのスタジアムで、ピッチ状態もいい。観客席と近くてコンパクト。ギラヴァンツ北九州はいいスタジアムを持っているなと思います」
3月29日にU-24代表の日本―アルゼンチン戦が行われた北九州スタジアム(Jリーグ開催時は「ミクニワールドスタジアム北九州」)についてだ。筆者自身、ここの出身者として試合開催の背景などを取材した。
「海ポチャスタジアム」での五輪代表戦
試合前からTwitter上でちょっとした話題になっていた。国際試合での「海ポチャ、あるか?」という点だった。「あればアルゼンチンでも話題になるのでは?」と。2017年オープンのスタジアムにとって男子サッカーでの「国際試合デビュー」だった。のみならず今年で市制年を迎える北九州市にとっても初めての試合。それはスタジアムや地元にとっても「最高の機会のひとつ」だったのだ。
「海ポチャ」と「五輪代表戦開催」にはちょっとした関連性がある。
テレビ中継でも映ったのではないか。北九州スタジアムのバックスタンドはメインスタンドとアシンメトリーで小さく、そして後方が海(関門海峡)になっている。だからこそ、海ポチャの可能性がある。
「バックスタンド側をもう少し大きくしようと思うのなら、海にせり出すように建築しなければなりません。この柱を立てるのには莫大なコストがかかり、建設当時に市長が設定した予算のラインを超えました。メインスタンド側はすぐ横を通る道路の形状を変えるほどにギリギリいっぱいまで大きくしてある。それゆえ今の構造とキャパシティに落ち着いたのです」(08年頃から市議会でスタジアム建設の質問を行った木村年伸元市議)
じつは現在の「海ポチャスタジアム」、まったく違うものとなる可能性があった。そもそも木村元議員が最初に市に提案した規模は「豊田スタジアム基準のもの」だった。
せっかく造るんだったら大きいものがよい。九州でサッカーの国際Aマッチを開催する基準を満たすのは、大分のみ。北九州が2番めになるのはどうだろうと。
しかし豊田を現地視察した市側の反応は「たいへん素晴らしいが、財政的に北九州にあれは無理」。その時点で同じ九州の鳥栖スタジアム規模を想定しようという話になったという。
候補地は2つあった。まずは現在の(山陽新幹線がすべて停車する)小倉駅近くの海沿いの場所。
もうひとつは2012年から幾度か閉園が囁かれた遊園地・スペースワールドの跡地(小倉駅から5駅め)。そこはスタジアム、ギラヴァンツのクラブハウス、野球場を入れても十分と見られる面積だった。木村元議員らの会派は「やはり大きいスタジアムを目指せるのでは」という思いも抱いたという。
この閉園の状況を見守るべく、当初は2016年オープン予定だったが「1年延長」に。2017年となった。最終的には現在の場所に落ち着いたが、スタジアム規模の問題も市議会での議論のポイントだった。
09年からスタジアム建設に携わった木村元議員らの会派の考えは「ギラヴァンツを支えるために、オープンまであまり時間はかけられない」。スタジアム規模はやはり大きくあるべきと考えたが、Jリーグ開催のほかに「なんとか五輪代表の開催規模を守れるようにしよう」とした。いわば妥協点だったのだ。
ということは…29日のアルゼンチン戦開催は、開催都市側にとっての悲願でもあったのだ。スタジアム建設話浮上から約12年、また2010年まで政令指定都市で数少ない「プロ野球もJリーグも存在しない街」という一面もあった北九州市にとっては、大きな出来事だった。
日本サッカー協会は公式サイトには「サッカースタジアムの建設・改修にあたってのガイドライン」が公開されている。北九州スタジアムは1万5503人収容で、上から2番めの「1ランク」に位置づけられる。A代表の試合開催基準は満たさない。それゆえ、男子サッカーでは「五輪代表の親善試合」と「アジアチャンピオンズリーグ」が最高の舞台だ。
それでも、Aマッチの開催資格と引き換えに「小さなバックスタンド」が出来上がった。メインスタンドとゴール裏から見える構造も得た。スタジアム完成後も市側の試合誘致への努力は続いた。2018年、大分で行われたAマッチ日本―ベネズエラ戦が市側とJFAとの本格的な縁の始まりだった。
「ベネズエラ側の練習場が確保されていなかったんです。そこで急遽北九州に話が来た。そこをお受けした際に、北九州の対応が好評を得たのです。スタジアムについても、駅から近いという点、そしてVIPルームがしっかりしている点を評価されました。JFA(日本サッカー協会)側との関係がとても良くなり、今回のアルゼンチン戦試合開催の提案をいただけることになったのです」(北九州市役所国際スポーツ大会推進室の三浦隆宏国際スポーツ大会推進室長)
”地元監督”での勝利 五輪代表の聖地を目指そう
じつは北九州はこの日、日本U-24代表の指揮官を務めた横内昭展監督にとっての地元でもある(北九州市若松区出身)。
「自分がいたころにはこのスタジアムはなかったのですが、本当にいいピッチだなと思いました。間近に応援を感じることができました」
”地元監督”でアルゼンチンに歴史的勝利。このきっかけから、北九州が「五輪代表の聖地」を目指すというのも本当に素晴らしい道だ。
(本来は)23歳以下という限られた時間のなかで、「若い頃に試合をここでした」という記憶がずっと残ってくれれば。無機質な大きさよりも、個性あるコンパクトさを。市議のグループのなかには「北九州は箱物を中途半端に作って大きく育てられない」という声もあったというが、違う考え方もある。
ギラヴァンツ北九州であれ、日本の年代別代表選手であれ、女子代表選手であれ、そこで活躍する選手たちがスタジアムという建築物のストーリーを作っていってくれる。そんなことも感じた。筆者自身も地元出身として久保建英がこちらの質問に「ギラヴァンツ北九州」と口にしたのはちょっと嬉しかった。いやかなり。考えてみればFC東京時代に触れていた名前でもあるんだろうが。「また代表で来てね」とも言ってみたいが、一期一会というのもそりゃ素晴らしい。
昨日の快勝を開催地の視点で切り取るなら「10年以上待って、こんないい出来事があるなんて!」。そういったところだ。