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上白石萌音はどこに出ていた? NHK土曜ドラマ「探偵ロマンス」を深堀りする

木俣冬フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人
『探偵ロマンス」より 写真提供:NHK

脳で痺れて心が揺れる探偵活劇

NHK大阪局で制作された帝都の探偵活劇「探偵ロマンス」は江戸川乱歩が作家になるまでを虚実入り乱れて描いている。あえて江戸川乱歩にどっぷりハマった作家ではない、坪田文を脚本に抜擢し、江戸川乱歩の世界の再構築を試みる意欲作。乱歩好きの心をくすぐる仕掛けがたくさん散りばめられて、坪田さんいわく「乱歩の世界のコラージュ」は、万華鏡をのぞくような幽玄な世界になっている。

濱田岳が演じる若き乱歩こと平井太郎と、草刈正雄演じる白井三郎との祖父と孫くらいの年齢差のあるバディが楽しさと深みがある。第2回には、事前に発表されていた上白石萌音(声)も登場した。

制作統括櫻井賢チーフプロデューサー、演出家の安達もじり、脚本の坪田文に裏話を聞いた。

『探偵ロマンス」より 左、お百(世古口凌)、右、平井太郎(濱田岳) 写真提供:NHK
『探偵ロマンス」より 左、お百(世古口凌)、右、平井太郎(濱田岳) 写真提供:NHK

ロマンスはほんとうに好きな人としかしてはいけない

――第2回で、上白石萌音さんがお百(世古口凌)の歌の声をやっていました。

櫻井賢チーフプロデューサー「お百の影歌を担当している人物が存在する設定で、誰に歌ってもらおうかと考えたとき、音楽をお願いしている大橋トリオさんから上白石萌音さんはどうだろうと意見をもらいました。確かに、いろいろな悲しみが乗った歌詞の世界を表現できるのは萌音さんしかいないと思ってダメ元でお声がけしたら、快諾していただけました」

――歌詞はどなたが書いたのでしょうか。

坪田文「私が書いて、大橋さんが曲をつけてくれました。とてもいい曲で、第1回にもインストゥルメンタルで流れています」

――お百は口パクをしているという設定なんですね。

演出・安達もじり「オケピみたいなところで歌っている設定です」

――お百はどのように生まれたのでしょうか。

坪田「『探偵ロマンス』を書くにあたって、江戸川乱歩さんの自伝『わが夢と真実』を読んだら、乱歩が学生時代に男の子に恋をして、でもとても清い関係でという話が掲載されていました。そこから着想を得て、太郎が夢中になる人物として描きました。お百にキスを迫られた住良木(尾上菊之助)が『ロマンスはほんとうに好きな人としかしてはいけないんですよ』と言う場面では、自分で脚本を書いておきながら、思わず声が出ました(笑)」

『探偵ロマンス」より 左、住良木(尾上菊之助)、右、美摩子(松本若菜) 写真提供:NHK
『探偵ロマンス」より 左、住良木(尾上菊之助)、右、美摩子(松本若菜) 写真提供:NHK

――住良木も気になるキャラですよね。

坪田「あの怪しい美しさは乱歩作品の世界から抜け出てきたようですよね」

こんなチャンスは2度とない

――坪田さんは元から乱歩に詳しかったわけではないそうですが。

坪田「代表的な『黒蜥蜴』や少年探偵団シリーズなどは読んでいましたが、深い知識がある訳ではない私に、いままでにない乱歩を書いてほしいと櫻井さんに言っていただけたので挑戦出来ました。ドラマでオリジナル作品を書く機会は今までなかったので、やってみたかったことと、企画者である大嶋さん(演出の大嶋慧介)の、若き日の乱歩が日本初の名探偵に弟子入りを志願していた史実から探偵に弟子入りして大作家になるまでを描く長い期間の物語という構想を魅力的に感じ、“探偵活劇”を作るという試みにも惹かれました。大変そうだけれど、こんなチャンスは2度とないと思って挑みました」

――実際、乱歩の世界を描いてみていかがでしたか。

坪田「ふだんの読書とは違い、脚本を書くために乱歩の心を読み解こうと思って著作を読んでいくと、読めば読むほど乱歩の心の内にある『本当』がわからなくなって、けれどわからないからこそ魅力的なのだと思いました。それが劇中にある『知りたい』に繋がっています。自伝に書かれた嘘かほんとかわからないエピソードの数々がとてもおもしろくて、それらの断片的な情報をつなぎ合わせ“平井太郎”というドラマのキャラクターに再構築させていただきました。乱歩の世界のコラージュのようなものです」

生きるのがしんどくてしかたないとき包み込んでくれる人

――白井三郎(草刈正雄)はどうやって生まれたのでしょうか。

坪田「乱歩が実際、私立探偵事務所に入ろうと面接を受けたというエピソードから、架空の探偵を考えました。企画の段階では中年探偵でしたが、『うつし世はゆめ、夜の夢こそまこと』という乱歩の言葉から、 “夢”について考えたとき、夢を追いかける時間の終わりが少しずつ見えて来ている老探偵と、叶うかどうかもわからない夢に向かって苦しむ時間が無限に自分の前にあると思っている若い作家。親子以上の年の差があり、全く違う二人の人間が“夢”というキーワードで繋がったら素敵なのではないかと思いました。第1回で、三郎が『あんたの小説を読んでみたい』と言って、太郎がなんでそう言ってくれたのか訊くと、その切実さに打たれて『茶化してわるかったね』と言う。謝るときは若者だとかそういう肩書は取っ払って誰しもに向き合い、ちゃんと謝る、そういう人物が描けてよかったです。生きるのがしんどくてしかたないなか、こういうふうに包み込んでくれる人がいてほしいという思いで白井三郎という人物を書きました。私の描いた“夢”は、一筋の光のような希望かもしれません。また、三郎がピス健(土平ドンペイ)との攻防のあと、あえて老いた上半身をさらして歩き方も疲れた感じになっていますよね。スーパーマンではなく身体を酷使して探偵をやっているのだというギャップも魅力的だと思っています」

ーー白井三郎という名前は横溝正史が『呪いの塔』で乱歩をモデルにして描いた人物と同じです。

坪田「偶然なんですよ。似た音から名前を考えると、そこに行き着くんですかね(笑)。三郎と太郎、ふたりの名前が似ているのがすてきだなって思います」

――平井太郎と白井三郎、いいコンビです。

坪田「ミステリーの定石の、ハウダニット(どうやって行ったか)を三郎が、ホワイダニット(なぜ行ったか)を太郎が担っているというふうにしています」

ーー第1回で、太郎が作家になるために人と触れ合っていこうとします。そんななかで街の暮らす人達が点描で描かれていて、第2回でも印象的です。こういう市井の人たちのことを描いていく作家になるのかなと思ったのですが、ああいう人物は台本にも描いてありますか。

坪田「台本にも書いています。演出の大嶋慧介さんと安達もじりさんたちと台本をつくるにあたって、もじりさんが“まなざし”を入れたいというアイデアをくださいました。それはすごくしっくり来ました。太郎が市井の生活者たちと触れ合っていくというテーマを説明にならないように描く手段に導いていただけてすごく嬉しかったです。これもドラマ作りの醍醐味で。脚本だとただ一行、一言なんですよ。例えば“鶏ガラみたいな遊女”や“街の人”とト書きに書いてあるだけで、なのにそれが映像になると、演出家やカメラマンや俳優の力でしっかり伝わってくるものになっている。あそこだけ画の雰囲気が違うのも好きなんです。太郎の目を通して見ている世界は幻想的ですが、街の人達はもう少し生っぽい感じがして。太郎は彼らを見ているけど、彼らからも見られているような感覚がします。その“まなざし”のアイデアから第4回の発想が生まれました。それもまた、一筋の光でした」

安達「太郎を通して見た世界が主軸にありますが、太郎の目線だけで描くと没入し過ぎてしまうかなと思って。それがドラマ作りだと思いつつも、なにかもうひとつ目線を置くことで、重層的なことをやってみたいとふと思って坪田さんにご相談しました。美術デザイナーの瀬木文が、当時の街の資料を集めてきてくれて、それを参考にしました」

『探偵ロマンス」より 白井三郎(草刈正雄) 写真提供:NHK
『探偵ロマンス」より 白井三郎(草刈正雄) 写真提供:NHK

――ほかに、スタッフとやりとりして広がったシーンはありますか。

坪田「第2回の、ピス健とのアクションシーン。空中2回転するような華麗なアクションは、さすがにこれは実現不可能だろうと、妄想という形になり、より面白くなったと思います」

行き場のない不満が充満し、煮詰まっている。様々な人の想いが爆発するかどうか狭間の時代

――第2回では落書きする人が増えていて、くすぶる街の人の感情がスペイン風邪のように蔓延しているとか、ロシアとの関係とか、いまの日本だなあと思えてきます。

坪田「このドラマを企画した大嶋さんは、本をたくさん読んでいて、参考になる資料をたくさん見せてくれました。そこで繰り返し大嶋さんが言っていたのは、大正から昭和に移っていくこの時代の空気はいまの時代とすごく似ているということです。行き場のない不満が充満し、煮詰まっている。様々な人の想いが爆発するかどうか狭間の時代。その空気感を描けるなら今このドラマをやる意味があるかもしれないと思いました。ただ私は勉強が苦手なので、最初は子供向けの本も用意して頂いて勉強しました(笑)。スペイン風邪とマスクは風俗的な描写のみならず、物語に生かされています。当初、三郎が、どうやって白井三郎だとバレずに生活しているのだろうと思っていたのですが、ちょうどスペイン風邪でマスクしていれば顔が隠せるんですよね。これも皆で勉強する中で生まれたアイデアです」

――ほかに印象的なシーンはありますか。

坪田「森本慎太郎さんは、新聞記者という難しい役割を深みをもって演じてくれています。第1回の冒頭はシリアスなシーンからはじまるのですが、そこに森本さんのカラッとして華のある声が入り、物語を引っ張ってくれることによって作品の世界がパッと広がったと思います。以前にも一度、お仕事をご一緒していて、信頼しています」

――第3、4回の見どころを教えてください。

櫻井「これからますますボルテージが上がっていきます。見ていて脳が痺れる感覚に浸ってください」

安達「乱歩作品の様々な要素が花開いて、エモーショナルな展開になっていきます」

坪田「『なんてじじいだ』のシーンは1話に1回出てきます。脳で痺れて心が揺れる、そういう探偵活劇になっています!」

土曜ドラマ「探偵ロマンス」

【放送予定】

毎週土曜 総合 夜10:00~10:49 <全4話>

【脚本】坪田文

【音楽・主題歌】大橋トリオ

【出演】濱田岳 石橋静河

泉澤祐希 森本慎太郎 世古口凌 杏花 原田龍二 本上まなみ 浅香航大 浜田学

/ 松本若菜 上白石萌音 近藤芳正 大友康平 / 岸部一徳 市川実日子 尾上菊之助 草刈正雄 ほか

【制作統括】櫻井賢

【プロデューサー】葛西勇也

【演出】安達もじり 大嶋慧介

物語

20世紀初頭、帝都では、世界大戦による好景気の終えんにより超格差社会が生まれ、犯罪や強盗がはびこるうえに、スペイン風邪がまん延していた。のちに江戸川乱歩となる平井太郎(濱田岳)は初老の名探偵・白井三郎(草刈正雄)とバディを組み探偵稼業をはじめる。やがて太郎は明智小五郎や怪人二十面相などの登場人物を思いつき傑作ミステリーを生み出していく。上海帰りの魅惑の貿易商・住良木(尾上菊之助)、秘密倶楽部の妖艶な女主人・美摩子(松本若菜)、太郎を見下す新聞記者の潤二(森本慎太郎)、鬼警部・狭間(大友康平)、バーのマスター伝兵衛(岸部一徳)、魅惑の俳優・お百(世古口凌)、三郎と昔なじみのお勢(宮田圭子)、太郎が文通している隆子(石橋静河)など、クセの強い登場人物が帝都に出現する。

フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人

角川書店(現KADOKAWA)で書籍編集、TBSドラマのウェブディレクター、映画や演劇のパンフレット編集などの経験を生かし、ドラマ、映画、演劇、アニメ、漫画など文化、芸術、娯楽に関する原稿、ノベライズなどを手がける。日本ペンクラブ会員。 著書『ネットと朝ドラ』『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』、ノベライズ『連続テレビ小説 なつぞら』『小説嵐電』『ちょっと思い出しただけ』『大河ドラマ どうする家康』ほか、『堤幸彦  堤っ』『庵野秀明のフタリシバイ』『蜷川幸雄 身体的物語論』の企画構成、『宮村優子 アスカライソジ」構成などがある

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