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球界随一の敏腕代理人スコット・ボラス氏の交渉術は最早通用しなくなったのか?

菊地慶剛スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師
藤浪晋太郎投手の代理人も務めるスコット・ボラス氏(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

【ベリンジャー選手がカブスと再契約で合意】

 スプリングトレーニングがスタートした後もまだ多くのFA選手が未契約状態に置かれていることに、選手会のトップであるトニー・クラーク常任理事が危機感を表明する中、現地時間2月26日に今オフの大物FA選手の1人だったコディ・ベリンジャー選手が、昨シーズン所属していたカブスと契約合意したと報じられた。

 現時点でカブスから何の発表もなされていないものの、米メディアによればフィジカルをパスでき次第正式発表される見通しだ。合意内容は3年総額8000万ドル。ESPNのジェフ・パッサン記者によると、2024、2025年の年俸が3000万ドルで、2026年が2000万ドルとなる。ベリンジャー選手には別途、2024年と2025年のオフにオプトアウト(契約解除)権が付与されているようだ。

 またレッドソックスのアレックス・コーラ監督が、同じく未契約状態のジョーダン・モンゴメリー投手とオンライン面談を実施したことを明らかにしており、今後も残されたFA選手たちに動きがでてきそうだ。

【ベリンジャー選手の契約交渉に失敗したボラス氏】

 すでに本欄で報告しているように、上記の2選手に加え、ブレイク・スネル投手、マット・チャップマン選手、JD・マルティネス選手といった未契約の大物FA選手たちは、球界最強の敏腕エージェントであるスコット・ボラス氏のクライアントだ。

 これまで数々の大型契約をものにしてきたボラス氏だったが、今回のベリンジャー選手の契約交渉はどう見ても失敗に終わったと考えるべきだろう。各メディアが予想している契約内容と比較しても、契約年数、年俸総額ともに大幅に下回っている。

TRADE RUMORS:12年総額2億6400万ドル

ESPN:7年総額1億4700万ドル

CBS Sports:6年総額1億8000万ドル

The Athletic:6年総額1億4400万ドル

 また米メディアによれば、ベリンジャー選手は総額2億ドル以上の契約を模索していたとされ、明らかに希望通りの契約を獲得することができなかった。

【ボラス氏との直接交渉を避け続けたカブス・オーナー】

 あくまで憶測ではあるが、今オフの契約交渉に失敗したため今シーズンと来シーズン終了後のオプトアウト権を得ることで、今後の活躍に期待して来オフ以降に大型契約を獲得する方向にシフトしたようだ。

 ただ打棒復活を果たしたベリンジャー選手が昨シーズンの成績を今後も維持できるかは未知数な面がある他、現在28歳のベリンジャー選手も年齢を重ねることで、徐々に長期契約を獲得するのが難しくなっていくという複数のリスクを抱えている。

 元々ベリンジャー選手とカブスは、相思相愛の関係だと目されていた。2022年オフにドジャースからノンテンダー(戦力外通告)されたベリンジャー選手をカブスが迎え入れ、打棒復活の機会を与えてくれた。

 一方でカブスからすれば、打棒復活したベリンジャー選手は、今オフの補強ポイントだった左の首位軸打者に最適の人物だった。そうした関係性を考えれば、米メディアが予想しているように、今オフに6年を超えるような大型契約を獲得できていたはずなのだ。

 それでも両者の間で、本格的な契約交渉に移行することはなかった。その理由はオーナーを巻き込んで粘り強い交渉を行うボラス氏に対し、トム・リゲット・オーナーが彼の交渉術にまったく乗ってこなかったためだ。

 「スコットと話すつもりはない。彼の交渉術の1つはオーナーと直接交渉することだ。それをしてしまうと、我々GMの威信を損なうことになる。自分が交渉に参加することで、交渉の助けになるとは思わない」(リゲット・オーナー)

 リゲット・オーナーは最後までその姿勢を崩すことはなく、結局ボラス氏の方から歩み寄るしかなく、今回のような契約で決着したようだ。

【さらにボラス氏に逆風が吹く可能性も】

 実は今回のベリンジャー選手だけではなく、マルティネス選手の契約交渉でも失敗した感が否めない。

 米メディアによると、ジャイアンツはマルティネス選手に対し1年1400万ドルのオファーを提示していたのだが、最低でも2000万ドルを希望していたマルティネス選手側がこれを拒否していたという。その後ジャイアンツは、ホルヘ・ソレア選手と3年総額4200万ドルで契約合意するという、皮肉な結果に終わっている。

 今後ボラス氏がマルティネス選手にどんな契約をもたらすのか注目したいところだが、最後まで強気な姿勢を貫き、少しでも多くの自分たちの希望を通させようとするボラス氏の交渉術は、今後通用しなくなる可能性が出てきている。

 今オフのFA市場の停滞を受け、ロブ・マンフレッド・コミッショナーがFA選手との契約交渉に期限(デッドライン)を設けるべきではとの考えを明らかにしたのだ。もちろんボラス氏は「デットラインは(選手にとって)デスラインになる」と真っ向から異を唱えている。

 期限の設定は、現時点でまだマンフレッド・コミッショナーの案でしかないが、もし正式採用されるようなことになれば、ボラス氏の交渉術は転換期を迎えることになるだろう。

 いずれにせよボラス氏はシーズン開幕までに、残された大物FA選手たちに新たな所属先を見つけることができるのだろうか。

スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師

1993年から米国を拠点にライター活動を開始。95年の野茂投手のドジャース入りで本格的なスポーツ取材を始め、20年以上に渡り米国の4大プロスポーツをはじめ様々な競技のスポーツ取材を経験する。また取材を通じて多くの一流アスリートと交流しながらスポーツが持つ魅力、可能性を認識し、社会におけるスポーツが果たすべき役割を研究テーマにする。2017年から日本に拠点を移し取材活動を続ける傍ら、非常勤講師として近畿大学で教壇に立ち大学アスリートを対象にスポーツについて論じる。在米中は取材や個人旅行で全50州に足を運び、各地事情にも精通している。

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