Yahoo!ニュース

深圳日本人男児殺害に浮かぶ中国の揺らぎ――外国人襲撃と凶悪殺人の急増は“個別の案件”に矮小化できるか

六辻彰二国際政治学者
深圳の事件現場に献花に訪れた男性(2024.9.19)(写真:ロイター/アフロ)
  • 中国では外国人襲撃が増えており、そこには習近平体制が唱道してきたナショナリズムの影響がうかがえる。
  • それと並行して中国では、中国人同士の通り魔的な殺人も増えている。
  • 外国人襲撃や凶悪殺人の急増する背景には、欧米における移民排斥などと同じように、経済停滞の影響が指摘されている。

「ヘイトクライムではない」の論理

 深圳で9月18日に発生した日本人男児殺害事件を受け、中国政府報道官は「遺憾と悲しみ」を表明した。

 その一方で、「こうした事件はどの国でも発生する」とも述べ、日中関係に悪影響はないとも強調した。

 確かに外国人が被害者になる凶悪事件は先進国でもある。

 ただし、中国に特有のこともある。重大な関心を集める事件ほど、情報を極度に統制して国民にも外国にも詳細を伝えないことだ。

 今回の男児刺殺事件に関して中国メディアは20日になって報じたが、「単独犯による偶発的な事件」という警察発表をそのまま伝えているだけで、動機などは明らかにされていない。日本政府は中国政府に詳細の開示を求めているが公式の反応はない。

 日本では「ヘイトクライムではないか」という疑問・指摘も多いが、先進国の一般的な基準でいうと「特定の属性であることが理由で狙われた」という確証がなければヘイトクライムとは呼ばれない

 この場合、「日本人だから狙われた」と明らかにされない以上、中国政府は「ヘイトクライムではない」と主張できる。

最近の主な外国人襲撃

 こうした不透明な対応はもともとあったが、このところ中国で急増する外国人襲撃でさらに浮き彫りになった。

 以下で、特に重大なものを確認しよう。

・2021年7月 天津でインド人大学生が大学内で殺害

・2023年10月 北京でイスラエル大使館員をスーパーマーケットでナイフをもった男が襲撃(殺人未遂)

・2024年6月 吉林省で米コーネル大学の交換教員4人を公園でナイフをもった男が襲撃(殺人未遂)

・2024年6月 江蘇省で日本人親子がナイフをもった男に襲撃され、制止しようとしたスクールバス添乗員の中国人女性が殺害

・2024年6月 広東省でインド人ビジネスマンが数人の男に誘拐され遺体で発見

 これ以外にも、2023年8月には蘇州や青島で日本人学校のスクールバスに卵や石が投げつけられた他、2024年4月には6月の事件と同じ場所でやはり日本人が襲撃された。

 これら一連の事件で犯人の動機は明らかにされなかった。

 それだけでなく、中国政府報道官が記者会見で「こうした事件はどの国でもある」「個別の案件」と強調する点でもほぼ共通した。

 「個別の案件」とはつまり「中国政府の政策や中国の社会状況には関係ない、あくまでも個人による犯罪」という言い分だ。

ナショナリズムのツケ

 しかし、「個別の事件」というにはかなり連続して外国人襲撃が発生してきたことから、そこには大きな社会的背景があるとみた方がいいだろう。その主なものが中国のナショナリズムだ。

 深圳での日本人男児刺殺を受けてブルームバーグは「習近平のナショナリズムが報いを受ける」と報じた。

【資料】習近平国家主席を写す巨大スクリーン(2024.7.18)。習近平体制はナショナリズムを鼓舞してきたが、その「暴走」に歯止めをかけられなくなっている。
【資料】習近平国家主席を写す巨大スクリーン(2024.7.18)。習近平体制はナショナリズムを鼓舞してきたが、その「暴走」に歯止めをかけられなくなっている。写真:ロイター/アフロ

 習近平国家主席はナショナリズムを鼓舞して政権基盤を強化し、先進国と対抗する武器にしてきた。それにともない過激なナショナリストも増えたが、いきすぎた“愛国”はかえって中国の国際的イメージを悪化させる。

 そのため中国共産党は自分で鼓舞したナショナリズムを自分で押さえ込まなければならなくなっている

 例えば今年1月の能登半島地震でも、一部の中国メディアが「天罰」といった言葉を用いたが、こうした論調は当局によって封殺された。

 しかし、それでもSNSでは反日や反米を売り物にするブイロガーなどが増えている。つまり習近平体制は自分で鼓舞したナショナリズムを徐々にコントロールしきれなくなってきている

 その延長線上に外国人襲撃が多発しているなら、中国政府の責任でもあるだけに、報道官が「個人の犯罪」を強調するのも不思議ではない。

無差別殺人の増加

 これに加えて無視できないのは経済の影響だ。

 欧米でヘイトクライムや極右テロが急増した一つの転機は、2008年のリーマンショックだった。

 中国でも昨年来、GDP成長率の鈍化や不動産バブル崩壊など経済停滞が鮮明になっていて、抗議デモストライキも多発している。

 米フリーダムハウスの中国担当分析官Wang Yaqiuはフィナンシャル・タイムズの取材に「経済の悪化が個人を孤立化させ、凶悪事件を引き起こしやすくしている」と指摘する。

 実際、中国では中国人同士の凶悪事件も急増している。最近の主なものだけでも、

・2月10日 山東省莒県で手製の銃を持った男が約20人を殺害

・5月20日 江西省貴渓でナイフを持った男が小学校を襲撃、2人死亡、10人負傷

・5月8日 雲南省鎮雄でナイフを持った男が病院を襲撃、2人死亡、21人負傷

・6月19日 上海の地下鉄でナイフを持った男が乗客を襲撃、3人負傷

 日本のこうした事件でもそうだが、それぞれのバックグラウンドに差異はあるものの、犯人にメンタル面や経済面の不調があったケースが目立つ。犯人が40歳以上の男性という点も、多くの事件で見受けられる特徴だ。

 外国人襲撃に関しては、先述のように限定的な情報しか発表されないが、それでも共通する部分が多いようにみえる。

 とすると、過激なナショナリズムの浸透にせよ、経済状況の悪化にせよ、外国人襲撃や凶悪事件の背景には中国の抱える問題が浮かぶ

 だからこそ、中国政府には重大事件を矮小化しようとするような答弁が目立つのだろうが、それは逆に中国の揺らぎをも示唆する。

 日本人男児の刺殺と、それに対する中国政府の反応は、中国で急増する外国人襲撃と凶悪殺人の一つの縮図ともいえるのである。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

六辻彰二の最近の記事