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新型コロナ感染症:「大気汚染」と感染・重症化の関係とは

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:アフロ)

 世界的なパンデミックを引き起こした新型コロナ感染症(COVID-19)では、国や地域によって重症化リスクに顕著な偏りがみられる。研究者からは、パンデミック前から大気汚染がひどい地域で重症化する傾向があるとの指摘も出ている。そこでこの記事では新型コロナ感染症と大気汚染の影響を考える(2020/06/22の情報に基づいて書いています)。

ロックダウンで大気汚染が改善

 新型コロナ感染症の感染拡大対策は、工業や生産など経済活動の自粛や都市封鎖、人の移動の制限などをともなったが、その結果として、二酸化炭素排出量が減少し、大気汚染も改善された(※1)。中国北部の都市では、二酸化硫黄、一酸化炭素、二酸化窒素、PM2.5、PM10の数値が減ったという(※2)。

 こうした調査研究は、特に大気汚染に悩んでいる国や地域で多い。インド東部の採石場を調べた研究によれば、地域がロックダウンされて採石作業が中断された期間、PM10が1/5以下に、地表面の温度が4℃から6.5℃も低下、騒音や河川の汚濁も大幅に減ったという(※3)。

 気象衛星を使った東南アジアの大気汚染に関する調査研究によれば、2020年3月と4月にフィリピンのマニラ、タイのバンコク、マレーシアのクアラルンプール、シンガポールで二酸化窒素が減っていた。特にマレーシアの都市部や工業地帯で二酸化窒素の排出量が大幅に減少したという(※4)。

 経済活動の自粛などの結果、多くの地域では大気汚染が改善されたが、黄砂を巻き上げるなどの気象条件によって必ずしもそうならず、むしろ悪化したという地域もある(※5)。それは天津と西安だが、この調査は2020年1月20日から2月12日までのもので、その後の汚染で同じような研究は出ていない。

 一方、大気汚染に含まれるPM2.5などの粒子状物質がウイルスを運ぶ危険性があることから、パンデミックで大気汚染が改善されて大気中のPM2.5が減少した結果、感染するリスクも低くなったのではないかという研究もある(※6)。この仮説によれば、経済活動が再開され、大気汚染が再び悪化すれば逆に感染リスクが高まることになる。

汚染が悪い地域で感染増

 こうしたことから、大気汚染のひどい地域で新型コロナ感染症の重症化リスクが高まるのではないかという研究は以前から多かった。例えば、多くの死者を出したイタリアのシエナ大学の研究グループが、イタリア市民保護局(Protezione Civile)のデータベースによりロンバルディア州とエミリア=ロマーニャ州の致死率(Lethality、2020年3月21日までに約12%、イタリア全土の致死率は約4.5%)と、両州が含まれる北部イタリアの大気汚染と比べたところ、この地域がヨーロッパで最も汚染され、こうした大気汚染のひどさが新型コロナ感染症による肺などの呼吸器炎症に関連していることが示唆されたと報告している(※7)。

 新型コロナ感染症と大気汚染の関係を調べた研究はイタリアに多いが、マルケ工科大の研究グループはイタリア各地の二酸化窒素、PM2.5、PM10(平均も)の濃度、オゾンの数値を新型コロナ感染症の各地の症例数と比較した(※8)。

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2020年4月27日のイタリアの新型コロナ感染症の感染者数の地図(左)、過去4年間のPM10の平均値の地図(中)、過去3年間のPM10の規制基準を超過した日数/年(右)。新型コロナ感染症の感染者数と(中)(右)地図上の地域の相関グラフ。Via:Daniele Fattorine, Francesco Regoli, "Role of the chronic air pollution levels in the Covid-19 outbreak risk in Italy." Environmental Pollution, 2020

 その結果、それぞれの大気の汚染物質の数値と症例数には、統計的に有意な相関関係があったという。もちろん、これが因果関係かどうかはわからないが、この研究グループはパンデミックの期間中にだけ経済活動を自粛するのでは、長期間の健康被害を軽減できなくなると警告している。

 また、イタリアのミラノにあるサンラッファエレ科学研究所の研究グループが、イタリア各地域の新型コロナ感染症の症例数と死亡数、入院患者数、集中治療室での治療(ICU)と2020年2月の大気中の平均PM2.5(μg/立法メートル)を比較したところ、重症化した集中治療室での治療数とPM2.5の数値に明らかな相関関係があった(※9)。この研究グループによれば、PM2.5は肺の末梢まで到達し、ウイルス感染を促進するという。

 大気汚染によってPM2.5にさらされ続けたり二酸化窒素中毒になっている患者の場合、新型コロナウイルスの侵入という二重のダメージを受けていることで重症化しやすくなる危険性がある。ただ、PM2.5によるACE2という新型コロナウイルスの侵入トリガーになる酵素受容体の発現の複雑なメカニズムはまだよくわかっていないため、引き続き研究が必要だろう。

ロックダウンの功罪

 こうした研究の中には、ロックダウンによる大気汚染の改善が経済的にはむしろ利益をもたらしたのではないかというものもある。

 新型コロナ感染症で健康と人命への被害と経済的な打撃を受けた世界の4都市(デリー、ロンドン、パリ、武漢)の金額的な影響と大気汚染による被害の減衰による経済損失を比較した研究によれば、ロックダウンによる大気汚染の改善により、各都市とも2019年より2020年のほうが明らかに健康被害と経済損失が少なかったという(※10)。

 この4都市の中で新型コロナ感染症のロックダウンによって最も経済損失が大きかったのがロンドン(186億ドル)、次いでパリ(158.1億ドル)、デリー(53.6億ドル)、最も少なかったのが意外にも武漢(5.6億ドル)だった。一方、大気汚染が改善されたことによる各都市の前年(2019年)と比較した経済的な利益は、デリーが最も多く(64億ドル)、次いでロンドン(20.9億ドル)、武漢(9.7億ドル)、パリ(4.7億ドル)だったという。

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デリー(青)、ロンドン(赤)、パリ(緑)、武漢(紫)の2019年と2020年の大気汚染による経済損失の比較(死亡率換算)。各都市ともに経済損失が減っているが、新型コロナ感染症によるロックダウンの経済損失を差し引きしたところ、デリーと武漢でむしろロックダウンによって経済的な恩恵を得たという。Via:Hemant Bherwani, et al., "Valuation of air pollution externalities: comparative assessment of economic damage and emission reduction under COVID-19 lockdown." Air Quality, Atmosphere & Health, 2020

 もちろん、新型コロナ感染症による多岐にわたる悪影響、大気汚染による健康被害の各国の違いや見積もりなど、単純な比較はできない。だが、これらを差し引きすれば、デリーと武漢はロックダウンにより、むしろ経済的な恩恵を得たことになる。

 むしろロックダウンによる大気汚染の改善がプラスの効果をもたらすという考え方を予防医学の観点から論じ続けているのがフランスのクレルモンフェラン大学病院(CHU)の研究グループだ。この研究グループは、大気汚染が改善することで、呼吸器疾患や心血管疾患の患者や死亡者が減る可能性があると主張している(※11)。

タバコの煙とエアロゾル感染

 いずれにせよ、汚染された空気が我々の呼吸器を傷つけ、新型コロナウイルスに感染しやすくなるのは事実だ。また、新型コロナウイルスがPM10以下の微小粒子状物質に付着し、飛沫感染の延長上にあるエアロゾルとして感染力を持つ危険性があるとも指摘されている(※12)。

 上記で紹介した研究は大気中の汚染についてが主だが、空気の汚染は当然、室内環境でも起きる。密接な状態で換気の悪い密閉された室内に多くの人が集まるという「3密」を避けるのも、感染を防ぐとともにエアロゾルに付着したウイルスによる感染拡大を懸念したものだ。

 また、空気の汚染という意味では、喫煙によるタバコ煙によるものがある。加熱式タバコからも微小な粒子状物質が発生し、新型コロナウイルスがこうしたエアロゾルを介して感染するリスクは無視できないだろう(※13)。

※1-1:Corinne Le Quere, et al., "Temporary reduction in daily global CO2 emissions during the COVID-19 forced confinement." nature climate change, doi.org/10.1038/s41558-020-0797-x, May, 19, 2020

※1-2:Susanta Mahato, et al., "Effect of lockdown amid COVID-19 pandemic on air quality of the megacity Delhi, India." Science of the Total Environment, Vol.730, 139086, August, 15, 2020

※2:Rui Bao, Acheng Zhang, "Dose lockdown reduce air pollution? Evidence from 44 cities in northern China." Science of The Total Environment. Vol.731, 139052, August, 20, 2020

※3:Indrajit Mandal, Swades Pal, "COVID-19 pandemic persuaded lockdown effects on environment over stone quarrying and crushing areas." Science of The Total Environment, Vol.732, 139281, August, 25, 2020

※4:Kasturi Devi Kanniah, et al., "COVID-19's impact on the atmospheric environment in the Southeast Asia region." Science of The Total Environment, Vol.736, 139658, September, 20, 2020

※5:Pengfei Wang, et al., "Severe air pollution events not avoided by reduced anthropogenic activities during COVID-19 outbreak." Resources, Conservation and Recycling, Vol.158, 104814, July, 2020

※6:Arun Kumar Sharma, Palak Balyan, "Air pollution and COVID-19: Is the connect worth its weight?"Indian Journal of Public Health, Vol.64, Issue6, 132-134, 2020

※7:Edoardo Conticini, et al., "Can atmospheric pollution be considered a co-factor in extremely high level of SARS-CoV-2 lethality in Northern Italy?" Environmental Pollution, Vol.261, 114465, June, 2020

※8:Daniele Fattorine, Francesco Regoli, "Role of the chronic air pollution levels in the Covid-19 outbreak risk in Italy." Environmental Pollution, Vol.264, 114732, September, 2020

※9:Antonio Frontera, et al., "Severe air pollution links to higher mortality in COVID-19 patients: The[double-hit]hypothesis." Journal of Infection, doi.org/10.1016/j.jinf.2020.05.031, May, 21, 2020

※10:Hemant Bherwani, et al., "Valuation of air pollution externalities: comparative assessment of economic damage and emission reduction under COVID-19 lockdown." Air Quality, Atmosphere & Health, doi.org/10.1007/s11869-020-00845-3, June, 10, 2020

※11-1:Frederic Dutheil, et al., "COVID-19 as a factor influencing air pollution?" Environmental Pollution, doi: 10.1016/j.envpol.2020.114466, April, 9, 2020

※11-2:Frederic Dutheil, et al., "SARS-CoV-2 as a protective factor for cardiovascular mortality?" atherosclerosis, doi.org/10.1016/j.atherosclerosis.2020.05.008, May, 27, 2020

※12-1:Ignatius T. S. Yu, et al., "Evidence of Airborne Transmission of the Severe Acute Respiratory Syndrome Virus." The NEW ENGLAND JOUNAL of MEDICINE, Vol.350, 1731-1739, 2004

※12-2:Neeltje van Doremalen, et al., "Aerosol and Surface Stability of SARS-CoV-2 as Compared with SARS-CoV-1." The NEW ENGLAND JOUNAL of MEDICINE, Vol.382, 1564-1567, April, 16, 2020

※13:Jing Cai, et al., "Indirect Virus Transmission in Cluster of COVID-19 Cases, Wenzhou, China, 2020." Emerging Infectious Diseases, Vol.26, No.6, June, 2020

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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