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気のゆるみと言うな 心理学に基づいた緊急事態宣言解除後の感染防止対策

原田隆之筑波大学教授
(写真:アフロ)

緊急事態宣言の解除

 ようやく首都圏でも緊急事態宣言が2か月半ぶりに解除されることとなりました。しかし、今回の解除は、手放しで喜べないものがあります。首都圏の感染者数は頭打ちどころか、すでにリバウンドの兆候すら見せており、解除のタイミングを間違ったのではないかと思えてしまうほどです。このタイミングでの解除を不安に感じている人も多いのではないでしょうか。

 2週間の延長を決めた際にも、政府は特段の新しい対策を講じておらず、ただダラダラと解除の時期が延ばされただけのように見えました。その間に人出は増え、感染者数も増加に転じ始めています。

 今回の解除は、これ以上延長を続けていても、その効果が得られないということが主な理由のように思えます。「もはや打つ手がない」というあきらめのようなセリフを吐いた専門家もいたと報じられています。今回の解除をあえて名付けるなら、「ダラダラ宣言」の「仕方ない解除」とでも言えばよいでしょうか。

 菅首相は記者会見のなかで、解除後の対策として、5つの柱を中心に据えた対策を発表しました。それらはどれも重要な対策には違いないのですが、どこか抽象的で即効性のあるものとは言い難いように思えます。このままだと、また遠からぬ時期に感染者数が急増し、3度目の緊急事態宣言を出すという事態に陥るかもしれません。そのとき果たして宣言や自粛要請は、再び効果を発揮するのでしょうか?

本当に打つ手なしなのか

 したがって、さらなるリバウンドを防ぐために、そして3回目の緊急事態宣言を出さないですむようにするため、いま何ができるかを真剣に考えておく必要があります。本当に打つ手なしなのでしょうか。

 私はそうは思いません。政府は特措法を改正し、自粛要請に従わない場合に過料を科すことができるようになりました。自粛要請がもはや効かないとなると、罰で対処しようということを次なる対処として考えているようです。

 しかし、罰を用いるのは最終手段とすべきです。なぜなら、心理学的にみて罰には短期的な効果しかないからです。そのうえ、感情的な反発を招いたり、国民と政府の間に緊張関係を生んだりするなどの「副作用」も生じかねません。そして、その最終手段がもはや効果なしとなったとき、本当に打つ手がなくなってしまうのです。

 したがって、罰で対処する前に、ほかに可能性がある方法がないか検討し、それらを採用してみるべきです。たとえば、私は以前にも政府からのメッセージの出し方や、効果的な行動変容の方法について、心理学や行動科学の知見に基づいた科学的な方法を提案してきました(「人々はなぜ行動変容できないか・・・再度の緊急事態宣言の前に考えるべきこと」緊急事態宣言の効果は限定的。危惧される『緊急事態慣れ』」)。

 今回はさらに、人間の根本的な心理を踏まえた効果的な感染拡大防止策について提案をしてみたいと思います。

「ゆるみ」と言うな

 これまで政府や専門家の提唱してきた対策は、どれも「理性的な人間像」を前提にしています。そこに「打つ手なし」となってしまった大きな原因があるのです。人間は理性的に行動するものだという人間像は、ときには正しいのですが、そうでないことも多いという事実を忘れてはなりません。

 最初の緊急事態宣言のときは、未知の感染症への不安や恐怖もあり、人々はそれらの感情を抑えつつ、理性的に自粛要請に従いました。だからと言って、いつもこれが功を奏するわけではないのです。

「理性的な人間像」は、人間理解としてナイーブすぎます。心理学が想定する人間像は、もっと複雑で現実的なものです。人間は理性的に振る舞うこともありますが、それよりも感情的に振る舞うことのほうが多いことがわかっています。また、一見理性的に見える思考も、しばしば誤ることがあります(バイアスやヒューリスティックスなどと呼ばれるのがその代表です)。

 したがって、「理性的な人間像」に基づかない対策が今後もっと必要だと言えるのです。たとえば、これまでたびたび「マスク会食」が提案されてきました。食べ物を口に運ぶときだけ、マスクの紐を片耳にかけてマスクを外し、口に入れるとすぐにマスクをするなどの方法です。しかし、誰もそんなことはやっていません。現実の人間は、マスク会食はできないのです。これは、人々の理性や意志に委ねた方法であり、しかも心理的コストの高い行動(簡単に言うと面倒くさい行動)だからです。

 また、三密を避けるべきだと頭でわかっていても、ときにはそれができないこともあります。スーパーのレジや駅のエスカレータで密着してくる人はたくさんいます。大人数の会食や飲み会は避けるべきだとわかっていても、年末年始や出会いと別れのシーズンにはついついそれをやってしまうのも人間の現実的な姿です。

 これを政府や知事は「ゆるみ」と言って批判しますが、それも「理性的な人間像」が念頭にあるからです。コロナ禍のなかで緊急事態が長引き、嫌気が差してくるのは、人間として自然なことで、なにも心がけが悪いからではないのです。「ときにゆるむのは当然だ」という人間理解に変えなければなりません。

 そうすれば、これまで粛々と自粛要請に従ってきた国民への敬意も生まれるでしょうし、「ゆるみ」などと言って上から目線で批判することもなくなるでしょう。批判されるべきは、「現実的な人間像」を前提に制度設計をしていなかった政府のほうにあるのです。

「現実的な人間像」に基づく対策

 それでは、「現実的な人間像」を前提にした方策とはどんなものなのでしょうか。それは、人々にいつなんどきも理性的に振舞うように無理を強いるのではなく、たとえゆるんだ行動を取ったとしても感染リスクを小さくできるような策を講じることです。

 その際に最も効果的なのは、行動療法的な方法です。これは、人々が望ましくない行動を取るリスクを最小化できるように物理的な工夫をすることです。それによって、人々の行動変容を図ったり、感染リスクを抑えたりするのです。

 これまでに取られた方策のなかにも、図らずも行動療法的なものはいくつかあります。店舗の営業休止や時短営業などは、代表的なものです。どれだけ店に行きたくても、閉まっていれば行くことができないので、人々は出歩かなくなります。このように、物理的に制限をかける方法は確実な効果があります。

 マスクの装着も行動療法的な方法だと言えます。マスクという物理的な方法によって、少々喋っても咳やくしゃみをしても、飛沫の拡散が防止できるからです。そもそも、おしゃべりや咳を自粛するように要請することは不可能であり、そのためこのような行動療法的な方法が功を奏しているのです。

時短営業に代わる方策

 営業休止や時短営業に効果があると言っても、いつまでもそれを続けるわけにはいきません。だとすると、次善の策を考える必要があります。実は、これも一部は実施されています。それはアクリル板の設置です。これをもっと徹底的に行うようにすべきです。

 たとえば、政府が補助金などを出して、すべての飲食店が1つ1つの席の前後左右にアクリル板を確実に設置し、どれだけ喋っても飛沫が飛ばないようにすることは、物理的に感染源を遮断することになります。現状では、アクリル板がない店が多く、設置されていたとしても中途半端なケースがほとんどです。

 店舗での滞在時間を制限したり、一度に入れる客数を制限することで、リスクを減らすことも行動療法的な方法です。これもテーブルを減らすなど、一部は実施されていますが、十分ではありません。

Go Toトラベルは?

 Go Toトラベルなど旅行への対策はどうでしょうか。政府や専門家は、Go Toトラベルで旅行すること自体が、感染リスクを高めるわけではないと繰り返し述べていました。それは感染症学的には正しい発言かもしれませんが、心理学的に見ると必ずしもそうではありません。これも「理性的な人間像」を前提にしているからです。

 1人または少人数で黙って移動し、黙って会食をするのであれば、家にいようと観光地や温泉地に行こうと感染リスクは小さいでしょう。しかし、現実の人間は、旅行に行くと気分が高揚して、大声で話すこともあれば、お酒が入って飛沫を飛ばしながら会食することもあります。うっかりと手洗いを忘れてしまうこともあるでしょう。これが人間として自然な姿なのです。

 このように、「現実的な人間像」を前提に考えると、やはりGo Toトラベルは感染リスクを上げてしまうと考えるのが妥当です。とすると、もし今後Go Toトラベルのような政策を実施するなら、その際に考えられるのは、2人までの小旅行や家族旅行に限って補助をするような限定的な方法です。

 さらに、公共交通機関の席は一列おきするなどの物理的な制限をかけるようにすることも検討すべきでしょう。換気に気をつけながらビニールシートで各席を遮断してもよいと思います。

 これらはほんの一例ですが、いずれもさほど導入コストはかからないし、一度導入すると繰り返し活用できるのが利点です。

筑波大学教授

筑波大学教授,東京大学客員教授。博士(保健学)。専門は, 臨床心理学,犯罪心理学,精神保健学。法務省,国連薬物・犯罪事務所(UNODC)勤務を経て,現職。エビデンスに基づく依存症の臨床と理解,犯罪や社会問題の分析と治療がテーマです。疑似科学や根拠のない言説を排して,犯罪,依存症,社会問題などさまざまな社会的「事件」に対する科学的な理解を目指します。主な著書に「あなたもきっと依存症」(文春新書)「子どもを虐待から守る科学」(金剛出版)「痴漢外来:性犯罪と闘う科学」「サイコパスの真実」「入門 犯罪心理学」(いずれもちくま新書),「心理職のためのエビデンス・ベイスト・プラクティス入門」(金剛出版)。

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