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水原一平通訳の「ギャンブル依存症」とはどのような病気なのか

原田隆之筑波大学教授
(写真:ロイター/アフロ)

水原通訳突然解雇の衝撃

 大谷翔平選手の通訳を長年務めていた水原一平さんが、多額の金銭を大谷選手から窃取し、違法ギャンブルにつぎ込んでいたとして、ドジャース球団から解雇された。折しも韓国での開幕戦の真っ最中であっただけに、このニュースは大きな衝撃をもって受け止められた。

 報道によると、水原さん自身が「ギャンブル依存であった」と告白しているという。そもそも、ギャンブル依存症とはどのような「病気」なのだろうか。

ギャンブル依存症とは

 世界保健機関WHOによる国際疾病分類(ICD-11)には、ギャンブル行動症という疾患がリストアップされている。これは、以下のような病態を特徴とする。

1 持続的・反復的なギャンブル行動で、次の3項目をすべて満たす
①ギャンブル行動に関するコントロールの喪失
②ギャンブルの優先度が増しており、他の生活の楽しみや日常活動よりもギャンブルが優先されている
③悪影響が出ているにもかかわらず、ギャンブルが持続・エスカレートしている
2 ギャンブル行動が持続する、またはエピソード的に繰り返される場合もあるが、いずれの場合にも長期間にわたっている
3 ギャンブル行動が、顕著な苦痛、または個人・家族・社会生活、学業、職業、あるいは他の重要な領域において障害を引き起こしている

(WHO ICD-11より抜粋)

 ギャンブル行動症の最大の特徴は、ギャンブル行動に対して、もはや完全にコントロールを喪失しているということである。こうなると、家族、友人、仕事、そして自分自身の健康や幸せなどよりも、ギャンブルが一番大事という状態になってしまう。

 たとえば、退職金をギャンブルに全部つぎ込んでしまったり、ギャンブルでできた借金の返済のために家族の預金に手を出してしまったり、子どもの教育資金や結婚資金を勝手に取り崩してしまったりすることがある。そして、それが露見して「二度とやらない」と誓ったのに、その舌の根も乾かないうちに、またギャンブルに手を出してしまう。

 家族や友人が借金の肩代わりをしても、それは砂漠に水を撒くようなもので、本人は心の中で「良かった。これでまたギャンブルができる」と思っているのだ。

 つまり、ひとたびギャンブル行動症になると、その先には破滅しかない。しかも、人間関係の崩壊、逮捕などによって、破滅に至ったとしても、ギャンブルをやめることはできないのである。これが依存症の一番恐ろしいところなのだ。

ギャンブル依存症(ギャンブル行動症)の原因

 なぜこうなってしまうのか。それは、脳の機能がギャンブルに乗っ取られてしまうからだ。ギャンブルを始めると、ビギナーズラックなどで、何度か勝つことがあるだろう。

 そのとき、脳の中でドパミンという神経伝達物質が多量に分泌される。これが、脳の大脳辺縁系という部位にある報酬系(別名、快感回路)と呼ばれる神経系を興奮させ、われわれは「快感」を抱く。これが繰り返されることで、報酬系がきわめて過敏な状態になり、脳は常にギャンブルを求めて「司令」を出すようになってしまう。このプロセスは、アルコールや薬物依存症などでも同じように起きる。

 しかし、当然のことながらギャンブルで勝ち続けることはあり得ない。負けることのほうが多いのが普通である。とはいえ、ごくたまに勝つことがある。実はこれが曲者なのだ。いつも勝つのなら、そのようなギャンブルは面白くなく、早晩飽きてしまい、ドパミンが出ることもないだろう。たまに勝つからこそ、勝ったときの興奮と快楽が大きいのだ。これを心理学では「間欠強化」と呼ぶ。そして、これが繰り返されることによって、脳の機能が変化してしまう。

水原さんのケースは?

 今回の水原さんのケースは、まだ診断を受けたのかどうかもわからないので、本人がそう言ったとしても、本当に彼がギャンブル障害なのかどうかは現時点ではわからない。

 ただ、もしそうだとして仮定すると、彼の驚くべき行動にもある程度は納得がいくのも確かだ。

 今回、多くの人が驚いたのは、あれだけ大谷選手の信頼を得て、公私にわたるパートナーであった彼が、大谷選手から多額の金銭を窃取したと報じられたことだろう。

 これがもし事実だとしたら、本当に悲しく衝撃的なことだ。しかし、彼がギャンブル行動症であったとしたら、納得できる。彼の脳は、もはやギャンブルに乗っ取られていて、大切なパートナーや仕事よりも、自分の人生よりも、何よりもギャンブルのことが一番になってしまっていたのかもしれない。

 また、報道によれば、かつて多額の借金をしたことが露見して、大谷選手がその借金の埋め合わせをし「もう二度とやらないように」と諭されたという。普通に考えれば、これに懲りて二度とギャンブルをしないのが当たり前だろう。しかし、彼はそれでもやめることができなかった。このことも、ギャンブル行動症だとすれば、すんなりと理解できる。薬物依存症の人が、何度も逮捕されたり、刑務所に入ったりしても薬物を止められないのとまったく同じである。

治療こそが解決の鍵

 今後、捜査や裁判によって事実がはっきりするだろう。そして、それ相応の罰を受ける可能性は大きいし、すでに球団を解雇されたことで、社会的制裁を受けている。しかし、だからと言って彼がギャンブルをやめられるかというと、これまで述べてきたように、すんなりとはいかない可能性が大きい。

 しばらくの間はやめることができたとしても、脳の機能が変わってしまっているのだとしたら、またしばらくするとギャンブルへの欲求が出てくるかもしれない。

 すると、ここで重要なのは、きちんとした治療を受けることだ。これは絶対に必要なことである。治療を受けなければ、どんなに罰を受けたとしても、どれだけ反省したとしても、ギャンブル行動症は治らない。罰は脳の機能を変えてはくれないからだ。

 今回のことで、水原さんの家族や大谷選手やその家族、そして球団の同僚の人々がどんな衝撃を受けたか、想像するに余りある。ギャンブル行動症は、周りの人々を巻き込んでしまう恐ろしい病気なのだ。開幕戦が始まったばかりの、大谷選手のパフォーマンスへの影響も気になるところだ。

 このような悲劇を繰り返さないためにも、ギャンブル行動症という病気に対する啓発、予防、そして治療体制の拡充を切に望みたい。

 そして、何よりも水原さんには、これであなたの人生が終わったわけではないのだと伝えたい。治療を受けて、そこから新しい人生が始まるのだ。それは、以前のような華やかな人生ではないかもしれないが、もうギャンブルに支配された奴隷のような人生ではなく、自分が自分の人生の主人となって本来の自分らしい生き方を取り戻すことができるはずである。

筑波大学教授

筑波大学教授,東京大学客員教授。博士(保健学)。専門は, 臨床心理学,犯罪心理学,精神保健学。法務省,国連薬物・犯罪事務所(UNODC)勤務を経て,現職。エビデンスに基づく依存症の臨床と理解,犯罪や社会問題の分析と治療がテーマです。疑似科学や根拠のない言説を排して,犯罪,依存症,社会問題などさまざまな社会的「事件」に対する科学的な理解を目指します。主な著書に「あなたもきっと依存症」(文春新書)「子どもを虐待から守る科学」(金剛出版)「痴漢外来:性犯罪と闘う科学」「サイコパスの真実」「入門 犯罪心理学」(いずれもちくま新書),「心理職のためのエビデンス・ベイスト・プラクティス入門」(金剛出版)。

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