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哀悼者が途切れなく訪れる英兵士殺害現場  -「イスラム教徒とは思われたくない」、と地元シーク教団体

小林恭子ジャーナリスト
英兵士殺害現場で花束をささげる人たち

英兵リー・リグビーさん(25歳)が、先週、ロンドン南東部ウーリッチの路上で男性2人に殺害される事件が発生した。発生から4日後の26日、殺害現場は家族連れを中心とした哀悼者が次々と訪れる場所になっている。

複数の目撃者の証言によると、22日午後2時ごろ、リグビーさんは英陸軍砲兵隊兵舎に続くジョン・ウイルソン通りの近くで、男性2人に刃物で何度も刺された。その後、男性らはリグビーさんの身体を通りの中央部に移動させた。

現在までに2人はナイジェリア系英国人のマイケル・アデボラジョ容疑者(28歳)と、マイケル・アデボエイル容疑者(22歳)と判明している。

男性らは犯行後も現場を去らず、その一人は通行人に状況を撮影してくれるよう依頼し、イスラム教に由来するメッセージを語った。

撮影された映像によると、アデボラジョ容疑者とみられる男は「われわれは戦い続けるとアラー(神)に誓う」と言い、「イスラム教徒が毎日死んでいる」と続けた。リグビーさんを「目には目を、歯には歯を」という復讐の意味で殺害したことを示唆した。手には血がつき、包丁を持っていた。

14-5分後に現場にかけつけた警察官らが男性らに発砲し、2人は現在、命に別状はないが、別々の病院に収容されている。

捜査当局はこれまでに、事件に関係があると見られる数人の男女を逮捕している。

―花束とメッセージがいっぱい

花束の数々を見る追悼者
花束の数々を見る追悼者

26日昼過ぎ、ウールリッチ・アーセナル駅から歩いて数分の現場に行ってみた。

殺害現場を訪れる人は、すでに置かれている花束や花輪、メッセージの数々の多さにまず息を呑む。私自身もそうだった。立ち止まって、一つ、一つを思わず読んでしまうのだ。

大きな木の下の緑の芝生部分にもっともたくさんの花束が置かれていたが、そこに行き着くまでの通りの柵にも、メッセージ付のカード、写真、英軍関係者が残したと見られる国旗やTシャツ、英軍兵士の人形、ろうそくなどが、ところ狭しとなれべられていた。

亡くなった英兵士の写真付きメッセージ
亡くなった英兵士の写真付きメッセージ

「ゆっくり休んでください」、「世界で最高の兵士だった」、「絶対にお前のことは忘れないよ」、「遺族の方の気持ちと一つになっています」―。手書きのメッセージが多くの花束に付いていた。

しばらくして、警察官らが花束が置かれている場所からいったん退却してくださいと呼びかけた。遺族が自ら花束をささげたいので、という。みんなが退却してスペースをあけ、一般車の通行も一時停止された。

20分ほど待っていただろうか。数台の黒塗りの車が通りに入ってきた。数個の大きな花束を持つ葬儀関係者らとともに、リグビーさんの義父イアンさん、母リンさん、妻レベッカさんなど数人が車から出てきた。レベッカさんはピンク色のぬいぐるみをしっかりと腕に抱いていた。2歳の子供はどこかに置いてきたのだろうか?

イアンさんはリンさんを抱きかかえるようにして車から出た。

家族らは当初、大きな木の下の壮大な花束の数々の横に、持ってきた花輪を置いた。しばらくじっくりとメッセージに目を通し、ほかの花束や花輪を眺めているようだった。見守る人々は、私も含めて相当な数に上っていたが音を出さず、静かな時間が過ぎた。

家族は通りを横切り、別の花束の数々の陳列場所に向かって歩き出した。歩道に上る前に小さな段差があり、リグビーさんの母親リンさんがつまずきそうになると、聴衆から大きなため息が出た。転んでしまうのではないかとひやっとしたのだった。イアンさんがリンさんを抱きあげるようにして支えたので、転ばずにすんだ。

こちらでもまた2つの花輪を置いた後、リンさんが感極まって、大きな声をあげて泣き出した。レベッカさんやほかの家族は輪になって互いを抱きあった。

家族が置いた花輪の1つ
家族が置いた花輪の1つ

20分ほどの家族だけの時間が終り、来たときと同じように数台の車に乗って、去っていった。

私たちは家族が残した花輪を一目見ようと、動き出した。花輪の1つには、「お父さんへ」とかかれたカードが添えられていた。その上には、赤いリボンがかかり、「夫へ」と書かれていた。

せいぜい10メートルほどの通りは、いつしか、身動きするのがやや困難なほど、込み合ってきた。

通りの端で、シーク教徒の長老たちが数列になり、テレビカメラの前に並んでいた。シーク教徒の男性たちは頭にターバンを巻いているから、すぐ分かるのだ。

テレビのインタビューにこたえるシーク教徒たち
テレビのインタビューにこたえるシーク教徒たち

そばに行ってみると、地元のシーク教徒団体の代表セワ・シン・ナンディズさんが話し出した。「今日私たちがここに来たのは、英兵士の死に追悼の意を表明したかったからです。世界中で英国の軍隊はすばらしい仕事をしています。シーク教徒も英国民として英軍の一員となってきました。先週の水曜日に起きたことは、どんな宗教的な理由からも正当化されません。ひどい犯罪です。これを私たちは絶対に許してはなりません」

「テロに負けてはいけません。一番悪いのは、テロが起きたからといって、私たちの行動を変えることです。私たちは英国民として、今までどおりに、生きていきましょう。これこそがテロに勝つことです」。

短い演説が終わると、聞いていた人々の中で拍手が起きた。ある男性が「良くぞ言ってくれた。良いことを言ってくれたよ」と声をかけた。

テレビは衛星放送スカイニュースの取材陣だった。

代表の隣にいる、数人のシーク教徒の人たちに、改めて何故来たのかを聞いてみた。

「哀悼の意味があるが、同時に、シーク教徒をイスラム教徒と混同する人が多い。だから、今日ははっきりさせたかった」と一人が言う。

2005年のロンドンテロ(イスラム教の過激主義に心酔したと見られる数人の男性たちが首謀者となった)のときも、「シーク教徒とイスラム教徒をいっしょだと思う人がかなりいて、私たちのモスクが攻撃を受けた」。現場の近くには信者が集まるモスクがあるという。

「宗教は家に置いておくべき。プライベートなことだわ」と女性のシーク教徒の人が言った。

BBCの報道によれば、22日の英兵殺害事件発生後、反イスラム教感情に根ざしたと見られる攻撃が起きている。イスラム教徒用ヘルプライン「フェイス・マターズ」は事件発生から3日で162件の被害報告の電話を受けたという。また、ソーシャルメディアではイスラム教やイスラム教徒を非難するコメントが相次いでいるという。

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊『なぜBBCだけが伝えられるのか 民意、戦争、王室からジャニーズまで』(光文社新書)、既刊中公新書ラクレ『英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱』。本連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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