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緊急事態宣言解除後、“ウィズ・コロナ”の環境下の介護事業所~訪問介護はどう動いたか

宮下公美子介護福祉ライター/社会福祉士+公認心理師+臨床心理士
体に触れるケアを提供する介護の現場では、ソーシャル・ディスタンスは取りにくい(写真:ペイレスイメージズ/アフロイメージマート)

緊急事態宣言解除後も介護の現場は気が休まらない

4月7日に出された緊急事態宣言が、5月25日、全面解除となった。1月20日に日本で初めて新型コロナウイルス感染による肺炎患者が確認されてから約4ヶ月。このウイルスから利用者と職員を守るため、高齢者介護の事業所、施設では今なお、気の休まらない日々が続いている。

食事や入浴、排泄など、高齢者の体に触れて介助する場面が多い介護の現場では、2メートルの対人距離という「ソーシャル・ディスタンス」を取ることが難しい。

従業員数20人未満の中小事業所が少なくない在宅介護の現場は、営業を続ければ感染リスクがあり、休業あるいは縮小営業すれば収益が悪化するという、難しい状況の中にある。病院併設など経営基盤の安定している通所系サービス事業所には、早々に休業を決めたところもある。しかし多くの事業所は、感染リスクと戦いながら営業を続けている。

では、ここまで具体的にどのような対応をとってきたのか。

訪問介護、居宅介護支援事業所(ケアマネジャー)・地域包括支援センター、小規模デイサービス(地域密着型デイサービス)の取組を、3回に分けて紹介したい。

今回は、訪問介護事業所・ステップ介護(神奈川県横浜市)の対応を紹介する。

▲介護の現場ではソーシャル・ディスタンスを確保するのは難しい(フリー画像)
▲介護の現場ではソーシャル・ディスタンスを確保するのは難しい(フリー画像)

利用者も高齢のヘルパーも守らなくてはならない緊張感

ステップ介護は、介護保険がスタートした2000年に開設した訪問介護事業所だ。サービス提供責任者(ホームヘルパーのとりまとめ役)3人、社員のホームヘルパー2人、登録ホームヘルパー19人で運営する。

退院する高齢者に明日からヘルパーの訪問を、という急な依頼にも常に応えうる即応力や、医療処置が必要な在宅療養者もケアできる高い対応力で、地域の医療、介護事業者の信頼は厚い。

職員には勤務歴の長い人が多く、ヘルパーの平均年齢は60歳超。70歳を超えるヘルパーも少なくない。法人として、利用者はもちろん、ヘルパーの命も守りながら運営していく必要があるということだ。

そのため、日本で新型コロナウイルスの市中感染が発生してからの、社長の日高淳さんの対応は早かった。

まず、2月25日、全利用者、その担当ケアマネジャー(の所属する居宅介護支援事業所)、ステップ介護の全職員に、法人としての新型コロナウイルス対応について文書で連絡した。

内容は、利用者・ヘルパーの発熱時の対応、サービス提供時の消毒等の対応、ラッシュを避けての出勤による訪問時間変更の可能性、ヘルパーの体調不良時の人員や訪問時間変更の可能性など。

また、感染が拡大した場合、訪問スケジュールを変更し、一人暮らしなど緊急性の高い利用者を優先して訪問する可能性があることも、2月の時点で伝えている。ヘルパーが訪問しなくても生活を維持しやすい、家族が同居している利用者、掃除など家事サービス中心の利用者に理解を求めたのだ。

これは今となっては、当然の対応かもしれない。しかし、2月下旬は、新型コロナウイルスの1日の新規感染者数が全国で20人台のころである。感染が大きく拡大していなかったこの時期に、文書で利用者等に理解を促した意義は大きい。これにより、ステップ介護では今に至るまで、訪問時間の変更など、新型コロナウイルス感染予防による対応について、利用者からのクレームは一切ないという。

▲ステップ介護では、2月下旬に、早くも新型コロナウイルスへの対応を、利用者やケアマネジャーなどに文書で伝えた(筆者撮影)
▲ステップ介護では、2月下旬に、早くも新型コロナウイルスへの対応を、利用者やケアマネジャーなどに文書で伝えた(筆者撮影)

判断が分かれる、発熱した利用者への訪問介護

さらに、緊急事態宣言発令の直前である4月5日には、前日の4日に横浜市から発出された「新型コロナウイルス対応状況チェックリスト(訪問系サービス用)」をもとに、新型コロナウイルス感染予防に特化したマニュアルを作成している。

そして、検温や手洗い、訪問先入室時に利用者やその家族に見えるところで消毒を行う、外出時のマスク着用、不要不急の外出自粛などを、職員に改めて徹底した。

同時に、利用者やその家族に咳や発熱がある場合の対応についても、マニュアル化した。例えば食事介助はできるだけ使い捨ての食器を使用するなど、感染リスクを下げる方法を示している。

本来は発熱した利用者にこそ、訪問介護による支援が必要だ。しかし、ヘルパーへの感染を避けるため、利用者、その家族に発熱があると、ヘルパーの訪問を中止する訪問介護事業所は多い。

同様に、新規の利用者は受け付けていない訪問介護事業所、病院から退院してくる利用者は、新型コロナ感染での入院でなくても、在宅復帰の2週間後からしか訪問しないという事業所もある。

事業者(使用者)には、職員が心身の安全を確保して働けるよう配慮する「安全配慮義務」があり、事業者のこうした対応もあって当然だ。

しかし、ステップ介護はそれでも、利用者等の発熱時の対応を明確化することで、ヘルパーを守りながら訪問を継続する対応をとった。また、新規の利用者も受け入れ、通常通り、訪問していたという。

▲ステップ介護では、発熱のある高齢者への訪問介護も継続して提供した(フリー画像)
▲ステップ介護では、発熱のある高齢者への訪問介護も継続して提供した(フリー画像)

職員から声が上がり発熱利用者の訪問も継続

発熱のあった利用者は、これまで3人いたと、日高さんは語る。

「3人とも一人暮らしの方でした。一人は近所に住む家族に対応をお願いしましたが、他の2人はヘルパーが訪問しなければ、食事もままなりません。社長の私が言うより先に、職員の方から、『私たちが行かなければ生活できないから』という声が出て、訪問を継続することにしました」

食事は、コンビニ弁当を買い、飲み物と共に食卓にセッティング。それまで行っていた掃除については割愛し、短時間の訪問で対応した。新型コロナウイルス感染のリスクを考え、発熱した利用者は、担当するヘルパーを正社員であるサービス提供責任者の1人に固定するという対応もとった。

結果的に、新型コロナウイルス感染による発熱ではなかったが、「ヘルパーを行かせて大丈夫かと、非常に怖かった」と日高さんは語る。

新規利用者を受け入れているステップ介護だが、感染リスクを考え、病院への通院に付き添う通院介助は断っている。今の時期、通院介助はステップ介護に限らず、引き受けていない訪問介護事業所が多い。新規利用者の場合、引き受け手がなく、宙に浮くケースもある。

介護についての地域の総合相談窓口である地域包括支援センターから、そうしたケースについての依頼が、ステップ介護にはしばしばある。どこも引き受けてくれないから、通院介助が必要な新規利用者を、ケアマネジメント(ステップ介護の居宅介護支援事業所が担当)と併せて、何とか引き受けてもらえないか、というのである。

そこでステップ介護では、通院介助を引き受けない代わりに、(併設する居宅介護支援事業所の)ケアマネジャーがクリニックや病院に連絡。受診なしでの薬の処方を依頼し、ヘルパーが薬局で受け取って届けるという対応をとっている。どうしても受診が必要なケースについては、ケアマネジャーが医師に交渉し、訪問診療にしてもらったという。

▲食事は、ヘルパーは調理をせず、コンビニ弁当を買ってきてセッティングする対応とした(フリー画像)
▲食事は、ヘルパーは調理をせず、コンビニ弁当を買ってきてセッティングする対応とした(フリー画像)

法人が職員を守れば職員は利用者を守るようになる

ステップ介護では、発熱がある利用者など、感染リスクがある訪問介護もこれまで通り継続する、法人としての対応などについて、職員からは一切、異論がなかったという。

その背景には、職員の頑張りに応える、この事業所の就業環境がある。

ステップ介護では、毎月、研修を実施し、参加者には研修手当を支払っている。また、訪問前の事業所への電話連絡には通信手当を、利用者宅から利用者宅への移動時間には交通費とは別に移動手当を、すべてのヘルパーに支給している。これらは本来、当然あるべき対応なのだが、実施できていない事業所は少なくない。

介護職の給与アップのために設定された「介護職員等処遇改善加算」「介護職員等特定処遇改善加算」で得た介護報酬も、ステップ介護では、全額を職員に還元している。これもまた、十分還元できていない事業所は多い。そんな中、ステップ介護では、「介護職員等特定処遇改善加算」により、給与が10万円アップした職員も出た。

待遇面だけではない。

ステップ介護では、常日頃から、研修、電話連絡、事業所への立ち寄りなど、様々なシーンで、社長や正社員が登録ヘルパーに積極的に声をかけている。不安や不満を一人で抱え込むことがないよう気を配っているのだ。

法人が職員を大切にし、守れば、職員は利用者を大切にし、守るようになる。

そしてその姿勢は、今回のような非常時にこそあらわになる。

今回の新型コロナウイルスの感染拡大への対応では、各都道府県知事への評価、さらに言えば、各国の首脳への評価も大きく分かれた。

結局のところ、トップの指示に従えるか、もっと言えば、そのトップを評価できるか否かは、「この人なら自分たちを守ってくれる」と思えるかという信頼感に依るのではないか。

“ウィズ・コロナ(新型コロナウイルスと共に過ごす)”の生活は、これからもしばらく続く。介護の現場では、発熱のある利用者のケアを避け続けることや、感染を恐れて休職を続けることは難しくなるだろう。今後、退職者がふえることも、当然、考えられる。

であれば、介護事業所のトップは、このウイルスがある環境とどう折り合っていくかを検討し、職員に方針を示していく必要がある。そして、その方針に賛同し、ついてきてもらえるだけの信頼関係を、職員との間に築けているかどうかについても、真剣に考える必要があるだろう。

今回の新型コロナウイルスによるパンデミックをはじめ、近年、自然災害など、避けようのない過酷な現象がふえている。

様々なリスクへの対応等、信頼できるトップがいない組織は、これまで以上に生き残りが難しくなるのかもしれない。

▲感染は終息したが、ヘルパーはいなくなった、という事態にならないかという懸念があると、日高さんは言う(フリー画像)
▲感染は終息したが、ヘルパーはいなくなった、という事態にならないかという懸念があると、日高さんは言う(フリー画像)

今よりむしろ「新型コロナ後」の介護現場が怖い

感染が拡大している地域など、訪問介護事業所の中には、感染リスクに不安を持つ利用者から、訪問介護を中止したいというキャンセルが多いところもある。

また、感染を恐れて休職したり、退職したりするヘルパーが多数出ている事業所もある。地域差もあるが、訪問数が激減し、収益が急激に悪化している事業所もあると聞く。

政府は、デイサービスが休業し、自宅で過ごすことになった要介護者については、訪問介護でケアするよう、ケアプラン(介護計画)変更をケアマネジャーに求めた。しかし、実際には訪問介護が代替するケースは多くない。

新規利用者を受け入れていない訪問介護事業所は、キャンセルによる訪問数減少、収益悪化というダメージが続くことになる。

横浜市内の介護福祉事業者の相互扶助組織である「横浜みなと介護福祉事業協同組合」の理事長も務める日高さんは、現状よりむしろ、これからの介護業界がどうなっていくかについて、大いに不安を感じているという。

「もともと訪問介護のヘルパーは求人難であり、高齢化も進んでいました。そこにこの新型コロナウイルスの問題が起き、高齢のへルパーはこれを機に退職するケースがふえています。

人材不足がさらに悪化しますし、収益が悪化した事業所には、廃業を考えるところも出てくるでしょう。感染は収まった。しかし、介護を提供する人はいなくなった。そうならないだろうかと、とても心配しています」

“ウィズ・コロナ”、そして、“アフター・コロナ”の介護のあり方を、業界全体で考えていく必要があるだろう。

・・・

次回は、ケアマネジャー、地域包括支援センター職員という、介護そのものではなく、相談援助中心の職種の対応について紹介したい。

介護福祉ライター/社会福祉士+公認心理師+臨床心理士

高齢者介護を中心に、認知症ケア、介護現場でのハラスメント、地域づくり等について取材する介護福祉ライター。できるだけ現場に近づき、現場目線からの情報発信をすることがモットー。取材や講演、研修講師としての活動をしつつ、社会福祉士として認知症がある高齢者の成年後見人、公認心理師・臨床心理士として神経内科クリニックの心理士も務める。著書として、『介護職員を利用者・家族によるハラスメントから守る本』(日本法令)、『多職種連携から統合へ向かう地域包括ケア』(メディカ出版)、分担執筆として『医療・介護・福祉の地域ネットワークづくり事例集』(素朴社)など。

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