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階級を超えたスーパーファイト、カネロ対クロフォード戦は本当に消滅するのか

杉浦大介スポーツライター
Mark Robinson Matchroom Boxing

8月3日 ロサンゼルス BMOスタジアム

WBA世界スーパーウェルター級タイトル戦

挑戦者/3階級制覇王者

テレンス・クロフォード(アメリカ/36歳/41-0, 31KOs)

12回判定(115-113x2, 116-112)

王者

イスライル・マドリモフ(ウズベキスタン/29歳/10-1-1, 7KOs)

2人の実力者の緊張感溢れる攻防

 本人は試合後に否定していたが、最新試合はクロフォードのキャリアでも最高級にハードな試合だったことは間違いないのだろう。4階級制覇を目指したタイトル戦は、アマ歴豊富なマドリモフとの比較的静かなペース争いとなった。

 「彼は辛抱強かった。距離が詰まるまでずっとフェイントをかけ、焦って攻めてはこなかった。動き回り、私と同じようにカウンターを狙う規律正しい選手だった。互いにカウンターを取り合おうとしていた」

 クロフォードがそう振り返った通り、スピードスターと中間距離でもわたりあったマドリモフの安定感には特筆すべきものがあった。もともと骨格で上回っているだけでなく、技術の高さを指摘されていたウズベキスタンの王者は中盤以降までパウンド・フォー・パウンド(PFP)トップ3の実力者と互角に戦い続けた。

 2人のジャッジは10回終了時点で95-95と採点。LAのリングサイドには“番狂わせの予感”が漂っていたとまでは言わないまでも、普段のクロフォード戦との違いを多くの記者たちが感じていたはずである。

Mark Robinson Matchroom Boxing
Mark Robinson Matchroom Boxing

 最後の2ラウンドを分け合えばマドリモフのドロー防衛という状況。11、12回を制して勝ち切ったクロフォードはさすがではある。点の取り合いで上回っただけでなく、最終盤は36歳になった黒人王者が体力まで含めた総合力でやはり上をいった印象だった。新階級での初戦で実力者を凌駕し、ライト級からスーパーウェルター級までを制する数少ない王者になったのは殊勲の星に違いない。

 こうしてクロフォードの最新の勝ち星が正当に評価される一方で、“これ以上の階級アップは適切ではない”と話す関係者は多かった。より詳細にいうと、2025年の挙行が噂されていたサウル・“カネロ”・アルバレス(メキシコ)とのメガファイトは「もう考え難い」という意見が現場で囁かれたのだった。

カネロ戦はたち消えになるのか

 「最も厳しい戦いだったとは言わない。ミーン・マシーン(エギディウス・カラバウスカス)との試合はタフだった。(ユーリオルキス・)ガンボア戦、ホセ・ベナビデス戦はもっと辛い戦いだった。ダウンを喫したことだってあった」

 クロフォードのそんな言葉は単なる強がりとは思わないが、カラバウスカス、ガンボア、ベナビデス戦は最終的にすべてKOで決着をつけている。マドリモフ戦では倒しきれなかっただけでなく、相手の長い右、大きな左フックを警戒するシーンが目についた。スーパーウェルター級での初戦で、サイズ、パワーの違いは少なからず感じたのだろう。だとすれば、さらに2階級を上げてのカネロ戦が無謀と考えられても仕方ない。

 「報酬が適切ならば戦う。ただ、(カネロには)集中しなければいけない試合が控えている。私はリラックスし、この勝利を楽しむよ」

 マドリモフ戦後、リング上でのクロフォードは普段より殊勝であり、カネロ戦に関しても、これまでの傲慢なまでの自信が感じられなかったのは筆者だけではなかったはずだ。

 鍵を握るサウジアラビアのトルキ・アル=シャイフ娯楽庁長官は6日、自身のXに「カネロの試合にはもう興味がない。クロフォードというレジェンドのためにアメリカのマーケットでより大きな試合を模索していきたい」と投稿した。クロフォードがうんぬんはなく、エドガー・ベルランガ(アメリカ)戦を控えたカネロに交渉を持ちかけても冷淡な態度を取られたことが撤退の理由のようだ。

 無尽蔵の資金を誇るサウジの長官は、まだ始まってもいなかったカネロとのビジネスにあっさりと終焉を宣言。当面のカネロ対クロフォード戦がたち消えと伝えられても、ファンの間から特に残念という声は出ていない。

 興行の交渉は1日で状況が変わるものだが、クロフォードはこの5年間は1戦ずつしか戦っていない。もうすぐ37歳になることなどから考えても、カネロ戦はこのまま行われない可能性が高いのかもしれない。

それでもメガファイト挙行が考えられる理由は

 ただ・・・・・・私見をいえば、ここでカネロ対クロフォード戦が完全消滅するとは思わない。最新試合でクロフォードが苦戦しても、いや、苦戦したからこそ、メガファイトに近づくことはあり得るからだ。

 熱心なファンならご存知な通り、ボクシングのビッグファイトは必ずしも両者がベストの状態で実現するわけではない。興行面でいえば史上最大の一戦であるフロイド・メイウェザー(アメリカ)対マニー・パッキャオ(比国)戦が、パッキャオの2連敗から2年半後に行われたのは象徴的だった。結局はAサイドの選手の裁量次第。カネロ対クロフォード戦でいえば、興行価値では依然として遥かに上のカネロがクロフォードは組し易しとみればリアリティが出てくるのだろう。

Mark Robinson Photography/Matchroom
Mark Robinson Photography/Matchroom

 スーパーウェルター級のクロフォードにはバージル・オルティス、ジャロン・“ブーツ”・エニス、セバスチャン・フンドラ(すべてアメリカ)、ティム・ジュー(豪州)といった相手候補がいるが(今のクロフォードがこういった若手と戦いたいかは別の話として)、ベルランガ戦後のカネロにはめぼしいオプションがあるわけではない。デビッド・ベナビデス(アメリカ)、デビッド・モレル(キューバ)がライトヘビー級に上がった今ではそれはなおさらだ。

 現在、メディア、SNSを通じて軽い舌戦を展開しているカネロとトルキ・アル=シャイフの主導権争いがどうなるかは未知数。巨額報酬に惹かれたカネロ側が望めば、再度の歩み寄りはあり得るのではないか。

 クロフォード、カネロという現代のボクシング界を支えて来た両雄のキャリアは終盤に差し掛かっていることは間違いないのだろう。彼らの対決を希望しているというわけではないが、ここでそれぞれの人生が一度だけでも交わるのかどうかに興味はそそられる。トルキ・アル=シャイフまで含めたトリオの一挙一同に、もうしばらくは注目しておくべきに違いない。

 参考記事 「カネロの対戦相手選びを考える ファン垂涎のベナビデス戦はなぜ実現しなかったのか

スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

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