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カネロの対戦相手選びを考える ファン垂涎のベナビデス戦はなぜ実現しなかったのか

杉浦大介スポーツライター
(写真:ロイター/アフロ)

9月14日 ラスベガス T-モバイル・アリーナ

WBA、WBC、WBO世界スーパーミドル級タイトル戦

王者

サウル・“カネロ”・アルバレス(メキシコ/34歳/61-2-2, 39KOs)

12回戦

挑戦者

エドガー・ベルランガ(アメリカ/27歳/22-0, 17KOs)

ファンにため息をつかせたカネロ対ベルランガ戦の正式発表

 カネロの次戦発表は米国内でも常に大きなニュースになるが、その相手が決まった後に今回ほど落胆の声が大きかったことは珍しい。

 ベルランガ戦になることはすでに規定路線ではあった。一応はクリス・ユーバンクJr.(英国)の名前も挙がってはいたが、ベルランガになると誰もが認識していた。それでも、この試合をPPVという形態で挙行することを「ファーストフードのバーガーを和牛ステーキの値段で売るようなもの」と喩えた元Yahoo! Sportsのケビン・アイオリ記者をはじめ、多くのメディア、ファン、関係者からの“残念なマッチメイク”という批判的な意見が鳴り止むことはない。

 「メキシコ対プエルトリコの戦いの一部になれることに興奮している。そのレガシーに貢献できることを誇りに思うし、ベルランガのような相手と戦えることがその興奮に拍車をかけている」

 ベルランガ戦の発表時、公式リリースでアルバレスはそんな声明を発表した。実際に“メキシコ対プエルトリコのライバル対決”という側面で売っていくのだろう。それでもライト層の興味をある程度は惹きつけられるかもしれないが、コアなボクシングファンの意見は手厳しい。

ベルランガも才能はあるが、世界トップと渡り合うには完全に実力、経験不足だ Ed Mulholland/Matchroom
ベルランガも才能はあるが、世界トップと渡り合うには完全に実力、経験不足だ Ed Mulholland/Matchroom

 22戦全勝という立派な成績を持ち、デビューから16試合連続で初回KO勝ちという記録を作ったベルランガだが、戦績の中に強豪との対戦は見つけられない。直近の3戦で戦ったアレクシス・アングロ(コロンビア)、ジェイソン・クイグリー(英国)、パドレイグ・マクローリー(英国)はどの世界ランキングでも15位以内に入っていない選手たち。レジュメの面では、ベルランガは史上に残る薄さでビッグファイトに辿り着いた選手として記憶されていくはずだ。

 実力的にも、馬力はあっても荒削りなベルランガは、これまでの試合でエリートレベルの技量を見せたことはなかった。だとすれば当然のように、今戦はカネロが絶対に優位とみなされている。

 もともとトップランクに所属していたベルランガだが、このように勝機の薄い形で勝負の一戦を組みたくなかったトップランクと、最短距離でカネロ戦に向かいたいベルランガの方向性が相入れなかったために袂ををわかっている。その後、マッチルーム・スポーツと契約後も慎重なマッチメイクが続いている。

 実際にベルランガが例えば同じスーパーミドル級で売り出し中のディエゴ・パチェコ(アメリカ/23歳/21-0, 17KOs)とテストマッチでも行えば、そこで馬脚を表す可能性は十分あった。ベルランガ本人はともかく、陣営は内心では危険な前哨戦を行ってビッグマネーファイトをフイにすることを恐れていたはずだ。

 自身のクライアントに最善の金銭的恩恵を供給することがマネージャーの最大の役割であるなら、敏腕として名高いキース・コナリー氏はベルランガのためにすごい仕事を成し遂げたと言えるのだろう。

メキシコの英雄が向かう先は

 かなり手厳しい書き方にはなったが、ここではベルランガを批判したいわけではない。依然として全階級最高級の実力者であり、一攫千金が可能な統一王者(注・カネロは無名のウィリアム・スカル(キューバ)との指名戦を挙行しなかったためにIBF王座を剥奪され、4冠王者ではなくなった)と対戦したいと思うのは当然のこと。そのオファーが得られたとして、承諾するのも当たり前である。

 それよりもここで厳しい目が向けられるとすれば、やはりカネロの方であるに違いない。カネロの過去3戦の対戦相手は引退間近だったジョン・ライダー(英国)、2階級下の王者だったジャーメル・チャーロ(アメリカ)、ベルランガ同様に真価に懐疑的な見方がされてきたハイメ・ムンギア(メキシコ)。一時は“最高の相手と戦いたい”と連呼したいた選手のマッチメイクとしては少々寂しいラインナップに思える。何より、34歳になったメキシカンアイドルには、同階級で最大のライバルと目されてしかるべきのデビッド・ベナビデス(アメリカ)の挑戦を受ける気は毛頭ないようだ。

 これまでサウル・”カネロ”・アルバレス(メキシコ)対ベナビデス戦が行われなかった最大の要因は、ベナビデスがリング外の理由で2度、世界戦線から一時的に後退したからに他ならない。
 早い段階から希有なポテンシャルを誇示していたベナビデスだが、2018年にコカイン使用発覚、2020年の防衛戦前には規定体重を2.8パウンドもオーバーして王座剥奪。タイトルを持っていないなら、スーパーミドル級の4冠統一に執心するカネロがわざわざ後ろを振り返り、これほど若く、危険なパンチャーと拳を交える理由はない。興行の観点から見ても、メキシコ系ゆえに人気のポテンシャルは高くとも、短期間に2度もトラブルを起こした選手を大イベントの中心に据えるのはリスクが大きかった。
 ただ・・・・・・ここでベナビデスが立派な実績を積み上げ、カネロの持つ4冠のうちWBCの指名挑戦者にもなったことで、ビッグファイトの機は熟した感がある。いや、“対戦しない理由がなくなった”という方が正確だろうか。      
(昨年11月30日に公開した「Sミドル級の4冠王者カネロは危険な若き暫定チャンプ・ベナビデスの挑戦を受けるのか」より)

 昨年11月下旬、ベナビデスがデメトリアス・アンドレイド(アメリカ)に6回TKOで圧勝したあと、筆者は上記のように記した。 正当な実績を積んで指名挑戦権を得たメキシコ系の後輩の挑戦を受けねば、カネロが失うものも大きいように思えたのだ。ただ、その後もカネロ対ベナビデス戦は具体化せず、カネロはムンギア、ベルランガという数段、格が落ちる若手との対戦に向かった。

29-0, 24KOsのベナビデス。27歳と年齢的にも今がピークだ。
29-0, 24KOsのベナビデス。27歳と年齢的にも今がピークだ。写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ

 個人的には“ducking(逃げた)”という言葉を使うのは好まないが、今のカネロは最大の報酬が望め、勝てばレガシーに重要な1ページを加えることができる一戦を望んでいないのはもう誰も否定できない事実だろう。

 ベナビデスは6月のオレクサンデル・グボジアク(ウクライナ)戦でライトヘビー級に昇級し、しかもその試合で負傷したため、9月のカネロ戦はもう不可能だった。ただ、そもそもグボジアク戦を組んだのはカネロ戦のチャンスがないと判断ため。ここでライトヘビー級へのステイを決めたことで、将来的にもカネロ戦の可能性はほとんどなくなったといえる。

 カネロのレジュメが上質であることには変わりはなく、“ここでベナビデスを避けても歴史的評価にそれほど大きなダメージはない”という見方も耳に入ってくる。それが真実だとしても、やはりここまであからさまに最強のオプションを避けた路線は残念ではある。

 今後、さらなるメガイベントとして考えられるのは、カネロとの対戦希望を明言し続けるテレンス・クロフォード(アメリカ)戦くらいか。まもなく2階級下のスーパーウェルター級に上がってくるクロフォードに関しても、カネロは「勝っても相手が小さすぎると言われるだけの試合」と述べている。サウジアラビアからのマネーサポートを受けた上でも、リアリティがあるかは微妙なところ。何より、このようにこれまで以上に相手を選り好みするようになった事実は、カネロのキャリアが終盤に近づいていることを分かり易い形で物語っているのだろう。

スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

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