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もしも年末調整が廃止されて、国民皆確定申告になったら?

高橋成壽お金の先生/C FP/証券アナリスト/IFA
年末調整廃止案を提議した河野太郎氏(写真:ロイター/アフロ)

自民党総裁選で河野太郎候補が年末調整を廃止し、国民全員が確定申告する方式に変えたいと公約を発表し物議を醸しています。河野氏が総裁選で負けたとしても、デジタル庁による今後の政策課題として残り、いつか税制改正で日の目を見る可能性があります。今回は年末調整が廃止されたらどうなるのか考えてみます。

■税金に無知な国民を量産する源泉徴収と年末調整の仕組み

お勤めの人なら誰でも知っている仕組みの1つに年末調整があります。毎年勤務先に所定の書類を出すと、12月か1月の給与支給の際に払いすぎた税金が戻って来る。そんなイメージの人もいるでしょう。

年末調整は、簡単に説明すると毎月の供与から天引きされすぎた所得税を、正しく計算し直し、余剰分を還付する手続きです。勤務先が年内に確定申告する仕組みと言えます。なお確定申告は個々の税金(所得税、相続税など)で行い、今回のテーマでは所得税の確定申告となります。

年末調整では、会社の指示に従い書類を提出することで、税額計算の仕組みを知らなくても正しく納税が完了するようになります。ただし、寄付金控除や医療費控除など、会社と関連しない税金関連の申告は、今でも確定申告が必要です。

知識がなくても、勤務先の人事や総務部門、あるいは勤務先が外注した専門家により正しく税務申告が完了するのが年末調整のメリットですが、デメリットもあります。

それは、納税意識や租税の仕組みに対する無知・無関心を培養することです。為政者にとっては真に都合の良い制度といえます。

■最近の確定申告のデジタル化の状況

確定申告を行ったことのない人にとっては、難しいことのように思われるかもしれませんが、確定申告は年収(収入)から必要経費(所得控除等)を差引いて利益(課税所得)を出し、所得税率をかけて納税額を計算し、納税し完了します。なお、納税にはクレジットカードを利用することができ、手数料が上乗せされますがクレジットカード会社からポイントが付与されます。

筆者は紙での確定申告経験が長いため、デジタルよりもペーパーでの確定申告が馴染みやすいのですが、ここ数年はデジタルでの確定申告を実施しています。

なお、確定申告には税理士が必要だと誤解されている人がいますが、基本的には自己完結できます。

なぜかというと、会社から源泉徴収票が配られており、確定申告で必要な情報は源泉徴収票に記載があります。etaxであれば記入が必要な場所はわかりますし、手で計算する必要もありません。

はじめて使う人にとっては馴染みがないため、eTaxにログインするまでは大変だと思います。特に、スマートフォンでeTaxを利用する場合、スマートフォンがマイナンバーを読み込まないというどうしようもないエラーが出てしまうことがあります。※ログインにはマイナンバーカードが必要です。マイナンバー読み込み機能のあるスマートフォンも必要です。

ログインでき来てしまえば、必要事項を入力するだけで確定申告を進めて完了させることはできるはずです。誤りがあれば、後で修正したり、おかしな点があれば税務署からお尋ねが届きますので、お尋ねに従って回答すれば問題ありません。

マイナンバーカードを使った確定申告の方法

https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/shinkoku/r5_smart_shinkoku/pdf/01.pdf

■的を射ない批判ともっともな批判

「高齢者はeTaxでの確定申告なんてできない!」

高齢者はそもそも一定以上の年金を受け取っている場合は、自分で確定申告しています。確定申告はデジタルでやったほうがいいのは業務効率化の話ですが、確定申告自体は紙でも問題ありません。

そもそも働いていない高齢者は年末調整の対象外です。デジタル申告ができなくても定年後に毎年確定申告をしている人は大勢います。高齢者に対して失礼ではないでしょうか。

「自治体がパンクする」

住民税の計算で自治体がパンクするということだとすると、今年から急に年末調整が廃止になるわけではありません。準備期間を設けて廃止するという話です。たしかに、始めはパンクする可能性はあるでしょう。ただ、パンクしないようにデジタル化するわけですから、パンクしないような設計にすればいいのではないでしょうか。

年末調整が廃止になり、誤った税務申告が減れば自治体業務も減るはずです。所得税の確定申告を行えば、自治体に所得情報が伝わり、住民税の計算に使われますが、確定申告の所管は国税庁であり地元の税務署です。正しく確定申告ができれば、自治体の業務は増えません。むしろ、eTaxを利用することで申告ミスを減らして住民税の課税に人手をかけずに済むようになるのではないでしょうか。

「税務署がパンクする」

税務署はそもそも窓口に人が多くないため、パンクする懸念はあります。ただ、紙で確定申告する人が増えると、税務署の対応が大変になりますが、デジタルでの正確な確定申告であれば、税務署の負担は最低限で済みます。仕組みとしてAI等を利用し怪しい申告を検知し、ヌケモレをあぶり出すような仕組みを構築すれば、パンクすることにはならないでしょう。ただし、税金や計算を毛嫌いしている場合は、納税者自身がパンクしてしまうおそれはあります。

税務署がパンクしないような仕組みが実装されることが、当然になされるのが前提です。デジタルにすることで、税務署がパンクするなら、パンクしないような取り組みを考えればいいのです。


■年末調整廃止で得する人、損する人、恐れる人

「廃止で得する人」

勤務先の間接部門は、年末調整という売上にも経費削減にも貢献しない、誰得業務がなくなるので、気が楽になるでしょう。会社にとっては人と経費削減ができますので、人手不足部門に人手を回すことができます。

「損する人」

年末調整事務に生きがいを感じている人は、業務自体がなくなってしまいます。場合によっては雇用の危機と言えるかもしれません。また、年末調整事務を受任している会社やサービスにとっては、売上が蒸発する可能性があります。

「恐れる人」

税金の計算など絶対にやりたくない、学びたくない、といった人は一定の割合でいます。その人達は、今回の報道で戦々恐々でしょう。税務申告の支援は税務署(コールセンター含む)、税理士のいずれかしかできません。業務自体は簡単なのですが、税理士法に定めがあり、有償無償のいずれであっても税務申告の支援は税理士以外にはできないのです。世の中で所得税の確定申告の手伝いができる個人は無数にいますが、手伝うと税理士法違反という無免許運転になってしまうのでやらないのです。

■所得税の源泉徴収も廃止すればより効率化が進む

ここからは政策提言です。年末調整を廃止すると同時に、所得税の源泉徴収も廃止してはどうでしょう。所得税を源泉徴収させる仕組みは税法に規程があります。

所得税の源泉徴収の手続き処理は独特です。毎月給与の一部を振り込まずに会社にためておく、毎月一定の期日あるいは半年に一度税務署に振り込む。

国にとっては納税額が確定する前に毎月チャリンチャリンと税金が納められ取りはぐれのない優れた仕組みです。ただ、この為政者にとって便利な制度は、国民の納税に関する意識を低位維持することに貢献してしまいます。

そもそも所得税の源泉徴収制度は戦争費用調達のために始まりました。今の世の中は色々と懸念はありますが、源泉徴収制度を維持する必要性は、高いとは言えないでしょう。

■納税意識と税金の使われ方に関心が集まる

確定申告の良い点は、申告時に税額がはっきりと目に見えることです。そのため、源泉徴収を行ったうえで、一部還付して得したように感じるのはよくありません。

確定申告とともに、納税することで税金を支払うことの懐の痛みを感じるようにするのが、税金に対する意識を高めることに繋がります。

筆者は常々、金融リテラシーよりも税務のリテラシーを高めるべきだと授業などで発信しています。それは、年貢は納め方によっては知識獲得のモチベーションとなり、上手なあるいは効率的な所得配分に繋がる可能性があるからです。

他にも、自分はそれほど納税していないことがわかり愕然とした、という人も出てくるかもしれません。勤労意欲を引き上げることに繋がる可能性もあります。

今日本では増税という名の課税強化ばかりが進んでいて、何にいくら使われているかに注意が及んでいません。確定申告すればもっと◯◯に税金を使おう、今使われている△△は税金を使いすぎだという視点が生まれるはずです。

また、納税額を減らすため、生命保険、iDeCoに加入する人が増え、ふるさと納税の利用者・利用額が増えるでしょう。

■脱財務省への一手

年末調整を廃止するだけでなく、源泉徴収も廃止すると、確実に納税意識が高まります。「こんなに払うの?」と思う人が増えると見込まれるからです。

これにより、財務省が差配する毎年の国の予算にも厳しい目が向けられます。ちょうど今は各省庁から予算に関する要望が出ている時期です。各省庁への風当たりが強まり、統括する財務省への風当たりも強まるでしょう。

年末調整の廃止とともに所得税の源泉徴収も廃止すれば、国のお金の使われ方が改善されます。飛躍しすぎかもしれませんが、政府に対する財務省の関与力も低下する可能性があります。将来的な減税を実現するには、政府の裏方の官僚に対する国民の監視・監督も大切ではないでしょうか。

お金の先生/C FP/証券アナリスト/IFA

日本人が苦手なお金を裏も表も解説します。お金の情報は「誰がどんな立場から発信したのか見極める」ことが大切。寿FPコンサルティング、ライフデザインセンター代表。無料のFP相談・IFA相談マッチングサービスとして「ライフプランの窓口」「住もうよ!マイホーム」「アセマネさん」を運営。1978年生神奈川県藤沢市出身。慶応大学総合政策学部卒業後、金融関係のキャリアを経て有料FP相談を開始。東海大学では非常勤講師として実務家教員の立場から金融リテラシー向上の授業を担当。連載:会社四季報オンライン。著書:ダンナの遺産を子どもに相続させないで。メディア出演、メディア掲載多数。

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