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仁川アジア大会レポート 異国で感じるナショナリズムを考えてみた

木村正人在英国際ジャーナリスト

韓国・仁川で開かれたアジア大会は、バドミントン男子団体準々決勝の日本―韓国戦をめぐる空調疑惑や、馬術競技での音楽を使った妨害疑惑(新華ニュース)、加えて日本の競泳男子選手が韓国メディアのカメラを盗んだ事件まで起き、競技よりも場外の方が騒がしかった。

中国メディアが日本国内の反韓感情をあおるように、韓国人の国民性を疑わせるようなニュースを日本語で熱心に流していた。大会会場には空席が目立ち、韓国国民の関心はそれほど高くなかったという。

時事通信は記者座談会で「大会前は韓国の反日感情が心配だったが、街で不快な思いをさせられることはなかった。競技会場でも、日本選手がブーイングを浴びることもなかった」と総括している。

男子水球の準決勝日韓戦のあと健闘を讃え合う両国選手(笹山大志撮影)
男子水球の準決勝日韓戦のあと健闘を讃え合う両国選手(笹山大志撮影)

筆者が主催する「つぶやいたろうジャーナリズム塾」4期生の笹山大志くんが若者目線で見た仁川アジア大会レポートを送ってきてくれた。今回のテーマはナショナリズム。筆者もスコットランドの独立を問う住民投票の取材を通してナショナリズムの台頭を目の当たりにした。

日本でよく言われる右傾化とナショナリズムの関係について、高橋美野梨・北海道大学学振特別研究員にお話をうかがったとき、高橋さんは「自分が生まれた国にシンパシーを感じるのはごく自然なことだと思います」と答えた。

自分の郷土や祖国、言葉や伝統、文化を大切に思う自然な感情の発露を「パトリオティズム(patriotism)」と呼んだりする。一方、ナショナリズム(nationalism)は国民国家と深く関係している。

木村雅昭・京都産業大学教授、京都大学名誉教授によると、フランス革命の理念である自由・平等・博愛といった普遍的な価値は「開かれたナショナリズム」の礎になった。しかし、民族に固有の生命力を見出す「閉じられたナショナリズム」はナチズムという歴史上の悲劇を生み出した。

大志くんの言う「ナショナリズム」は「パトリオティズム」に近いと言えるのかもしれない。そして、お互いの国民感情を尊重し合うことで排外主義の弊害に陥ることを回避できるというメッセージを発している。

【笹山大志=仁川】2週間余にわたる韓国・仁川アジア大会が閉幕し、韓国国内の反応はどうだったか。1日付のハンギョレ新聞(電子版)は「全国民的無関心のなかで幕を下ろす仁川アジア大会」と振り返った。

世論調査機関ギャラップによる調査では開幕前から「関心がない」との回答が5割超えていた。開幕後もTVの平均視聴率は5.6%、入場券の売上げは当初目標額の65.7%と、盛り上がりを欠いた。

一方、日本国内で注目されたのは競技そのものというより、悪化する日韓関係を引きずったかのようなスキャンダル。

バトミントン日韓戦の「風」疑惑、日本競泳男子選手のカメラ窃盗事件、サッカー男子準々決勝の日韓戦で韓国サポーターが初代韓国統監の伊藤博文を暗殺した独立運動家、安重根の肖像画を描いた幕を掲げた問題。

その多くが韓国の国民性を疑わせるような取り上げられ方で大会が話題になったようだ。そんな仁川アジア大会に、韓国留学中の私は足を運んだ。その様子を報告する。

心地良いナショナリズム

「テーハミング(大韓民国)! パ・パッパパンパン(手拍子)」「テーハミング! パ・パッパパンパン」

先月28日にあった男子サッカー準々決勝日本対韓国戦。当日券を購入しようと列に並んでいると、地響きのような歓声が会場からあふれ出してきた。結局、当日券が売り切れ、高台から試合を観戦した。

この日、サッカー競技場の隣であった野球決勝韓国対台湾戦の観客動員は約3万人だったのに対し、準々決勝にもかかわらず、サッカーの日韓戦は4万3221人で、今大会の1試合最多観客数を記録した。

アジア大会はオリンピックとは違い、参加国がアジアや中東の国々に限られている。そのため、日本と政治や歴史上の問題が横たわる韓国や北朝鮮との対戦が連日行われる。

「日本を撃退するぞ」――日韓戦や日朝戦の試合会場では異様なアウェー感に襲われる。

私はその中で日本の国歌斉唱や国旗掲揚から生まれるナショナリズムに心地良さを感じていた。日本から離れて、日常生活の中で「日本」を意識することが少なかったからだろうか。

アウェー感が充満する競技場に「日の丸」があることの安心感、国歌を斉唱し、「日本コール」を叫ぶことで日本選手や少数のサポーターたちと「私たちの母国は日本で、私たちは日本人である」ことを認識し合える幸福感がこみ上げて来た。

橋下徹大阪市長が教職員に国歌斉唱時の起立斉唱を義務化したことが問題になったが、国際大会の実際の空気を体験した私は国旗や国歌は重んじなければならないという理由が何となくわかった気がした。

日の丸や国歌に、母国・日本や故郷、家族、友人を重ね合わせることで、自身のアイデンティティーが日本にあること、日本の誇りを強く認識できる瞬間であるように感じたからだ。

相手を尊重してこそのナショナリズム

「ナショナリズム自体は決して悪いことではない。大事なのは、対戦相手にもナショナリズムがあることを理解することだ」

サッカーの元日本代表監督、岡田武史氏はナショナリズムについてこう話す。(6月1日付、西日本新聞)

決勝で北朝鮮に敗れたあと南北共同応援団に一礼するなでしこジャパン(笹山大志撮影)
決勝で北朝鮮に敗れたあと南北共同応援団に一礼するなでしこジャパン(笹山大志撮影)

日韓戦や日朝戦後、共通していたのは選手たちが握手を交わし、抱き合うことでお互いの健闘を讃え合っていたことだ。中でも、なでしこジャパンは決勝で北朝鮮に敗れた後も、韓国人で構成された南北共同応援団の前で一礼し、北朝鮮の優勝を讃えた。

観客はそれに大きな拍手で応える。全力を尽くして戦った対戦相手を讃え合う様子は政治的な対立を超えているように感じた。

相手を徹底的に非難することで自己の正当性を主張する偏狭なナショナリズムは排他主義を引き起こすため、遠ざけるべきだ。ただ、ナショナリズムをすべて悪者と決めつけ、否定すべきではない、と思う。

健康なナショナリズムは大事に育てていきたい。そうでないと、他国のナショナリズムを尊重する大切さにも気づかないだろう。

「兵役免除ゴール」

サッカー男子で28年ぶりの優勝を決めた韓国代表の選手たちの喜びはひとしおだろう。

彼らはご褒美として2年間の兵役を免除される。優勝を決定付けるゴールを決めたのはイム・チャンウ選手。これに中央日報(電子版)が付けた見出しは「兵役免除ゴール」だ。

成年男子に兵役を課している韓国では、オリンピックやアジア大会に出場する代表選手は国の名誉を掛けて戦うということのほかに、自分自身の人生を賭ける戦いでもある。

兵役特例で、オリンピックでは銅メダル以上、アジア大会では金メダルが兵役免除の対象になる。

日本は韓国に金メダルランキングで大きく差をつけられた。2位韓国が79個に対し、3位の日本は47個。2010年広州大会は76個、48個、06年ドーハ大会58個、50個、02年釜山大会96個、44個。

今大会、野球は社会人チームを派遣した日本とは違い、韓国はプロ公式戦を中断して登録メンバー24人中23人をプロ選手でそろえるなどの差もあるが、韓国では兵役免除が選手の頑張りを引き出すインセンティブになっているのだろうか。

男子サッカー準々決勝の韓国戦後、ジャマイカ人を父に持ち、自身もジャマイカ生まれのFW鈴木武蔵選手がスポーツ紙の取材にこう答えている。「球際の強さが全然違った。徴兵がかかると、ああなるのか」

その一方で、韓国国内ではスポーツ功労者に兵役免除の優遇を与えるのは「スポーツや国際大会の純粋性を失わせる」と反対する声もある。

国際的なスポーツ大会のインセンティブとして兵役免除が使われている現状に韓国人大学生のキムさん(26)=仮名=は不満を口にする。「神聖な兵役を刑務所のような価値に貶めている」

笹山大志(ささやま・たいし) 1994年生まれ。立命館大学政策科学部所属。北朝鮮問題や日韓ナショナリズムに関心がある。現在、韓国延世大学語学堂に語学留学中。日韓学生フォーラムに参加、日韓市民へのインタビューを学生ウェブメディア「Digital Free Press」で連載し、若者の視点で日韓関係を探っている。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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