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イスラエルの攻撃がシリア内戦に及ぼし得るビリヤードボール効果

六辻彰二国際政治学者

イスラエルによるシリア軍事施設への攻撃

時に、国際政治はビリヤードボールに例えられます。様々な角度から、強弱様々な力が働いてきて、狙ったところに必ずしも行き着かない、という意味です。イスラエルによるシリアでの軍事活動は、これを思い起こさせます。

1月30日、シリアの首都ダマスカス近郊で、地対空ミサイルなどが保管されていた軍事施設が空爆を受けました。これについて、バラク国防相はイスラエル軍がこれを行ったと暗に認める発言をしています。

イスラエルからみてシリアのアサド政権(イスラーム少数派のシーア派の一派アラウィー派中心)は、「最も危険な隣人」です。1968年の第三次中東戦争でゴラン高原をイスラエル軍に占領されたシリアは、両国が隣接するレバノンのイスラーム過激派ヒズボラ(シーア派に属する)を支援し、その対イスラエル闘争を支援してきただけでなく、やはりヒズボラを支援し、核・ミサイル開発を進めるイスラーム国家イラン(やはりシーア派の一派12イマーム派を国教とする)とも同盟関係にあります。

その一方で、2011年以来シリアで続く内戦に関して、イスラエルはこれまで目立った関与を行ってきませんでした。アサド政権に敵対する勢力は、多くの組織が混在しており、そのなかにはサウジアラビア(イスラームの多数派スンニ派の一派ワッハーブ派を国教とする)などから支援を受けたイスラーム主義勢力もあります。大多数の反アサド勢力が結集し、西側先進国からの認知をとりつけたシリア国民連合にせよ、これに参加しない過激なイスラーム主義勢力にせよ、パレスチナの占領政策を続けるイスラエルと友好関係になれるわけでもありません。つまり、イスラエルからみれば、隣国の内戦は「誰が勝っても友人になれない者同士の争い」なのです

イスラエルはなぜ攻撃に踏み切ったか

しかし、イスラエルには、いわば共倒れを期待して、シリア情勢に「高みの見物」を決め込むほどの余裕はありません。シリアの混乱が長期化するなか、支配力が低下したアサド政権から、兵器が流出する可能性は否定できません。なかでも、内戦発生後にシリア政府が保有を公式に認めた化学兵器がヒズボラに流出することは、イスラエルにとって死活問題です。実際、今回のシリア軍事施設の空爆を暗に認めたバラク国防相は、「アサドが倒れるときにシリアの高性能兵器がヒズボラの手に渡るのは許さないと、われわれは言ってきたはずだ」と述べています。

さらに、シリアの盟友イランが核・ミサイル開発を加速させていることも、イスラエルの危機感を強めています。昨年12月、ネタニヤフ首相は「あと2ヵ月半でイランの核開発が最終段階に入る」との認識を示しました。IAEA元事務次長オリ・ヘイノネン氏は、イランがウラン濃縮のための新型遠心分離機を数千台設置できると指摘しています。また、1月28日には、イラン政府が生きたサルを乗せたロケットの打ち上げに成功し、サルが無事に帰還したと発表しました。このニュースの信憑性をめぐっては、イランの「捏造」という見方もあります。しかし、真偽はともあれ、イランが核・ミサイル開発の成果を強調すればするほど、これと敵対するイスラエル政府が神経をとがらせることになるのは確かです。

これに加えて、イスラエル内部の政治状況も見逃せません。1月22日のイスラエル総選挙で、与党リクードと極右政党「我が家イスラエル」との統一会派が最大会派の座を維持し、ネタニヤフ首相は勝利演説で、イランの核武装阻止が最優先課題だと強調しました。ただし、リクード・我が家イスラエルは、選挙前の120議席中42議席から31議席に後退したこともあり、19議席を獲得して躍進した中道の新党「イエシュ・アティド(未来がある)」、極右政党「ユダヤの家」(12議席)と、やはりユダヤ教の影響が強い「シャス」(11議席)を加えた連立協議を進めています。このうち、イエシュ・アティドは、高い失業率や生活環境の悪化などに対する若年層の不満を背景に一躍第2党に踊りでた新党です。その支持者の多くは日常的な社会問題への関心が高いため、中東和平を前進させるとの立場をとっているものの優先順位は低く、対外的には右傾化が進むとみられています。

このような背景のもと、イスラエルはついに二大敵対国の一方、シリアへの軍事作戦を行ったのです。イスラエルの軍事行動が、今後も継続的に行われるか否かは予断を許しません。しかし、周辺地域の混乱が続き、緊張が高まる状況は、イスラエルをしてより一層の軍事行動に向かわせる可能性は大きいといえるでしょう。

シリア国民連合の反応

アサド政権は、イランやヒズボラとともに、イスラエルによる攻撃を非難しています。他方、報道で伝えられる範囲では、シリア国民連合からは直接的な反応は見受けられません。しかし、イスラエルによる軍事行動は、シリア国民連合にも微妙な影響をもたらしているとみられます。

2月4日、シリア国民連合がアサド政権の「平和的退陣」のための交渉の用意があると声明を発表しました。それに先立って、シリア国民連合のハティーブ議長はアサド政権と対話の用意があると表明していましたが、国民連合内部からアサド退陣を大前提にするべきという批判があがっていました。これを受けて、4日のハティーブ議長の声明に「平和的退陣」が盛り込まれたことになりますが、いずれにせよこれは国民連合側が交渉を加速させようとする意思を表すものといえます。

その約1ヶ月前の1月6日、アサド大統領は反体制派との協議を拒絶する一方で、周辺国などによる反体制派への支援停止を前提に、包括的な国民対話の実施、新憲法の制定、新政府の樹立など独自の和平案を提案しました。しかし、これに対してシリア国民連合は、アサド政権の責任が不明確になることから、徹底抗戦の構えをみせていました。

つまり、少なくとも結果としては、イスラエルがシリアの軍事施設への空爆を行った前後で、反体制派の国民連合の対応には、「アサド退陣がなければあくまで徹底抗戦すべし」から「アサド退陣は大前提だが、それを織り込んだうえで交渉すべし」へと微修正されたとみることができます。先ほど述べたように、シリア国民連合にとってもイスラエルは「友好的な隣人」ではありません。それが関与してくることになれば、ただでさえ戦闘が長期化し、事態収拾に目処がたたないシリア情勢がより混沌としてくることになり、安定は遠のく一方です。そうであるならば、イスラエルが本格的に関与してくる前に、シリア内部で決着を着けた方がいい、という判断がシリア国民連合内にあったものとみられます。

何をもって「合理的判断」と呼ぶか

「当事者たちが(自らの利得を最大化するという意味で)合理的に判断するはず」という前提に立つならば、「イスラエルの関与が強まる前に国内で決着をつけるべき」という判断は、体制派と反体制派を問わず全ての当事者に共有できるものと捉えられます。ただし、何をもって「合理的」と呼ぶかは、立場によって異なります。

客観的条件が交渉に向かわざるを得ない方向性に向かわせていることを、全てのシリア当事者が認識できたとしても、そのなかで少しでも自らに有利な条件で交渉を進めようとすることは、想像に難くありません。アサド政権にとっての最大の利得は、「アサド退陣なしの和平」です。一方、反体制派にとっての最大の利得は、「アサド退陣をともなう和平」。正面から利害が対立することで、交渉が膠着することは充分にあり得ます。

その一方で、シリア国民連合とアサド政権の間で交渉が進展することがあるとすれば、政権側の実権を握っている軍幹部たちが、自らの身の安全を確保したうえで、アサド個人を切り捨てる場合と考えられます。つまり、エジプトで軍がムバラクを切り捨てて自らの立場を保全したように、全ての責任をアサドにかぶせることで、新体制の下で生き残ることをシリアの「影の実力者」たちが決意できた場合、言い換えれば軍幹部たちが「アサドを切り捨てて自分が生き残る」ことに合理性を見出した場合、交渉を阻むハードルは一気に下がります。

もともと、アサド大統領は父・ハーフェズからその地位を引き継いだものの、父親と異なり、軍や情報機関などへの影響力は限定的でした。2000年代の初頭に政治犯の釈放やインターネットの解禁といった、「ダマスカスの春」と呼ばれた一連の自由化政策は、英国に留学経験もあるアサド自身によって進められたものの、軍幹部らのサボタージュによって頓挫した経緯があります(詳しくはこちら)。

それから10年以上経った現在、戦闘が激化しながら膠着状態が続き、武力による内戦終結が困難な状況が明確になるにつれ、かつて体制の自由化を阻んだ軍幹部らは、自らの安全を保つためにアサドを人身御供にするインセンティブをもつ状況にあります。これに対して、軍によって支えられるアサド自身が、率先して交渉に向かうことは、事実上困難です。事態がここまで至っては、一時アサドを受け入れることを暗示していたロシアも、その亡命を受け入れるかは疑問です。よって、アサドは今後とも「退陣」を受け入れないことで、現体制のもとでの身の安全を図ると考えられますが、それはいずれ、ますますアサドの首を絞めることにもなりかねません。いずれにせよ、アサド自身が反体制派との交渉をリードすることは想像しにくいのであり、それは逆に軍幹部らが離反した場合、全く孤立無援になる状況が生まれるとみられます。

1月27日、「世界経済フォーラム」ダボス会議で、シリアが「地中海のソマリア」になることを懸念する意見が出されました。アフリカ東部のソマリアでは、1990年代の初頭以来、さながら日本の戦国時代のように、多くの勢力がそれぞれの大義を掲げて武装活動を展開し、国内が分裂する状況が続いており、これは武器や難民の流出により、地域一帯の不安定要因となっています。中東・北アフリカを追われたイスラーム過激派が、混乱するソマリアに流入していることも、状況の悪化を加速させています。これまでの経緯に鑑みれば、シリアが「地中海のソマリア」になる可能性は大きいといえるでしょう。安保理における西側と中ロの対立が膠着するなか、それを避けることができるか否かは、シリア内部の変化によるところが大きいといわざるを得ません。そして、今回のイスラエルによる軍事攻撃は、少なくとも結果的には、まさにビリヤードボールのように、アサドを除く体制派と、過激なイスラーム主義勢力と距離を置くシリア国民連合に、少なからず交渉に向かうことにインセンティブをもたせる状況を生んだといえるでしょう。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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