スッピンを撮られても気にしない「区長になる女」 軽やかに「女たちの選挙」を描く異色ドキュメンタリー
♪ミュニシパリズム(=地域主権主義) 知らなかった 僕らのまち 僕らでつくる♪ 小泉今日子さんの歌声がやわらかく響く「映画 ○月○日、区長になる女。」が1月2日、劇場公開される。2022年6月の杉並区長選挙で、初の女性区長に選ばれた岸本聡子さんに密着したドキュメンタリー映画だ。
劇作家がハンディカメラで「区長候補」を撮影
監督は、小泉さん主演の演劇「ピエタ」などを手がけてきた劇作家・演出家のペヤンヌマキさん。これまで政治と無縁の生活を送ってきたが、杉並区内の自宅アパートが道路拡張計画で立ち退きの危機にあることを知って、区政に興味を持った。そして、区長選で「道路拡張の見直し」を掲げる岸本候補を応援することに決めた。
このドキュメンタリーは、そんな支援者の立場から「区長になろうとする女」をハンディカメラで密着撮影。彼女の周りに集まってくる住民たちの声を紹介しながら、地域の政治に主体的にかかわろうとする人々の姿を軽やかに描いている。
映画では、支援する住民たちと意見が食い違い、愚痴を口にする岸本候補の姿も映し出される。
「途中で岸本さんが辞退してしまうのではないかと不安になった」。そう語るペヤンヌさんは、小さなカメラで岸本候補を追いながら、どんなことを考えていたのだろうか。
「映画の主役は岸本さんではない」
――この映画を見て面白いなと思ったのが、岸本さんの化粧のシーンです。自宅で鏡に向かって化粧をしている姿って、女性はあまり撮られたくないのではないかと思うんですが。
ペヤンヌ:岸本さんってカメラが回っていても全然気にしないんですよ。部屋ではタンクトップだけになって、床にあぐらをかいて座ったりする。スッピンを撮られることも抵抗はなかったみたいです。
――ペヤンヌさんが岸本さんに初めて会ったのは、杉並区長選に向けたキックオフ集会だったということですが、どんな印象でしたか。
ペヤンヌ:集会ではただ顔を見ただけで、最初にしゃべったのは3日後くらいの街頭演説のときです。同年代の女性というのもあるかもしれませんが、話しやすい感じでしたね。政治家に立候補する人って、自分と住む世界が違うような硬いイメージがあったんですけど、全然そうではなくて、自然体の雰囲気がありました。
ーー街頭演説のシーンでは、いろいろな住民の人たちが出てきて、岸本さんに「こうしなければダメだ」と意見するじゃないですか。新人候補の岸本さんの周りにどんな人が集まってきて、どう選挙に関わっていくのか。その動きが見えるのが、すごく面白いなと思いました。
ペヤンヌ:この映画の主役は、実は岸本さんではなくて、選挙に関わる一人ひとりなんですよね。最初は岸本さんを追っていたんですけど、毎日撮影していると、彼女の周りにいろんな人が集まってくる。みなさん、とても生き生きとしているので、自然と興味が向いていきました。
ーーそんな中で、特に女性たちの行動力が目立っていたと思うんですが、実際に「女性が中心の選挙だった」といえるんでしょうか。
ペヤンヌ:もちろん陰で支えている男性もたくさんいましたが、表に立つのは女性が多かったですし、岸本さんの周りに自然と女性が集まってくる感じでしたね。
みんなの声を聞くのは結構しんどい
ーーただ、集まってくる人たちの意見はいろいろで、なかなかまとまらない。みんな自分が正しいと思うことを主張しあって、一枚岩になれない。そんな選挙をめぐる難しさも見えたんですが、ペヤンヌさんはどう感じていたんでしょうか。
ペヤンヌ:岸本さんはカメラの前で、愚痴を口にすることも多かったですね。もともとはYouTubeにアップするPR動画として撮っていたので、「面白いけど使えないな」と思いましたが、ドキュメンタリー映画にしたときに絶対使いたいと考えていました(笑)
ーー岸本さんを応援している人間として、あのように陣営がまとまれない状況というのは、どういう気持ちで見ていたんですかね。
ペヤンヌ:つらかったですね。会議でもいろいろな意見が出て、2時間すぎても議論している。撮影しているときに意識が朦朧としてしまうこともありました。
ーー映画の中で、岸本さんが自分の名前について説明するシーンが出てきます。聡子の「聡」は、「公の心に耳を傾ける」つまり「いろいろな人の声を聞く」という意味なんだ、と。理念としては正しいと思いますが、実際にみんなの声を聞くのは大変ですよね。
ペヤンヌ:本当にそう思います。毎日いろんな人が何かを言ってくる。区長候補になるのはこんなに大変なんだって思いましたし、いろんな人が強い思いをぶつけてくるのをちゃんと聞くのは結構しんどいだろうなと思いました。
ーーそういう光景を見ていて、ペヤンヌさんは岸本さんが立候補するのを辞退してしまうんじゃないかと心配になったそうですね。
ペヤンヌ:岸本さんはときどき「私は自分が選挙に出ることにこだわっていない」「もっとふさわしい人がいるのなら、その人が出ればいい」ということを言っていて、大丈夫かなと不安になりました。
「演劇好きは選挙にハマる」という説ができた
ーーそんな困難もありながら、わずか187票差で岸本さんが区長に当選しました。選挙を初めて手伝ってみて、気づいたことはありますか。
ペヤンヌ:政党主導の選挙ではなくて、市民中心の選挙だったので、手作り感があって楽しかったですね。みんな、自由にアイデアを出し合って「一人街宣」などのいろいろな企画が生まれました。応援のための歌を作った人もいる。なんか演劇と似ているなって思いました。
ーーどのあたりが似ているのでしょう。
ペヤンヌ:演劇も公演に向けて、みんなで準備していくし、本番が近づいてくると宣伝もする。選挙は演劇の本番みたいな感じ。だから「演劇好きは選挙にハマる」という説ができました。
ーー歌を作った人がいるということですが、映画にも出てきますね。
ペヤンヌ:ブランシャー明日香さん(杉並区内のカフェ店主)が作った「ミュニシパリズム」という歌ですね。すごくいい歌なので、広まるといいなと思って、小泉今日子さんに「カバーして歌ってもらえませんか」ってお願いしました。
ーーブランシャーさんは岸本さんの選挙を手伝ったことがきっかけで、その10カ月後の区議選に出馬することになったんですよね。映画の中で「選挙は続くよ どこまでも」というフレーズが出てきますが、区長選が区議選につながっているのがわかります。
ペヤンヌ:岸本さんが区長になったから「めでたしめでたし」というわけでは全然なくて、選挙は続いていきます。選挙だけの話ではなくて、私たちが政治に関わっていくことも続いていく。私たちの生活が続く限り、選挙は続いていくっていう気持ちですかね。
ーー選挙といえば、この映画には選挙につきものの、握手や涙、万歳三唱といったシーンが出てきません。映画の中で流れる音楽も含めて、とても軽やかな印象で、これまでの選挙のドキュメンタリーとずいぶん雰囲気が違うなと感じました。
ペヤンヌ:今回音楽をお願いした音楽ユニット「黒猫同盟(上田ケンジと小泉今日子)」の上田ケンジさんに似たようなことを言われました。選挙というと激しい曲をつけがちだけど、岸本さんの選挙は穏やかな曲のほうがあう、と。それを聞いて、なるほどとすごく思いました。
※「映画 ○月○日、区長になる女。」は1月2日から、東京・東中野の映画館「ポレポレ東中野」で公開され、順次、全国で上映される。