新型コロナウイルスはどこからやってきた?研究所からの流出、海鮮市場の動物からの感染、という2つの仮説
新型コロナウイルス感染症の流行が始まって3年が経過しました。
アメリカのエネルギー省が中国のウイルス研究所から流出した可能性が高いと判断した、と報道されました。
この新型コロナウイルスはいつ、どこから広がっていったのか、現時点で分かっていることについてまとめました。
新型コロナウイルスの自然宿主は?
新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は名前の通りコロナウイルス科に属するウイルスであり、ベータ・コロナウイルスという仲間になります。
2003年に中国から世界へと広がったSARS(重症急性呼吸器症候群)の原因ウイルスであるSARSコロナウイルス(SARS-CoV)、そして2012年にサウジアラビアで見つかったMERS(中東呼吸器症候群)の原因ウイルスであるMERSコロナウイルス(MERS-CoV)も同じベータ・コロナウイルスの仲間であり、この2つはどちらもコウモリが持っているウイルスであることが分かっています。
SARSが流行する前は、コウモリがコロナウイルスの宿主であることは知られていませんでしたが、その後、この15年間で少なくとも30種類以上のコロナウイルスがコウモリを宿主としていることが判明しています。
コウモリは持続的な飛行が可能な唯一の哺乳類と言われており、このため保有するウイルスを拡散しやすいとされます。
活動性の高い動物であるコウモリから、中間宿主となる他の動物(SARSでのハクビシン、MERSでのヒトコブラクダ)にウイルスが伝播したり、あるいは偶発的に直接ヒトに感染することもあります(洞窟探検などでコウモリに曝露して狂犬病に感染する事例など)。
新型コロナウイルスがどこから広がったのかについては、大きく2つの仮説があります。
一つは今回アメリカのエネルギー省が言及した「研究所からの流出説」、もう一つは「動物からの飛び火(スピルオーバー)説」です。
研究所からの流行説が根強い理由は?
未だに武漢ウイルス研究所からの流出説が根強い理由としては、この武漢ウイルス研究所がコロナウイルスを取り扱っていた研究所であったことが挙げられます。
現時点で新型コロナウイルスの宿主は不明ですが、新型コロナウイルスに最も近いウイルス「RaTG13」はコウモリから見つかっています。
この「RaTG13」は新型コロナウイルスとの遺伝子の一致率が96.2%と高く、最も近縁のウイルスと考えられています。
「RaTG13」は武漢ウイルス研究所の石正麗 Zheng-Li Shi氏らがNature誌で報告したウイルスであり、2013年に中国雲南省のコウモリから見つかったものであることが分かっています。
関連は不明ですが2012年にはこの鉱山で6人が原因不明の肺炎に感染し3人が亡くなったという事例がありますが、この6名の肺炎の症状が新型コロナに似ていると指摘する報告もあります。
新型コロナウイルスの近縁のウイルスを取り扱っていただけであればここまで流出説が疑われることにはならなかったかもしれませんが、さらにこの武漢ウイルス研究所はコウモリの持つコロナウイルスとSARSコロナウイルスとの合成ウイルスを作ってヒトの細胞への感染性を評価する、といった機能獲得(gain-of-function)研究と呼ばれる研究もしており、さらには、武漢ウイルス研究所はバイオセーフティーレベル(BSL)4の基準をクリアした中国で初めての研究機関でしたが、安全性や管理に問題があることがアメリカから指摘されていたとも言われています。
これらを関連付けて、今回の新型コロナウイルスの起源は武漢ウイルス研究所ではないかとする説が、今もなお根強く残っています。
SARSの流行時に中国政府が重要な公衆衛生データを隠蔽していたことや、実際に過去には北京のウイルス研究所でSARSコロナウイルスを取り扱っていた研究者の間で感染が広がったという事例もあり、こうした疑念は現在もなかなか振り払われていません。
ただし、武漢ウイルス研究所が新型コロナウイルスを取り扱っていたという証拠はなく、流出説が断定されるには至っていません。
武漢の海鮮市場で売られていた動物から飛び火したという説
動物が保有していたウイルスがヒトに飛び火(スピルオーバー)した、という動物由来説も当初から議論されていました。
新型コロナウイルスの流行前に2002年から2004年にかけて流行したSARS(重症急性呼吸器症候群)の原因ウイルスであるSARSコロナウイルスは、コウモリやハクビシンから類似のウイルスが見つかっていることから、コウモリが持っていたSARSコロナウイルスがハクビシンなどに伝播し、それが食品市場などでヒトに感染したと推定されています。
新型コロナウイルス感染症の流行は、武漢の華南海鮮市場から始まったことが分かっていますが、昨年この武漢の海鮮市場で売られていた動物からヒトへと感染が広がったのではないかとする研究がScienceに掲載されました。
写真は武漢での流行が感知される直前の2019年12月3日に、武漢市民がWeiboに投稿した華南海鮮市場で売られていた動物の写真です。
2019年11月から12月にかけて華南海鮮市場ではタヌキ、ハリネズミ 、アナグマ、ウサギ、ネズミ、ヤマアラシ、キツネなどの動物が売られていたことが分かっています。これらの動物のうちいくつかは新型コロナウイルスに感染することが分かっており、ヒトに伝播する中間宿主となりえたと推測されています。
また、これらの動物が売られていた屋台のプロセッサーや、動物が飼われていたカゴからも新型コロナウイルスが見つかっているということも、動物由来説を支持するものと考えられます。
またこの新型コロナウイルスは、2019年12月以前に広がっていたという証拠はほとんどなく、また初期の症例の多くが華南海鮮市場に関連していたこと、また華南海鮮市場に関連していなかった人についても居住地が華南海鮮市場に近かったことからも、この華南海鮮市場が最初の発生源であった根拠の一つとなっています。
発生源調査によって分かってきた課題とは?
新型コロナウイルスの起源がどこであったとしても、今回の調査を通じてラボリーク(研究室からのウイルスの漏出)が原因で世界的なパンデミックが起こり得る可能性があることが広く認識されるようになり、こうした研究機関におけるウイルスの取り扱いに関して注目が集まっています。
感染症に関する研究を行う施設では、扱うことのできる病原微生物の種類に応じて「バイオセーフティーレベル(BSL)」が指定されています。
例えば、リスクグループ3の病原体を取り扱うことができるのは、BSL3以上の施設だけとなっています。
特に危険なウイルスを扱う研究機関については、BSL4として厳しい基準が設けられていますが、前述の武漢ウイルス研究所におけるコロナウイルスの研究はBSL4でもBSL3でもなくBSL2の研究室で行われていたと言われています。
現時点では、各国の研究施設の監視についてはそれぞれの国に任されていますが、ラボリークから世界規模のパンデミックが起こり得るということを考えれば、こうした研究機関の監査についてはその国だけに任せるのではなく、国からも独立した国際的な公的機関が行い結果を公表するような新たな仕組み作りが必要かもしれません。
また、新興再興感染症の多くが動物由来感染症であることからは、市場などで動物とヒトとが接する機会は新興再興感染症出現のリスクになり得ることになります。
SARSの際にも中国で生きた動物が市場で売られていたことについて危険性が指摘されていましたが、改めて中国における動物の取り扱いについても厳格な取り締まりが求められます。
流行開始から3年が経過しましたが、新型コロナウイルスの起源がいつ明らかになるのか(あるいは永遠にならないのか)、調査の行方を見守りたいと思います。