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A級26期の大豪・佐藤康光九段(53)陥落決定 佐藤天彦九段(34)深夜の死闘、指運の鬼勝負を制す

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 1月11日。東京・将棋会館において第81期順位戦A級7回戦▲佐藤康光九段(53歳)-△佐藤天彦九段(34歳)戦がおこなわれました。

 朝10時に始まった対局は深夜0時53分に終局。結果は146手で天彦九段の勝ちとなりました。

 リーグ成績は、天彦九段2勝5敗、康光九段0勝7敗。A級以上通算26期を誇る康光九段の陥落が決まりました。

天彦九段、最後の最後で勝ちをつかむ

 康光九段先手で、戦型は角交換型の向かい飛車。天彦九段が筋違い角を打ったあと、香得の戦果をあげたのに対して、康光九段は相手玉の上部から迫り、均衡の取れた中盤戦が続きました。

 終盤、康光九段は2枚の馬を自陣に引き戻し、手厚く自玉の周りを固めます。対して天彦九段も鋭く迫り、手に汗握る攻防が続きました。

 康光九段は107手目、天彦九段は116手目の段階で持ち時間6時間を使い切り、あとは60秒未満で指す、深夜の死闘です。

 康光九段が抜け出したかとも思われた122手目。天彦九段は自陣に桂を打ちます。これが渾身の勝負手だったか。

 次の123手目。康光九段は当たりになっている角を切ってゆけば、勝ち筋だったようです。

康光「いや、そうかとは思ったんだけど」

天彦「確かに。全然ダメに見えますね」

康光「全然ですか。調べれば勝ちかなと思ったけど、なんかちょっと・・・。調べれば勝ちなのかなあ」

 局後の感想戦では、そんなやり取りがありました。

 本譜。康光九段は角を切らなかったため、形勢は勝敗不明へと戻りました。天彦九段は狭いところに角をうちつけて粘り、すぐには玉が寄らない形。また受けで打たされた香がいつしか康光玉にまで届く攻め駒になるなど、ドラマチックな進行です。

 形勢は最後、何度揺れ動いたかわかりません。まさに指運(ゆびうん)の勝負だったといえそうです。

 134手目。天彦九段は自陣に桂を打ちつけ、二枚龍の攻めをブロックします。そこでは代わりに銀を出る「詰めろ逃れの詰めろ」がありました。局後に検討陣からそれを知らされ、両対局者は驚きの声をあげます。

天彦「銀出るんですか、これ? ひえー」

康光「読んでないですね。そうか、なるほど・・・」

天彦「これはなかなか、指せないような気がする・・・」

 139手目。康光九段は相手の香の利きを止めるべく歩を打ちます。局後の検討では出ませんでしたが、コンピュータ将棋ソフトは▲3四桂(△同金ならば▲3二龍以下天彦玉は詰み)△1三玉▲4二龍(相手の香を取る)という、詰めろ逃れの詰めろの順を指摘していました。しかしそれもまた難しい。

 最後、佐藤玉は比較的容易な5手詰の形となりました。

 144手目。天彦九段は香を取りながら歩を成り、王手をかけます。ほどなくして、康光九段の首ががっくりと落ちました。

「50秒、1、2、3、4」

 投了してもおかしくはないところ、記録係に秒を読まれながら、康光九段は玉を逃げます。

 康光玉はついに3手詰の形。天彦九段も当然それはわかっています。しかしすぐには指しません。

「50秒、1、2、3」

 そこまで秒を読まれたあと、天彦九段は角を打って王手をかけました。

康光「負けました」

天彦「ありがとうございました」

 両対局者が一礼をして、長く続いた死闘にピリオドが打たれました。

 局後の感想戦は時おり両者の間で笑い声が起き、鬼勝負のあととは思われないようななごやかな雰囲気のうちに進みました。

康光「いやあ、ひどかったですね」

天彦「いやあ、全然なにが起きてるのかわからなかった」

 康光九段はしばらく中空を見つめたあと「そうかそうか」と納得したような声を発し、検討もお開きとなりました。

 日本将棋連盟の会長職という激務をこなしながら、四十代以上でただ一人、今期A級に参加していた康光九段。来期は2010年度以来、13期ぶりにB級1組所属となります。

 なお同日、大阪・関西将棋会館でおこなわれていた▲菅井竜也八段(30歳)-△糸谷哲郎八段(34歳)戦は23時18分、151手で菅井八段が勝ちました。リーグ成績は菅井5勝2敗、糸谷1勝6敗となりました。

 次節8回戦で天彦九段が勝ち、糸谷八段が敗れると、天彦九段残留、糸谷八段陥落が決まります。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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