ヤマトタケル伝説が息づく奥多摩・御岳山奥ノ院トレッキング *歴史に連なる山登り*(0002)
日本史の伝説的英雄ヤマトタケルにゆかりのある東京・奥多摩の御岳山。武蔵御嶽神社は古来からの関東におけるオオカミ信仰がいまなお受け継がれており、最近では愛犬家も多く集います。
<概要>
山岳名: 御岳山 (みたけさん)
標 高: 約929m
所在地: 東京都青梅市
御岳山は東京・奥多摩の代表的な山岳のひとつ。山頂にある武蔵御嶽神社は祭神として大口真神(通称“おいぬ様”)を祀っている。
御岳山の奥に、奥ノ院(ピークは“甲羅山”等と呼称)やさらに奥多摩三山の大岳山が連なる。
御岳山は“花の百名山”(オケラ)、大岳山は“花の百名山”(イワウチワ)と“新・花の百名山”(エイザンスミレ)。
柳斎雪信||寫,東明堂『武藏國御嶽山繪圖面』(東京都立図書館所蔵)
「東京都立図書館デジタルアーカイブ(TOKYOアーカイブ)」収録
(https://jpsearch.go.jp/item/tokyo-R100000086_I000030866_00)
<端緒>
武蔵御嶽神社の祭神である大口真神は一般的にニホンオオカミとされています。その由縁はヤマトタケル(名前・表記は複数ありますがここでは便宜上、前記のとおりで統一します)の東征伝説につながりがあります。ヤマトタケルが東征の際に山中で迷ったときどこからともなくオオカミが現れてヤマトタケルを導き助けたという伝承が残っています。
ヤマトタケルは日本史におけるもっとも有名な英雄の一人ではないでしょうか。父の景行天皇の命を受けて日本各地を遠征しました。そのため関東甲信あたりにもヤマトタケル伝説に由来する伝承や史跡がいくつか残っています。そのひとつである武蔵御嶽神社がある御岳山とその近くにある大岳山を巡ってみました。
<トレッキングコース>
今回は御岳山のケーブルカー「御岳山」駅を起点にして御岳山(武蔵御嶽神社)そしてその奥にありヤマトタケルを祀る奥ノ院を経由してさらに同じくオオカミを祀る大岳山へ登ります。帰りは御岳山のロックガーデンを通ってふたたび「御岳山」駅に戻ってくるルートです。
御岳山のケーブルカー「御岳山」駅からスタートです。駅を出た広場は展望地となっており東側の遠景を見渡せます。中央のピークは筑波山です。御岳山と筑波山の間の直線距離はおよそ100km。その間になにも遮るものがなく、関東平野の広大さがよくわかります。まず駅を出た左手の道を進み、御岳山の山頂と武蔵御嶽神社を目指します。
撮影した時期は晩秋でしたが、駅の周辺にはまだすこし紅葉がのこっておりました。すこし先に御岳山の山上集落の建物も見えています。山上集落に入る手前に御岳ビジターセンターがあります。茅葺き屋根の建物・馬場家住宅を過ぎて、すこし急な坂を上がり門前のお土産物屋さんが並ぶ通りに入る手前にある大樹が神代ケヤキです。
お土産屋さんが両側に並ぶ通りを抜けると神社の鳥居と長い石段となります。意外に長い石段を上がりきると武蔵御嶽神社の本殿があります。出迎えてくれる狛犬はニホンオオカミを模していると思われますが、その偉容はまるでライオンのように勇壮です。本殿の右手に大河ドラマ「鎌倉殿の十三人」にも登場した畠山重忠の像と宝物殿があります。宝物殿には国宝も収蔵されています。本殿の奥に御岳山の山頂の標柱が立っており、そこからは奥ノ院のピークが見える遥拝所となっています。
本殿を下りて御岳山の先へ進みます。神社まではほぼ舗装道路ですが、その先からは土の山道になります。展望地であり休憩適地の長尾平を過ぎて、道を真っ直ぐ進むとロックガーデンに入りますが、今回は右手の奥ノ院へと向かいます。さらに先で大岳山へ直接向かうルートと奥ノ院に進むルートに分岐します。
木製の鳥居をくぐり、右手にある水道施設を通り過ぎて登り坂を上がっていきます。この先の道は木の根の張出しが多い道です。しばらく登ると鎖場が出てきます。高度感はそれほどなくけして難しくはありませんが足場の狭いところもあります。とくに下りで利用するときは注意が必要でしょうか。また狭いために上りと下りで交差できませんので、それぞれ道を譲り合う必要があります。
鎖場を過ぎると徐々に岩が増えてきます。さらに上がっていくと奥ノ院(男具那社。祭神はヤマトタケル)が見えました。石段を上がり奥ノ院の右手へ裏側に回り込むようにピーク(甲羅山)への細い道がついています。山頂まではほんの2分程度です。山頂には小さな祠があります。
奥ノ院から鍋割山を経由して大岳山へ向かいます。下りはちょっとした岩場です。顔を前に向ければ大岳山と思われるピークが視界に入ります。下って奥ノ院の巻き道と鍋割山の分岐に出ます。両側にササが生えた道をすこし抜けていきます。さらに鍋割山山頂への尾根道とピークを迂回する巻き道の分岐に出ます。尾根道を上がり5分ほどで鍋割山山頂です。このときは木々も落葉して奥の大岳山の姿を目にすることができました。
鍋割山を下り、巻き道との合流地点を越えると、今度は大岳山とロックガーデンとの三叉路に出ます。大岳山へ向かいますが、岩場・鎖場の注意書きが掲示されています。もちろん油断大敵ですが、気をつけてしっかりと手足を使えば大きな問題はないと思われます。道を進むと目指す大岳山の山体が近づいてきます。
断続する岩場を抜ければ大岳山荘です。大岳山荘は宿泊営業はしていませんが、休日などには屋外でドリンクやスナック類の販売を行っているようです。大岳神社は山荘からすこし上がったところにあります。たいへん簡素ですがこちらもオオカミ(?)由来と思われる狛犬があります。
大岳神社からさらに大岳山を目指しての登りとなります。ゴツゴツとした岩が多くなり、やがて岩場の登り坂となります。すこし長めの露岩帯ですが、ここを登り切れば山頂です。大岳山の山頂は富士山もよく見えます。比較的広めで休憩するスペースを見つけることも難しくはないかと思われます。
大岳山から下山します。奥ノ院ルートとの合流地点まで戻り、その先はロックガーデンに向かいます。ゆるやかな傾斜を下っていくと次第に沢が現れます。その先に東屋があります。東屋からしばらく進むと綾広ノ滝に出ます。ここは滝行も行われる場所だそうです。滝から先がいよいよロックガーデンらしくなってきます。苔むした岩石と渓流の景観が美しい。また夏にもとても清涼なスポットです。ロックガーデンのなかを飛び石のように敷かれた岩を踏んで何度か沢を横切ります。沢沿いの道は起伏もあまりなく歩きやすい道ですが、濡れていますので滑らないようにお気をつけください。
沢沿いの道を外れ、ふたたび上がっていきますと、その先に天狗岩があります。鎖がかかっていますのでそれを頼りに岩の上に上がっていくことができます。上には小さな祠があります。天狗岩を登る場合は下りてくる人との交差は困難ためスレ違いにご注意ください。また天狗岩のポイントから七代ノ滝へ向かうルートがあります。滝に行く場合には大きく下ることになり、細い急な階段が断続します。天狗岩から長尾平に向かう道を進みます。長尾平まで戻ればその先は武蔵御嶽神社につながりそしてケーブルカー「御岳山」駅へ帰ることになります。
<行程表>
※標準的タイムによる目安(休憩含まず)
ケーブルカー「御岳山」駅→ 武蔵御嶽神社・御岳山山頂(40分)→ 奥ノ院(40分)→ 鍋割山(30分)→ 大岳山・ロックガーデン分岐(15分)→ 大岳山荘(40分)→ 大岳山(20分)→ 大岳山荘(15分)→ 大岳山・ロックガーデン分岐(30分)→ 綾広ノ滝(20分)→ 天狗岩(50分)→ 長尾平(20分)→ ケーブルカー「御岳山」駅(40分)
コースタイム/ 6時間程度
標高差/ 440m程度 (御岳山駅:820m、御岳山:929m、大岳山:1266m)
<トレッキングコースの補足>
道標が要所に設置されていますので迷うことはあまりないかと思われます。
山の中の森は杉などの針葉樹が多いですが、神社の周辺は落葉広葉樹もあり紅葉も見られます。
御岳山駅から武蔵御嶽神社まではほぼ舗装道路であり一般参拝客も訪れます。その先を大岳山へ向かう場合は登山道になります。
御岳山への犬連れで愛犬家の登山者も多く訪れます。ロックガーデンくらいまでは犬連れでいらっしゃる方も多いです。
大岳山荘のそばのヘリポートは崖上にテラスのように張り出しており展望台のようになっています。
春には御岳山駅の近くにある富士峰園地でカタクリの花を見ることができます。
●水場やトイレなど
登山道上に水場はありません。
トイレはJR青梅線「御嶽」駅、ケーブルカー「滝本」駅・「御岳山」駅、御岳ビジターセンター、武蔵御嶽神社、長尾平、大岳山荘、ロックガーデンにあります。
<難易度・危険箇所など>
大きな難所や危険箇所などはほとんどありません。
岩場・鎖場が登山道上に断続的・部分的にありますが、いずれも高度感などはあまりなく、難易度は高くありません。岩稜登山の経験などは必要ありませんが、三点支持で手足を使って気をつけて登降してください。また上りと下りの交差にご注意ください。
ロックガーデン内の道は濡れた石や苔むした石があり滑りやすいです。
<アクセス>
●往路
JR青梅線「御嶽」駅から路線バス(西東京バス)で「ケーブル下」バス停まで約10分。
「ケーブル下」バス停からすこし上がった先にあるケーブルカー(御岳登山鉄道)「滝本」駅から同「御岳山」駅まで約6分。
※帰路は逆。
●補足
JR中央線「新宿」駅から「奥多摩」駅まで休日運行のホリデー快速おくたま号が運行されています。なお2023年のダイヤ改正により「新宿」駅から「奥多摩」駅まで運行するホリデー快速おくたま号は直通運転ではなく「青梅」駅での乗換になりました。
<売店等>
ケーブルカー「滝本」駅・「御岳山」駅に売店があります。
武蔵御嶽神社手前の参道にお土産屋さんやお茶屋さんが並んでいます。
長尾平で売店営業している場合があります。基本的に休日営業の不定期営業のようです。
大岳山荘の屋外でドリンク・スナック類等の販売をしていることがあります。基本的に休日営業の不定期営業のようです。
<日帰り温泉など>
梅の湯 (河辺駅)
<お食事処>
玉川屋 (御嶽駅) 日本蕎麦
東峯園 (御嶽駅) 中華料理店(おもに麺類)
武蔵御嶽神社の参道のお茶屋さんでは軽食の提供もしています。
<山小屋等の宿泊施設>
武蔵御嶽神社の周囲に宿坊が複数あります。
<名産品>
澤乃井 (日本酒)
こんにゃく
柚子
<付近の山>
日の出山
御前山
高水三山
鳩ノ巣渓谷
御岳渓谷
<そのほかの補足>
ケーブルカー「御岳山」駅と武蔵御嶽神社の間に御岳ビジターセンターがあります。御岳山周辺の自然等の紹介・解説や登山道の情報提供を行っています。
澤乃井のメーカーである小澤酒造は「御嶽」駅となりの「沢井」駅近くにあり、敷地内でレストラン等を運営しています。また酒蔵見学も受け付けています(予約優先)。
JR青梅線「御嶽」駅近くに、日本画家・川合玉堂の美術館「玉堂美術館」があります。
<私的な雑感>
御岳山は高尾山と同じくお手軽に行ける山で豊かな自然に触れることができる魅力的な場所ではないかなと思われます。
個人的に御岳山のことがとくに気になったきっかけは「オオカミの護符」という映画を見たことでした。“オオカミの護符”とは武蔵御嶽神社の信仰である御岳講で配られる護符であり、そこには大口真神の姿が刷られています。武蔵近郊の農家さんや旧家では家や蔵の柱や扉などに貼り付けられていることが、私の子供の頃までのはときどきありました。その頃の私はもちろん護符の由緒なども知らず、大口真神の姿がなんとなく恐ろしくて「妖怪みたいだなー」と横目で眺めていました。
「オオカミの護符」はこの護符の由緒を解き明かして伝える作品です。護符を機縁に関東の農村などでまだ細々とでも続く郷土の文化・民俗・歴史をたどり確かめていく内容となっています。書籍にもなっています。映画を観て私のなかで御岳山がぐっと身近に感じられるようになりました。この映画で描かれている御岳講の信仰がいまも息づいていることを示すように、武蔵御嶽神社の参道には関東各地の地名の御岳講が寄進した真新しい石柱が立っています。もしかしたら皆さんのお住まいの近くの地名があるかもしれません。今度、登山した際にぜひ探してみてください。
ずいぶん前の話となってしまいますが、かつて御岳渓谷沿いのお料理屋さんでは夏場に川床をいとなんでいらっしゃるところがありましたが、いまは無くなってしまったことがたいへん残念です。最近、御岳渓谷で新しくオープンしているお店も少しずつあるようですので、川床がいつか復活してくれるといいなーと思ったりします。
御岳山も高尾山と変わらず、東京都は思えぬほど豊かな自然に恵まれています。花の百名山として取上げられているとおり、様々な花を見ることができます。動物もムササビが生息しており、運が良ければ昼間でもちらっと姿を拝めることができるかもしれません。また冬には“氷の花”という珍しい自然現象に出会えることもあります。また御岳山(武蔵御嶽神社)は御岳講の護符に象徴されるようにオオカミ信仰から現在では犬が神様の神社として東京周辺の愛犬家からもよく知られる存在となっています。神社までの道は舗装されておりますので一般参拝でも安心して歩くことができます。
御岳山の登山道はよく整備されており、一方で岩場・鎖場もあるなど歩き応えもある山です。登山を始めた方が高尾山の次に登る山としてはとても楽しめる山なのではないかなーと思われます。
月岡芳年,熊谷 庄七『「大日本名将鑑」「日本武尊」』(東京都立図書館所蔵)
「東京都立図書館デジタルアーカイブ(TOKYOアーカイブ)」収録
(https://jpsearch.go.jp/item/tokyo-R100000086_I000007889_00) [部分]
<英雄ヤマトタケルの遠征譚と悲劇>
武蔵御嶽神社のWebサイトによりますと、ヤマトタケルは東征の際にオオカミに助けられた後、オオカミにこの地の守護神となるように命じ、それがこの地域のオオカミ信仰の起源のようです。またヤマトタケルはこの地に武具を収め、それが「武蔵」の地名の由来ともなったとされています。
歴史上の英雄とりわけ神話や伝説の世界ともなるとありがちですが、“悲劇的”であることが多いように思われます。ヤマトタケルにおいてもそのような印象があります。父の景行天皇の命により東奔西走させられてやがて旅の途上で帰郷を果たせず無念に人生を終えます。その事績からギリシア神話のヘラクレスになぞらえることもあるようです。個人的にはその流浪譚などはオイディプスにも通じる部分があるなーと感じます。
日本書紀では景行天皇に従い大和王権の権力拡大に勤しむ忠節な皇子という姿で描かれることが多いように思われます。一方、古事記では「父は私に死ねというのか」などと嘆くように内面の苦悩も描かれています。個人的には古事記のヤマトタケルの方が人間臭くて心の陰影が素直に表現されているので、どちらかというと真実味があるなーと思われます。
実在のヤマトタケルが本当に記紀に書かれた征服戦の数々を行ったかは別として、この時代の頃に大和王権の勢力が日本の統一的王権として拡大・確立していたときと符合するのでしょう。のちにヤマトタケルの曾孫となる仁徳天皇の陵墓とされる大仙陵古運が造営されます。これは日本最大の古墳であり世界最大級の墳墓です。このような陵墓を造営することができたのはやはり国力と国内での勢力確立が達成されたためであったのではないでしょうか。
ヤマトタケルとしては苦しく悩ましい日本各地への転戦だったでしょう。しかしそのおかげで(?)日本各地にヤマトタケルゆかりの伝説・伝承など残り、日本を代表する英雄となり得たのかもしれません。
<備考>
西武鉄道のWebサイトにおいて御岳山・大岳山のコースマップ(西武鉄道で行くハイキングコース24選)が提供されています。
書籍「オオカミの護符」 著者:小倉美恵子 出版社:新潮社(新潮文庫)
(2023/09/22 上町嵩広)