“五輪前哨戦”でイングランドにまたしても勝てず。W杯王者アメリカ戦でなでしこジャパンが問われるもの
【2連敗】
アメリカで開催中のシービリーブスカップに参戦中のなでしこジャパン(FIFAランキング10位)は8日、イングランド(同6位)と対戦し、0-1で敗れた。5日の初戦でスペインに1-3で敗れており、大会2連敗となった。
「ライオネス」(「雌ライオン」の意味)の愛称を持つイングランド女子代表は、2018年1月から元イングランド(男子)代表のフィリップ・ネヴィル監督が率いており、昨夏の女子W杯フランス大会ではベスト4。主力は国内プロリーグや欧州のビッグクラブでプレーしており、世界屈指の身体能力と組織力を併せ持つ。日本はこの1年で2度対戦し、昨年3月のシービリーブスカップは0-3、W杯グループステージでは0-2でいずれも敗れている。W杯に出場した23名中16名が今大会に参加している。東京五輪にも出場するため、なでしこにとっては、過去2戦のリベンジマッチで、東京五輪の「前哨戦」と位置付けられる一戦だった。
スペイン戦の翌日、チームはオーランドから第2戦の地、ニューアークに1700km移動。コンディション調整が難航する中、MF長谷川唯、MF池尻麻由がケガのために別メニュー調整(長谷川は10日に離脱が発表された)となるアクシデントも。国内リーグの開幕前ということもあり、高倉麻子監督は「調子が上がってきている選手をベースにしました」と、スペイン戦から先発6名を入れ替えて臨んだ。
GKは池田咲紀子。4バックは右からDF清水梨紗、DF土光真代、DF三宅史織、DF宮川麻都。MF杉田妃和とMF三浦成美がダブルボランチを組み、左にMF中島依美、右にMF籾木結花。FW岩渕真奈とFW田中美南が2トップを組む4-4-2のフォーメーションでスタートした。
立ち上がりの8分で失点し、ずるずると相手のペースに引きずり込まれたスペイン戦の教訓から「前半は失点ゼロ」を目指して臨んだこの試合、日本は理想的な入りを見せる。2トップの岩渕と田中が前線から的確にパスコースを限定し、中盤も連動して高い位置でボールを奪う。
最終ラインはセンターバックの土光と三宅を中心にラインを高く保ち、日本の背後のスペースを狙うイングランドをオフサイドの網にかけた。そのアグレッシブな入りは、早い時間帯のゴールを期待させた。
開始1分、土光のフィードから中島のシュートが生まれ、7分には、相手のクリアボールにいち早く反応した田中が右足を振る。10分には杉田のシュートが際どいコースをついたが、これは惜しくも相手GKにはじき出された。
一方、13分と15分にはパスミスをきっかけにカウンターから立て続けにピンチを招く。ここはGK池田のファインセーブで事なきを得たが、この流れが引き金になったのか、次第に攻撃の迫力がトーンダウン。34分と38分に田中が裏への抜け出しからチャンスを作るが、ゴールネットを揺らすまでには至らない。
すると、前半終了間際には清水が負傷交代を余儀なくされ、代わってDF遠藤純が投入される。右サイドで籾木とのホットラインから効果的な攻撃参加を見せていた清水を失ったことは痛手となった。
そして後半、鋭い牙を隠していた“ライオネス”が本領を発揮し始める。今大会は6名までの交代が認められており、ネヴィル監督は60分、W杯の主力であったFWトニ・ダガン、DFリア・ウィリアムソン、FWニキータ・パリスを投入。69分にはW杯得点王のFWエレン・ホワイト、MFルーシー・スタニフォースを立て続けに投入し、勝負をかけてきた。
日本は初戦にフル出場してゴールを決めた岩渕に代わって、FW上野真実を投入するが、迫力を増したイングランドの攻撃に押し込まれる時間が続く。83分、最終ラインの連係ミスからダガンにボールを奪われ、最後はホワイトに沈められてしまう。
日本は最後まで相手の牙城を崩すことができず、試合終了の笛が鳴った。
【残り4カ月で…】
過去2試合のイングランド戦と比べると、課題としてきた4-3-3のフォーメーションに対する守備は機能していた。ただし、イングランドは、11人が的確なポジション取りで日本の守備を無力化したスペインとは攻守においてスタイルが違うため、2試合の出来を比較することは難しい。
加えて、イングランドは初戦のアメリカ戦からターンオーバーをしており、先発メンバーは若手やサブメンバーが中心だった。イングランドが主力を投入して本領を発揮したのは60分以降で、その時間帯に押し込まれた日本は、最後まで攻撃の糸口を見い出せなかった。
2試合とも、失点はビルドアップ時のミスから生まれている。だが、ミスは他にもあり、この試合では結果的に池田のファインセーブに3回ほど救われている。今大会で日本がミスを多発させていることもそうだが、試合中に流れが停滞したり、相手が交代で変化を加えてきたときに、アジアの大会では発揮できていた対応力や、逆境に立ち向かう精神的なパワーが発揮できなくなってしまったのはなぜか。
リーグがシーズン前というコンディションの問題や、大会への準備不足もあるだろう。普段から同じ大陸間で強度の高い試合をこなしている欧州の選手たちと、なでしこリーグの強度やスピード感はまったく違う。その差を埋めるために強豪国とのマッチメイクや男子高校生との合同練習を組んできたが、その感覚を継続させるのは、やはり難しい。特に欧米各国の、立ち上がりから迫ってくる勢いに対しては、組織としての特別な対策がほしいところだ。
日本は戦術的にも他国から攻略されている。アメリカもイングランドもスペインも、タイプこそ違えど世界一を狙う実力のある国だ。自分たちのスタイルとは別に、様々な状況で駆け引きを優位に導く戦術的なオプションを持っている。日本は個々の状況判断と対応力、選手間のコンビネーションをベースにしているため、そうした国々に対してはチームとしての意思共有のスイッチを入れるタイミングがワンテンポ遅れている印象だ。
E-1選手権の優勝や、国際親善試合でFIFAランク8位の強豪カナダに快勝するなど、無失点での勝利を重ねて攻守を一段階レベルアップさせたように見えた。18年から2度アジア王者になり、昨年は東アジアで優勝したように、アジアではコンスタントに勝てるようになった。だがランキング上位の国々はそれをしのぐスピードで進化していることがこの2試合でわかった。
敗れた試合後の高倉監督のコメントには共通点がある。
「自分たちでゲーム中に流れを変えていく選手が出てこなかったなと思います」
「チームの中から湧き上がってくる強さがありませんでした」
高倉監督はチーム発足時から、攻守において特定の「型」を作らず、状況に応じた選手個々の判断力を大切にしてきた。その上で、何が正しいのかという判断を「与えるのではなく、(選手から)引き出す」という方針を掲げてきた。その前提を理解すれば、試合後の言葉も、選手たちへの叱咤激励と受け取ることができる。
だが、負けた試合では突き放しているようなニュアンスに聞こえてしまうリスクがある。そのため、「監督は選手任せで何もしていないのか?」と批判されることもあった。
その点について掘り下げると、高倉監督は「チームとしてやるべきこと、大切なことは練習やミーティングで伝えています」と話し、試合の中で求めるプレーの正しい判断についても「いろいろな形で促しています」と、具体例を挙げて語ってきた。
一方、「選手たちがやりやすいのだったら具体的な指示を与えてしまったほうがいいかなと、W杯後は特に考えました。その点は、私自身もずっと模索中です」と語っている。
このイングランド戦後は、その思いが増したように感じた。
「前線でボールを持った時に、自分のアイデアを自分主導で出せる選手が少なかったです。個々の選手の良さを出すために、好きなやり方ではないですが、(特定の攻撃の)『型』を作った方がいいのか、やはり(今まで通り)個人の判断にアプローチをかけていくのかは、私自身、考えなければいけないなと思っています」
選抜された選手でつくる代表チームに一貫性を持たせることとのバランスの難しさを知りながら、あえて「自主性」を引き出すことにこだわってきたのだと思う。だが、今大会で個々の力を組織として生かし切れていない現状は、高倉監督が求めるその「自主性」を、選手たちがのびのびと表現し切れていないように見える。それを表現できる選手がいても、11人揃わなければ、やはりイングランドやアメリカのような強豪国には対抗できないだろう。
現在の高倉ジャパンには優しくて調和を重んじる選手が多く、それは時として「察する」「譲る」といった面が問題の解決を妨げることもあるだろう。高い技術やポテンシャルがあり、内面には勝利への強い思いを全員が秘めている。だが、今大会ではその思いが試合から伝わらず、個々の特徴を足し算にできていない。
茶道や武道の世界には「守破離」という言葉がある。今のチームにとって、強豪相手には特に、迷った時に立ち返ることができる「型」があった方が良いのかもしれない。
その場合、「監督が再現性のある攻撃を徹底的に仕込んだ上で、状況によって選手が判断する」方法が一つ。もしくは、これまで通り監督が状況判断の基準を練習で落とし込んだ上で、攻守における「型」を選手たち自身に委ねる方法もある。方法は違えど、「選手たちが自由な発想でプレーを生み出す」という目的に変わりはない。
その上で、そうした「型」や共通認識を、監督、スタッフ、選手が遠慮や忖度することなく、疑問や不安を率直にぶつけ合ったうえで、どう立て直して強豪相手に勝つチャンスをつくるか、思いを共有することが必要ではないか。そして、そのためにはチームの風通しが良いことが大前提だろう。
今大会は五輪の18名へのサバイバルレースの側面もある。当落線上の選手は特に難しい立場だと思う。だが、個人の判断を尊重しようとする指揮官は、「従順な選手」を望んではいないはずだ。そして、選手が声を発しやすい環境を作るのも監督次第だ。
自国開催の五輪の結果がこれからの女子サッカーに与える影響は大きい。来年、新設が予定されているプロリーグの成否にも影響するだろう。今の危機を突破するためには、意見の食い違いや衝突はチームが前に進むための過程として歓迎すべきではないかと思う。
開催国枠のなでしこジャパンは予選を免除されているが、欧州は昨夏のW杯が予選を兼ね、上位3カ国に五輪出場権が与えられた。ベスト8のうち欧州勢が7カ国を占めるという激戦を、イングランドは突破した。ベスト16で敗れたスペインは五輪には出場できない。だが、今大会では初戦で日本に快勝し、第2戦ではアメリカに終盤の失点で0-1で敗れたものの、内容面では女王をギリギリまで追い詰めた。23年のW杯は間違いなく優勝候補になる。
アメリカは昨夏のW杯でスペイン、フランス、イングランドという優勝候補を破って大会連覇を果たし、勝者のメンタリティーを確固たるものにした。そして、北中米カリブ海の五輪予選を難なくクリアしてきた。
【最後の相手は2連勝の世界王者】
日本は第3戦でアメリカと対戦する。初戦でイングランドに2-0、第2戦でスペインに1-0で勝利したアメリカは、日本に勝てば文句なしの優勝。メンバー23人中20人が昨夏のW杯優勝メンバーで、百戦錬磨のベテランが揃い、結束力と圧倒的な個の力がある。そこに、若い日本はどう立ち向かうのか。
スペイン戦のスタジアムには26,500人もの観客が詰めかけた。今回、スタジアムは完全アウェーの雰囲気になるだろう。それでも、大会の大トリとなるこの試合でなす術もなくうろたえる姿を晒すわけにはいかない。アメリカは大量得点を狙ってくるだろうが、それだけはなんとしても阻止しなければいけないし、それができる可能性を持った選手たちだと思う。たとえ敗れて3連敗になったとしても、日本で平日の朝にテレビの前で応援してくれる自国のファンをガッカリさせるような試合はしてほしくない。
今このチームには、苦しいときにチームを導くことができるリーダーが必要だ。
イングランド戦の前に、田中がこう話していた。
「周りに声をかけながら、プレーで見せたいです。負けからの切り替えは早い方だし、自分から(周囲に)『やろう!』と働きかけるのは得意です。スペイン戦は、後ろの選手の方が精神的にも苦しい場面が多かったと思います。自分は途中からでしたが、前向きな雰囲気を出していこうと思って入りました。東京五輪に向けて内容を突き詰めなければ意味がないし、そのための声かけは常にやり続けていきたいです。今回の代表活動を通して、自分はそういうモチベーションでやっています」
田中は国内では4年連続得点王だが、代表では思うように結果が残せないもどかしさの中で、昨夏のW杯メンバーからは外れた。その挫折を乗り越え、自分の課題と向き合ってきた。そして今季、日テレ・東京ヴェルディベレーザからライバルチームのINAC神戸レオネッサに移籍するという大きな決断をした。代表に復帰してからも、そこで満足することなく、自分が日本を勝たせたいという強い覚悟を口にしている。
イングランド戦では持ち前の裏への動きだしからいくつかのチャンスを作ったが点を決めることができず、試合直後の取材エリアでは憮然とした表情をしながらも、言葉は冷静だった。
「結果的にはああいう形(ミス)で失点になってしまったけど、最終ラインからのビルドアップを続けていくことを考えればあり得る失点だと思います。問題は、その他のところがどうだったか。前半の段階で点が取れなかったのは自分の責任ですし、課題です。相手ゴール前で崩していくために、もっと全体をワイドに広げた中でくさびを入れて、そこから3人目の動き出しを使ったり、足下にボールが入るシーンを作っていけたら、より攻撃にも厚みが出るし、チャンスを作れると思います」
そのポジティブなメンタリティと貪欲なエネルギーがチームに与える影響に期待している。
そして、アメリカ戦ではチームとして東京五輪につながる力強い戦いを見せてほしい。
日本は戦いの場所をニューアークから南西に2400kmのテキサス州フリスコに移して戦う。試合は日本時間の3月12日午前9時08分(現地時間11日午後7時08分)キックオフ。NHK BS1で午前9時から生放送される。