ハリル解任に備えあれば憂いなし。 日本代表の新監督候補はこんなにいる
W杯予選の最中に日本代表監督が交代したのは19年前に遡る。98年フランスW杯アジア最終予選。加茂周から岡田武史への交代だ。実行されたのは全8試合中、4試合を消化した折り返しのタイミングだった。
その時、日本の順位はグループ3位(勝ち点5)。プレーオフ(別グループの2位チームと戦う)進出圏内の2位はUAE(同7)で、勝ち点2のリードを許していた。監督交代後、日本は残る4試合で勝ち点8を積み上げて2位に滑り込み、ジョホールバル(マレーシア)で行なわれたイランとのプレーオフに進出。そこで逆転勝利を飾り、W杯初出場を決めた。
ハリルジャパンを取り巻く状況とよく似ている。全10試合中、4試合を消化して3位。15日のサウジアラビア戦が折り返し地点だ。その結果、2位以内に収まることができるか。19年前に従えば、もしそれができなければ、交代のタイミングが訪れることになる。次の試合は2017年3月。”それなり”の実力者を探す時間は十分ある。
加茂さんから岡田さんへの交代は、コーチが監督に就任する内部昇格の人事だった。今回に落とし込めば、ハリルホジッチから手倉森誠コーチへのバトンタッチになる。だが、19年前は時間がなかった。時間がたっぷりある今回、それは後ろ向きの選択だろう。起爆剤としては弱々しい。ここでは目を世界に向けるべきなのだ。
というわけで、備えあれば憂いなしとばかり、ここでは万が一に備え仮の話をしてみたい。サッカー協会に前向きな思考を促す意味でも、だ。それなりの監督で、いま空いた状態にあるのは誰か。
考えられる範囲で一番の大物は、フース・ヒディンク(オランダ、現チェルシー・アドバイザー)だ。その過去の栄光について、いまさら述べることは控えるが、苦境に立ったチームを蘇らせた実績だけを見ても、他者の追随を許さない。かつてこちらのインタビューに「W杯は、サッカーに関わる者として、チャンスがあればぜひ参加したい大会だ」と語ったこともある。
だが彼は、ジョゼ・モウリーニョの解任を受け、チェルシーの暫定監督に就任した昨季を最後に、監督業を引退したと見られている。過去にもそう言いながら、何度も復帰を果たした事実もあるが、まもなく70歳という年齢に若干引っかかりを覚えることは確かだ。
もう一つの心配は韓国との関係だ。ヒディンクは2002年日韓共催W杯で韓国をベスト4入りさせた同国の英雄。そのライバル国である日本とプレーオフで対戦することになれば(韓国は現在A組3位)、英雄は一転、悪役に回る。そのリスクにヒディンクが立ち向かうエネルギーがなければ、可能性は激減する。
コンセプトは従来通り、攻撃的サッカーであるべきだ。そもそも世界的にそれ以外(守備的サッカー)が占めるシェアは1~2割。つまり、攻撃的サッカーはもはや当然すぎて死語に近い。世の中はそのディテール勝負の時代だ。その中でもよりよいもの、つまりハリルホジッチのサッカーを一歩も二歩も昇華させてくれる監督を探し求める必要がある。
ヒディンクよりハードルの低い大物に目を凝らせば、バルセロナの元監督、フランク・ライカールトのもとで助監督の立場ながら、事実上の監督として作戦を練ったヘンク・テンカーテ(オランダ)が浮上する。
昨季、アルジャジーラ(UAE)の監督を退任し、現在はフリー。今日のバルサの礎を築いた戦術家に打診しない手はない。そのバルサ時代に話を聞けば、「実情は、日本に住む知人経由で常にチェックしている」と、日本に強い関心を示していた。「ディフェンス(プレス)組織の立て直しなら、2~3カ月あれば十分」と、当時の日本の問題点を指摘し、解決可能だと言い切っていた。その頼もしさにかけて見る価値は十分ある。
ヒディンクと同年代(69歳)ながら、昨季まで、セリエAのクラブを中心に監督を務めてきたズデネク・ゼーマン(チェコ、イタリア)もコンセプトに合致する監督だ。守備的サッカーに支配されがちなイタリアにあって約35年間、攻撃的サッカーを唱え続けてきた反骨の士。その筋金入りの意気地に信頼感を抱かせる。
ともすると気むずかしそうな反面、カリスマ性は満点。先述の2人と同様、説得力のある理論や言葉も持ち合わせている。ハリルとの最大の違いだが、現在の路頭に迷ったような攻撃的サッカーを、正しい方向に導く人材として適任だと思う。日本への関心がどれほどあるか。問題があるとすればそこだ。
気むずかしそうでカリスマ性に溢れる大物監督と言えば、新監督探しのたびに理想の人物として名前が挙がるマルセロ・ビエルサ(アルゼンチン)だ。今季初め、ラツィオの監督に就任したと思ったら、わずか2日で退任。その後、どこかの監督に就いた形跡はない。タイミング的には絶好の機会。いまの日本に最も必要なのは理屈だ。優勝に縁遠い監督と言われるが、正しい理論こそが、新たなエネルギーを生む源だと確信する。待望久しい人物を放っておく手はない。
若くて優秀。いまが旬の人材を求めるならば、今季初め、ビジャレアルの監督を解任されたガルシア・トラル(スペイン)がまず頭をよぎる。なにより昨季、プレッシングを最大の武器に、チームを国内リーグ4位に押し上げた手腕が光る。アトレティコ・マドリードのシメオネサッカーを連想させる、相手ボール時に強さを発揮するサッカーこそ、日本につける薬としてうってつけだ。
昨季、オリンピアコスの監督としてチャンピオンズリーグ(CL)に出場。グループリーグでバイエルン、アーセナルを向こうに回し、いいサッカーを印象づけた39歳の若手監督、マルコ・シルバ(ポルトガル)も狙い目だ。グループリーグ3位で敗退するも、アーセナルとは同ポイント。アウェー戦で2-3の勝利も飾った。その前のシーズンのCLにはスポルティングの監督として出場。惜しくもグループリーグ3位になった実績がある。
ポルトガル人の監督は、欧州でいま一番、勢いがある。今季の欧州カップ戦(CL、ヨーロッパリーグ)に出場しているその数は計9人。欧州一、いや世界一の人数だ。そのうち国外クラブの監督は5人。この数も世界一だ。ポルトガルはオランダとともに世界に冠たる海洋国家。1543年に種子島に鉄砲を伝来したその血は、いま同国のサッカー監督にも受け継がれている。日本は遠い国だからと、二の足を踏む気質はない。監督を探すならば、真っ先に訪ねるべき国になる。
イビチャ・オシム、ハリルホジッチは、いずれもボスニア・ヘルツェゴビナ出身で、その後フランスに渡ったという点で一致する。その流れで想起するのは、サフェト・スシッチだ。ハリルと同時期にユーゴ代表のエースとして活躍。2014年ブラジルW杯ではボスニア・ヘルツェゴビナの監督として、アルゼンチンと2-1の接戦を演じている。ハリルホジッチの前に、まず声を掛けるべきはこちらだったのではないかと、つい言いたくなる、いいサッカーで、だ。ハリルホジッチも彼が自身の後任なら、納得をするのではないか。
そしてこちらの大本命を挙げてみたい。フアン・マヌエル・リージョ(上段のタイトル写真・スペイン)。現在、清武弘嗣が所属するセビージャで、ホルヘ・サンパオリの下で助監督の任に就いている、スペインではつとに有名な戦術家だ。
15歳で監督になり、21歳で3部リーグの監督に。そして29歳の時、自らの力で1部に押し上げたサラマンカの監督として、スペイン1部リーグの最年少監督記録を更新するという画期的な過去を持つ。グアルディオラが師と仰ぐ人物しても有名だ。
「バルサのサッカーは私の息子のようなもの」とは、リージョの言葉。「ゲームの中心は選手ではない。ボールだ。選手にはそのボールといかに共鳴するかが問われている」とは、こちらが実際に聞いた名言だ。「スペインで教えることはあまりない。だから国外で監督をしたい。日本? いいね。すごく興味がある」という話まで聞きだしている。現在、監督ではなく助監督という、多少、責任の低い立場にあるので、可能性は十分あると思う。
昨季をもってパリSGを退任した、ローラン・ブラン(フランス)、今季初め、インテルを解任されたロベルト・マンチーニ(イタリア)、ユーロ2016大会後にベルギー代表監督を退任したマルク・ヴィルモッツ(ベルギー)など、その他にも空いている人物は多々存在する。
監督解任論を唱えると、必ずや「ならば対案を出せ」と言って待ったを掛けようとする声が起きる。そうした目に幾度となく遭った僕は、先日、『監督図鑑』(廣済堂出版)という新刊を出版し、対案を提示したつもりだが、制作しながら、候補者の多さに自分でもあらためて驚かされた。
対案は枚挙にいとまがない。問われているのは協会の決断と勇気。そして探す力だ。繰り返すが、変えるならサウジ戦後が絶好の機会。その結果と協会の出方には、とくと目を凝らしたいものだ。
(集英社 Web Sportiva 11月15日 掲載原稿)