Yahoo!ニュース

「あのPR会社社長の自宅『直撃』取材」で問題にすべきことは何か

奥村信幸武蔵大教授/ジャーナリスト
フジテレビ本社(東京・港区)(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

某テレビ局が、兵庫県知事選で斎藤知事を支援していたPR会社社長の自宅を取材し、インターフォンを押した映像を放送したことが問題視されています。

私も映像を見て確認しましたが、確かに役に立つ情報をもたらしたものとは思えません。

しかし、同じ局とはいえ、米MLBの、LAドジャース・大谷選手の自宅前からレポーターが話したこととは、自宅前ということだけが共通点で問題の性格が違います。

さらに政治家が、この取材をとりあげて(大谷選手自宅前取材の件をセットにして)その局の放送免許取り消しなどを言うのも危険だと思われます。

(※議論を進める前にお断りをしますが、筆者は16年間キー局で主にニュースに関わる仕事をしてきました。業界についての一定の知識や経験はありますが、特定の企業や系列に関する利害とは無縁です。)

怒る前に少し考えてみよう

別に、このテレビ局を擁護しているわけではありません。「報道ぶりがひどい」と言っても、その理由や根拠は切り分けて考える必要があると思います。おそらく以下のような区別ができると思われます。

① 社会にとって有害なもの、あるいは特定の人の名誉を傷つけたり、迷惑をかけたりするもの

② 法律や社会的な規範に反するもの

③ 報道としてのレベルは低いが(報道の能力があるかどうか疑うレベルであっても)違法でないもの

④ 特定の人に迷惑はかかるが、それによって得られる情報が社会のみんなにとって重要なので、取材しなければならないもの

かの「選挙コンサルタント」や大谷選手と何の関係もない私たちが、放送免許云々を持ち出して怒るとしたら、①と②の場合だけです。いつか、私たちも被害者になってしまう恐れがあるからです。

「大谷選手の自宅報道」の何がいけなかったのか

大谷選手が購入した自宅を探し当て、「ここです!」とテレビで伝えてしまうのは、大谷選手が本来公開しなくていい野球選手としてのプレーや仕事とは別の部分、プライバシーを暴くことです。見物する人がたくさん来てしまったりして、さらに迷惑がかかるかも知れません。

さらに、自宅の場所を特定することで、窃盗や強盗などのターゲットになりやすくなり、犯罪を誘発し家族らを危険にさらすという恐れもあります。

大谷選手が転居を決めたという情報もあり、そうすると余計な出費や、新たな家探しの手間や時間を浪費させてしまった迷惑も多大なものがあります。

「セレブがどんな豪華な家に住んでいるのかを見物したい」と興味を覚える人も多いかもしれません。仮にそのような関心に、そのテレビ局が応えようとしたのであっても、自宅を暴くようなやり方ではなく、「お宅訪問」のスペシャル番組の企画を提案するなど、別の真っ当なアプローチもできたはずです。

大谷選手個人にこれだけの迷惑をかけただけでなく、そのようなダメージが重なり、野球選手としてのパフォーマンスに影響を及ぼす可能性もあったのです。一部報道では、ドジャースの取材パスが凍結されたとの情報もありました。

何らかの制裁があっても、仕方のないことをしたのではないかと思われますし、少なくとも厳重注意や警告などを受けていると考えるのが自然ではないかと思われます。

「コンサルタント自宅の取材」との違い

兵庫県知事選で斎藤知事の「広報担当」を務めたと言っているPR会社社長の自宅取材とは何が違うのかというと、彼女の証言に大きな価値があるからです。「大谷選手がどんな豪華でおしゃれな家に住んでいるのか」という、娯楽的興味とは比べものにならないほど重要なものです。

私たちの社会の基盤である民主主義が実践される「選挙」という機会に、不正が行われたのかどうか、その結果、公正な民主主義のプロセスが歪められたのではないかという疑いに応えるという、社会の根本に関わる問題です。

この原稿を書いている2024年12月1日現在、女性社長がnoteに書いた内容と、斎藤県知事側の言い分は大きく食い違っています。本人から証言を得ることは検証する上で重要なプロセスです。

これは兵庫県民だけの問題ではありません。同じようなことが、地元で行われてしまう可能性もあるのです。日本中の人たちにとっても、無関心ではいられません。

利害や関心を持つ人の集団がかなり大きく、またそれが単なる興味を満たすのではなく、社会での居場所、自分たちの意志が実現される仕組みが機能しているかどうかという、生活や尊厳(県政では医療や福祉もカバーするので、時に生死にも関わる)重大な問題なのです。

そのような意味で「公共性が高い」とも言えるのです。

報道機関としては当然の行動ではある

そのような人物を、報道機関が探し回り、他社よりも早くインタビューをしようと競争するのは当然のことです。

彼女の会社の公式な窓口だけでなく、友人関係、親族、なじみの飲食店や宿泊施設などを当たっているはずです。その過程で、いくつかの報道機関が自宅の住所を入手することも充分あり得ると思っています。

身辺を探偵のように追いかけることは、一見、大谷選手の自宅を割る作業と同じに見えます。プライバシーの領域に踏み込むのは確かです。しかし、報道機関は時に、そのような作業に踏み切る決断をしなければならない時があります。

それは上記で説明したように、彼女の証言に「重い公共性」があるからです。そのインタビューに多くの人の社会的な利害がかかっているからです。

証言を得るという公共性を追求する価値と、女性社長のプライバシー侵害という迷惑をかけることを天秤にかけ、証言を得ることの価値が充分に大きい場合にだけ、そのような取材手法を正当化することができるのです。

しかし、そのような行動が支持されるためには、その報道機関が、みんなの代表として女性社長にインタビューする資格も能力もあるという信頼を得ているという条件も重要です。

報道のしかたが問題だ

しかし、そのような価値判断はあくまで、「インタビューが録れたら」という仮定でのものです。

そのテレビ局は、単に彼女の自宅のインターフォンを鳴らし、在宅していないことを確かめる過程を流しただけでした。インターホンのボタンとスピーカーがあるパネルのみを画面に映し、あとはすべてモザイクをかけた映像です。

そのニュースで伝えられたことは、「自宅がどこだか割り出した!」というアピールでしかなく、それだけで報道する価値があるものとは思えません。

また、「雲隠れともとられかねない状況」というコメントも付けられています。彼女が沈黙を守り、メディアを避けている理由が明確でない中で、「取材から(何かやましいことがあって)逃げている」という印象操作が起きてしまう可能性もあります。

私たちは、単に非常にレベルの低いニュースを見せられたということだと思います。

制作現場の劣化も

失敗した取材を、あたかも意味があるように放送するようなことが起きる一因として、この局に限らず、制作者が、みずから発信するニュースについて、それぞれの価値を深く考える余裕がなくなっていることが考えられます。

「24/7(24時間、週に7日)」という休みなしのサイクルの中で、締め切りに追われ、物珍しさを優先し、情報を吟味せずに出してしまうような風潮があるのではないかと心配しています。

みなさんも、特に民放のテレビニュースのレポートで、画面全体にモザイクがかかり、その中でマイクを持ったレポーターだけが話しているような映像を見かけたことがあると思います。この10年くらいの間に、非常に増えたように思えます。

そのような全面モザイクの記者リポートは、ニュースとしては、全く意味がありません。何か事件が起きたことはわかりますが、現場や、不祥事を起こした企業がどこなのかなどの肝心な情報は伝えられません。

私たちが認識できるのは、「公開できないようなすごい情報を知っている」というアピールだけなのです。

しかし、それでも「尺(放送時間)」は稼ぐことができます。兵庫県知事選のその後の影響は、連日報道される非常に関心が高いネタです。しかし、連日、相応の放送枠を埋めるほど、新しい映像素材が集められないというミスマッチが起きることは少なくありません。

特に、渦中の女性社長に関する新しい情報は、ここ数日何もありません。目を引く素材がなにもない中で、数分から十数分の映像を作らなければならないという困難があります。

そのような時に、この自宅突撃を失敗しただけの映像でも、「他局にはない素材だ」と、当日のニュースを魅力的なものにするために使いたくなる「誘惑」があることは否定できません。

しかし、それに打ち勝たないと、報道機関としての信頼も得られないのではないかと思われます。

何より、戦略的に彼女のインタビューを録ろうとするならば、少なくとも自宅への突撃取材に失敗した映像を放送しない方が得策のように思えます。かえって警戒されてしまうからです。

最強の抗議は「見るのをやめる」こと

そのテレビ局が女性社長の自宅を取材するのは「報道機関の責務」と言えますが、「インタビューできなかった」ことをモザイク付きで伝えても「ニュースとしては意味のないこと」というのが妥当な見方ではないでしょうか。

その局の報道に期待を抱いていた人が、「がっかりした」、「もっとしっかりしてくれ」とソーシャルメディアなどで抗議するのは表現の自由です。

しかし、怒りにまかせて「放送免許を剥奪しろ」などと言い及ぶのはスジが違います。特に政治家が声高に主張するのは危ういことだと思われます。

放送法の第4条は以下のように書かれています。

(国内放送等の放送番組の編集等)

放送事業者は、国内放送及び内外放送(以下「国内放送等」という。)の放送番組の編集に当たつては、次の各号の定めるところによらなければならない。

一 公安及び善良な風俗を害しないこと。

二 政治的に公平であること。

三 報道は事実をまげないですること。

四 意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること。

あいまいに、解釈の余地がある言い回しで、場合に応じて多様に変化する放送・映像の表現における自由を、最大限に尊重しているというのが一般的な理解と言っていいでしょう。

今回の留守宅の直撃取材などより、2022年に起きたお笑い芸人が自宅で亡くなり、自殺が疑われた際に、自宅前から中継レポートをした局が、厚生労働省から「自殺報道ガイドラインに反する」として警告を受けた事例などの方が、よほど重大ではなかったかと思われます。

その時でも放送免許の停止などの事態に至らなかったのは、表現の自由に対する最大限の尊重が根底にあったからだと思われます。

「気に入らない取材や報道」への怒りは理解しますが、法律を振りかざすことには、抑制的である必要がありますし、政治家がそのような主張をしている時は注意すべきだと思います。

それでは、私たちにできる、最強の抗議はなんでしょうか? そのような質の悪いニュースを見るのをやめてあげることです。視聴率を稼げなくなった番組やテレビ局に、市場から退場してもらえばいいのですから。

あるいは、番組やテレビ局が市場から退場させられる前に、態度を改めてくれるかもしれませんし。

武蔵大教授/ジャーナリスト

1964年生まれ。上智大院修了。テレビ朝日で「ニュースステーション」ディレクターなどを務める。2002〜3年フルブライト・ジャーナリストプログラムでジョンズホプキンス大研究員としてイラク戦争報道等を研究。05年より立命館大へ。08年ジョージワシントン大研究員、オバマ大統領を生んだ選挙報道取材。13年より現職。2019〜20年にフルブライトでジョージワシントン大研究員。専門はジャーナリズム。ゼミではビデオジャーナリズムを指導し「ニュースの卵」 newstamago.comも運営。民放連研究員、ファクトチェック・イニシアチブ(FIJ)理事としてデジタル映像表現やニュースの信頼向上に取り組んでいる。

奥村信幸の最近の記事