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「NASH(非アルコール性脂肪肝炎)」って何? 国民病の一つになっている危険性が

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:アフロ)

 NASH、あるいはNAFLDという病態がある。肥満などが原因で生じる肝疾患(脂肪肝炎、脂肪肝)のことだ。生活習慣病の一つだが、薬剤による治療法はまだ確立されていない。

NASH概念の提唱と認知

 脂肪肝は、肝臓に中性脂肪が過剰にたまった状態のことをいうが、肝炎から肝硬変、肝がんに進行しやすい。過度な飲食(多量飲酒)によって脂肪肝になると思われがちだが、これはアルコール性肝障害による脂肪肝だ。

 飲酒しない、あるいはほとんどアルコールを摂取しない(エタノール換算、男性1日30グラム未満、女性1日20グラム未満)のに、過食や運動不足などが原因で脂肪肝になり、それが肝炎、肝硬変へと進行する病気がある。

 1980年に米国の医師らが提唱したNASH(非アルコール性脂肪肝炎、※1)やその前段階であるNAFLD(非アルコール性脂肪性肝疾患)だ。また、NAFLDから肝硬変や肝がんへの高リスクが懸念されるNASHへ進行すると危険な状態になる。

 NASHが日本で取り沙汰されるようになったのは2000年代に入ってからで、まだ広く知られている病名ではない。ただ、2003年に行われた生体肝移植で、肝臓提供者(ドナー)がNASHであり、それが原因で提供者が亡くなるという事象が起きた(※2)。それ以降、少しずつ一般に知られるようになってきている。

 NASHは、肝臓の細胞が損傷され、炎症が起きるなどの病気で、進行すれば肝線維症、肝硬変、肝がんを高い割合で引き起こす。また、肝臓以外の心血管疾患、慢性腎臓病などにも関係すると考えられている(※3)。

国民病になっている?

 日本人のNASHの前段階であるNAFLDの有病率は、人口の1/4以上(25.8%)と考えられ、NAFLDについては一種の国民病とする見方もある。また、NAFLDの患者のうち、約14%が糖尿病を、約31%が高血圧を、約48%が脂質異常症を、1%から2%が肝線維症を、それぞれ合併しているようだ(※4)。

 ところで、日本人の死因の約半分は、生活習慣病に関係する病気によるものだ。生活習慣病は、かたよった食生活、運動不足、喫煙、睡眠不足、ストレスなどが原因になる。

 生活習慣病の予防や治療などのため、特定健診(いわゆるメタボ健診、40歳から74歳)が行われ、生活習慣病のリスクが高く、生活習慣の改善が必要な人に対して保健師や管理栄養士などによる特定保健指導もされる。メタボ健診というように、これは内臓に脂肪が蓄積した内蔵脂肪型肥満(ウエストサイズ、男性85cm以上、女性90cm以上)の予防や診断のために行われる。

 内臓脂肪型肥満の人は、糖尿病、高血圧、脂質異常症といった病気になりやすく、動脈硬化が進んで心疾患や脳血管疾患などの重篤な病気を発症しやすくなる。そして、内臓脂肪型肥満に加え、脂質、血糖値、血圧のうち、2つ以上が基準値を外れるとメタボリックシンドロームと診断される。

 肥満の定義は、BMI値が25(kg/立方メートル)以上となっているが、健康状態が悪くなって治療が必要な状態を肥満症という。肥満症の患者は、脂肪肝にもなりやすく、飲酒しない、あるいはほとんどアルコールを飲まない人でも脂肪肝になることがある。これが前述したNAFLDであり、それが進行するとNASHになるというわけだが、肝臓細胞を抜き取って検査しなければ確定的な診断ができない。

生活習慣などの悪化によって肥満になり、健康な肝臓がNAFLDやNASHへ。そして、肝硬変や肝がんなどのリスクが高くなる。図作成筆者
生活習慣などの悪化によって肥満になり、健康な肝臓がNAFLDやNASHへ。そして、肝硬変や肝がんなどのリスクが高くなる。図作成筆者

現状では生活習慣の改善しか治療法はない

 特に日本人は、肥満症の患者でNAFLDやNASHを合併する割合が多い。また、NAFLDから進行したNAFL(単純性脂肪肝)は、NASHよりも肝硬変や肝がんに対しては低リスクで、最近では代謝異常のMAFLDという脂肪肝の概念(脂肪肝に肥満、2型糖尿病、2種類以上の代謝異常のいずれかが併存。NAFLDからMAFLDへの名称変更も議論に)も出てきている(※5)。

 このように脂肪肝から進行した病態については、いろいろな概念が生まれつつあり、NAFLDに関しては名称もまだ確定していない。また、脂肪肝からNASHとなり、肝硬変、肝がんへ進行するなどの危険な状態になることで重要なのは肝臓の線維化というが、線維化と死亡の関係についても議論がある(※6)。

 NASHに関する治療法としては、まだ治療薬は開発されていない。だが、糖尿病や体重管理の治療薬(セマグルチド=ウゴービ)がNASHの改善にも役立つという報告が出ているがエビデンスは弱い(※7)。

 NAFLDやNASHの発症は、基本的に肥満と関連が強い。日本人の食生活が大きく変化し、若い頃から脂質の多い欧米化した食生活をおくるようになっている一方、運動不足が慢性化し、日本人の肥満人口は中高年で急速に増えている。

 そのため、治療薬に頼る以前にNAFLDやNASHに関しては、生活習慣を見直し、肥満を改善して減量することが重要だ(※8)。過食をしないバランスの取れた食生活、適度な定期的な運動、過度の飲酒の抑制、喫煙者の禁煙などは、NAFLDやNASHの治療に役立つことがわかっている(※9)。

 だが、生活習慣を改善するのはなかなか難しい。また、保健指導する医療従事者にとっても負担が大きい。先日、日本の医療系スタートアップ企業(CureApp)がNASH治療アプリを開発、国内での第三相臨床試験の治験に入ったことを発表したが、近い将来、薬事承認と保険適用がなされることが期待されている。

※1:J Ludwig, et al., "Nonalcoholic steatohepatitis: Mayo Clinic experiences with a hitherto unnamed diseaes" Mayo Clinic Proceedings, Vol.55(7), 434-438, 1, July, 1980
※2:倉田真由美、武藤香織、「生体肝移植ドナー調査からみえてきた移植医療における研究課題」、滋賀医科大学看護学ジャーナル、第5巻、第1号、2007年3月15日
※3-1:Adam C. Sheka, et al., "Nonalcoholic Seatohepatitis A Review" JAMA Network, Vol.323(12), 1175-1183, 24/31, March, 2020
※3-2:Kei Tokutsu, et al., "Clinical characteristics in patients with non-alcoholic steatohepatitis in Japan: a case–control study using a 5-year large-scale claims database" BMJ Open, Vol.13, e174851, 8, August, 2023
※4:Hideki Fujii, et al., "Prevalence and associated metabolic factors of nonalcoholic fatty liver disease in the general population from 2014 to 2018 in Japan: A large-scale multicenter retrospective study" Hepatology Research, Vol.53, Issue11, 1059-1072, November, 2023
※5-1:植原大介、「非ウイルス性肝疾患の予後改善を目指した診断と治療の解析」、THE KITAKANTO MEDICAL JOURNAL、第73巻、113-114、2023年
※5-2:川口巧、「脂肪肝の新概念:Metabolic dysfunction-associated fatty liver disease(MAFLD)」、肝臓、第64巻、2号、33-43、2023年
※6:Hideki Fujii, et al., "Clinical Outcomes in Biopsy-Proven Nonalcoholic Fatty Liver Disease Patients: A Multicenter Registry-based Cohort Study" Clinical Gastroenterology and Hepatology, Vol.21, No.2, 370-379, February, 2023
※7:P N. Newsome, et al., "A Placebo-Contorolled Trial of Subcutaneous Semaglutide in Nonalcoholic Seatohepatitis" The NEW ENGLAND JOURNAL of MEDICINE, Vol.384, Issue12, 25, March, 2021
※8:Ryuki Hashida, et al., "Aerobic vs. resistance exercise in non-alcoholic fatty liver disease: A systematic review" Journal of Hepatology, Vol.66, 142-152, 14, September, 2016
※9:Zobair M. Younossi, et al., "AGA Clinical Practice Update on Lifestyle Modification Using Diet and Exercise to Achieve Weight Loss in the Management of Nonalcoholic Fatty Liver Disease: Expert Review" Gastroenterology, Vol.160, 912-918, February, 2021

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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