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【奈良公園のシカ】を死なせた疑いで男を逮捕...野良猫を虐待した場合と違うのか?

石井万寿美まねき猫ホスピタル院長 獣医師
イメージ写真(写真:GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート)

関西人にとっては、奈良公園のシカは、神さまのシカという思いがあります。そんな大阪育ちの私には、驚きのニュースがありました。報道によりますと、2月に「奈良公園のシカ」(以下奈良のシカ)に鋭利な刃物をたたきつけて死なせた疑いで男が逮捕されました。男は、容疑を認めています。

奈良のシカは、人懐っこく近寄ってきます。そんなシカを刃物で殺害する人がいるとは、なんともおぞましい事件です。今日は、奈良のシカの殺害と野良猫などの殺害、虐待の違いを考えてみましょう。

【奈良のシカ】を死なせた疑いで男を逮捕

写真:Sota_Saeki/イメージマート

まずは、どんな事件だったかを詳しくみていきましょう。

奈良県警によりますと男は「シカと遊んでいたとき、突然車に体当たりしてきたため腹が立ち、殺してやると思って、おのでシカの頭を力いっぱい切り付けた」と供述しています。体当たりしてきたシカと、切りつけたシカは別だそうです。

亡くなったシカの死因は失血死。つまり切られたことにより、多量の血が出て亡くなってしまったのです。そのシカは頭に5.4センチの傷があり、一部は脳まで達していたそうです。頭はもちろん頭蓋骨に覆われているのでとても硬いです。それを突き破って脳まで達しているので、相当に鋭利な刃物で力強く振り下ろしたのでしょう。

この男は、文化財保護法違反の疑いで逮捕されました。動物を殺傷したので、動物愛護法だと思われるかもしれません。しかし、そうではなかったのです。なぜそうではなかったのかを次に見ていきましょう。

なぜ殺されるシカは、動物愛護法の適用ではないか?

結論からいいますと、奈良のシカは、愛護動物ではないからです。しかし、国の天然記念物に指定されているために、男は奈良のシカを刃物で殺害したことにより、文化財保護法違反の疑いで逮捕されたのです。野生のシカですが、この点は「奈良のシカ」は違うのです。

さて、愛護動物とはどんな動物でしょうか。

動物愛護管理法では愛護動物として、古くから家畜やペットとして普及している動物です。具体的には以下の動物です。

□ 牛

□ 馬

□ 豚

□ めん羊

□ 山羊(やぎ)

□ 犬

□ 猫

□ イエウサギ

□ 鶏

□ イエバト

□ アヒル

などですが、他には、人が占有している哺乳類、鳥類及び爬虫類なども含まれています。

上記の中にシカが含まれていませんので、動物愛護法の適用ではないのです。狩猟免許を取得して野生のシカをハンティングされる方もいますね。

奈良公園のシカとは?

写真:GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート

筆者は大阪で育っているので、学校の遠足でよく奈良公園へ行きました。

「奈良のシカ」は、人に馴れて集団で行動し奈良公園の風景の中によく溶け込んでいます。奈良公園は、わが国では数少ない町の中にあって、動物景観が見られる場所です。

「奈良のシカ」というは、768年に武甕槌命(たけみかづちのみこと)が鹿島神宮(茨城県)から、奈良の地に移られるときに白鹿の背に乗ってこられたという伝承から、春日大社の「神鹿」とされます。

「奈良のシカ」は古くから手厚く保護され住民から愛護されています。このため、野生動物ですが、人の生活の中で共存してきた歴史があります。それで天然記念物に指定されているのです。山にいる「野生のシカ」とは違うのです。

そのため、殺傷すると罪に問われます。

野良猫の殺害、虐待は?

写真:GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート

野良猫の虐待は、よくニュースになっています。

具体的に見てみますと、2020年7月下旬、滋賀県内で、野良猫の虐待・虐殺などが相次ぎました。その中の保護された一匹の子猫は、背中には切り傷があり下半身が動かない状態で、さらに胃の中には石や砂が詰め込まれるなど虐待されたとみられるというものでした。

このようなケースで殺害、虐待された動物は猫なので動物愛護法に違反した罪に問われています。猫は、愛護動物だからです。野生動物は、この動物愛護法の適用にはなりません。

また、筆者は過去に記事でも書きましたが、2019年に動物愛護法は改正されて、大幅に罰則が強化されています。具体的には以下です。

・みだりに愛護動物を殺傷した場合の罰則の上限が、懲役5年または罰金500万円(改正前は懲役2年または罰金200万円)

野良猫を殺害した場合は、上記のような罪になります。

・愛護動物を虐待や遺棄をした場合の罰則の上限が、懲役1年または罰金100万円(改正前は罰金100万円)。

そもそも、動物愛護法の目的としているところは、動物虐待などの禁止により「生命尊重、友愛及び平和の情操の涵養に資する」こと(動物愛護)、動物の管理指針を定め「動物による人の生命、身体及び財産に対する侵害を防止する」こと(動物管理)、となっています。その点、「奈良のシカ」についても、法律的には愛護動物ではないものの、動物愛護の精神、考え方は同じと言えるのではないでしょうか。

まとめ

野良猫や「奈良のシカ」などをみだりに殺害やまたは虐待する人がいることは、残念なことですが、現実にはいます。

そして、適用される法律の違いによって、猫などの愛護動物は動物愛護法が適用され、「奈良のシカ」は文化財保護法が適用されるのです。野良猫の場合は、2019年に大幅に厳罰化されましたが、野良猫を殺害する人もいますので、このような法律があることを理解してもらいたいものです。

加害者には想像力が欠如しているのかもしれませんが、野良猫も「奈良のシカ」も、痛みを感じるのです。このような命があるものをみんなが大切にする社会になってほしいものです。

まねき猫ホスピタル院長 獣医師

大阪市生まれ。まねき猫ホスピタル院長、獣医師・作家。酪農学園大学大学院獣医研究科修了。大阪府守口市で開業。専門は食事療法をしながらがんの治療。その一方、新聞、雑誌で作家として活動。「動物のお医者さんになりたい(コスモヒルズ)」シリーズ「ますみ先生のにゃるほどジャーナル 動物のお医者さんの365日(青土社)」など著書多数。シニア犬と暮らしていた。

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