誰よりも強いゴールへの思い。リーグ3連覇を目指すベレーザのストライカー、田中美南の成長を支えるもの
【3連勝】
拮抗した試合は、後半開始早々の48分に動いた。
日テレ・ベレーザ(以下:ベレーザ)のFW田中美南は、ペナルティエリアの中央でMF中里優の右からのパスを受ける瞬間、相手ディフェンダーを左腕でブロックしながら、ゴールを背に、トラップすると見せかけて右にターンし、そのまま左足でシュートを放った。
ボールは飛び込んできた相手ディフェンダーの体に当たって軌道を変え、ゴール右隅に吸い込まれた。
雷雨のために延期になっていたなでしこリーグ第11節、ベレーザと浦和レッドダイヤモンズレディース(以下:浦和)の試合が9月6日(水)に味の素フィールド西が丘で行われ、田中の決勝ゴールでベレーザが1-0で勝利。ベレーザは3連勝で、2位のINAC神戸レオネッサとの勝ち点差を「5」に広げ、リーグ3連覇に向けて大きく前進した。
ベレーザにとって、3月末のリーグ開幕前のチーム状況は盤石ではなかった。シーズン前に、左サイドバックのDF有吉佐織が右ひざ前十字靭帯損傷で離脱。攻撃の起点ともなる左サイドを支えてきた絶対的な存在を失い、苦境に立たされた。
しかし、いざリーグ戦が始まると、下部組織の日テレ・メニーナから長く一緒にプレーしてきた選手たちの緻密な連携プレーで有吉の不在を埋め、首位を快走。
7月中旬には、センターバックのレギュラーだったDF村松智子が左ひざ前十字靭帯損傷で離脱し、DF土光真代がその穴を埋めていたが、この浦和戦では、右サイドバックを本職とする清水梨紗がセンターバックでプレー。この起用が的中した。前に強いDF岩清水梓の背後のスペースを、清水がそのスピードを活かして完璧にカバーし、左右のサイドバックを任された土光とDF宮川麻都も、積極的な攻撃参加で、サイドの優位を保ち続けた。
ベレーザの森栄次監督は、限られたメンバーでバランスの良い配置を探り、ピッチに立つ選手もその期待にしっかりと応えている。
ベレーザの強さは、その高い技術と連携を活かしたパスワークに加えて、前線からの連動した守備、素早い攻守の切り替え、そして、勝負どころを見極めたメリハリの効いた試合運びを90分間を通じて発揮できるところにある。
「前半を0-0で折り返せば、後半は相手の足も止まってくるだろうし、うち(ベレーザ)のペースに持って行ける感触はありました。ベレーザの選手は狭いスペースでの細かいプレーが得意なので、コンパクトな守備でボールを奪って、カウンターを仕掛けられれば理想です。でも、もう一回、自分たちで落ち着いてボールを細かく回しながら、サイドを使って展開してもいい。もう少しボールを回したかったですけど、結果(1-0)には満足しています」(ベレーザ・森監督)
森監督は、決勝ゴールを決めた田中の頼もしい成長ぶりにも目を細めた。
「体が強くなって、前でキープしてくれるプレーには特に成長を感じています。仕掛けることをやめてしまうと彼女の特長がなくなってしまうので、ハーフタイムには、『相手をいなすだけではなくて、積極的に仕掛けていこう』と伝えました。ゴールの場面は(自分で仕掛けるという)彼女の判断の良さが表れていましたね」(森監督)
【確かな成長】
田中は昨シーズン、リーグ戦18試合で18ゴールを決め、初の得点王に輝いた。
14節のコノミヤ・スペランツァ大阪高槻戦(2016年9月24日)と、15節のアルビレックス新潟レディース戦(2016年10月2日)で4ゴールずつ決めたのも大きかったが、「美南に得点王を取らせてあげたい」というチームの総意もあった。
「みんながいいパスをくれて、点を獲らせてもらっていることに感謝しています」と、田中も感謝を忘れない。
この浦和戦で決勝ゴールをアシストした中里は、中学1年でメニーナに入団してから11年間、田中とプレーを共にしてきた同期だ。言葉を交わさなくても、分かり合える部分は多い。
「たとえば、美南がボールを持った時に(自分が)追い越す動きを入れて、その結果(自分が)使われなくてもいい。(美南が)周りを使わなきゃ、と意識しすぎるとミスが増えるので、自由にプレーしてもらって、それに合わせるようにしています。試合前に美南が『今日、いけそう!』とたまに言うのですが、そういう時は本当に調子が良くて(笑)、大体、ゴールを決めますね」(中里)
今シーズン、田中は昨シーズンよりもコンスタントに得点し、現在(13節終了時点)、11ゴールでリーグの得点ランキングトップに立っている。
この試合では、最も得意とする形からゴールを決めた。
ボールを受けた後、ターンからシュートに至る一連の動きは、体が無意識に反応するほど、イメージトレーニングと実践を重ねてきた形だ。
「相手を背負った状態で(自分の)斜めうしろのスペースを空けるようにして、相手ディフェンダーがついてこられないような速いターンを意識しています」(田中)
ポストプレーの成功率も上がっている。それは、継続的なトレーニングの賜物でもある。
田中は、ベレーザがサポートを受けているジムで、昨年から専門トレーナーのアドバイスの下、体幹やゴール前での瞬発力を向上させるトレーニングを続けてきた。筋力トレーニングと並行して力を入れてきたのは、「足の踏み出し方」や「体重の乗せ方」だという。
「一瞬の(出足の)速さが変わりましたね。それと、ターンした後に体の軸をぶらさずにシュートを打ったり、(相手に)体を当てられた状態でも狙ったコースに決められるようになりました」(田中)
対戦相手からは毎試合、厳しいプレッシャーを受ける。しかし、しなやかな筋肉に強靭な体幹を得た田中の身体は、大抵の当たりではブレない。
トレーニングの成果を実践できる場が国内だけでないことも、田中の成長を後押ししている。田中はこの1年間で、なでしこジャパンで存在感を増した選手の一人だ。
【転機となったアルガルベカップ】
高倉麻子監督がなでしこジャパンの新監督に就任した2016年以降、田中は徐々に代表に招集される機会を増やし、2017年に入ってからはコンスタントに呼ばれている。
当初は本職ではない2列目のポジションで起用されることが多かったが、転機となったのは、今年3月にポルトガルで行われたアルガルベカップ。この時、大会直前に他の選手のケガなどでFWのポジションが空いたこともあり、田中はトップで出場するチャンスを掴んだ。
そして、対スペイン戦(●1-2)、対アイスランド戦(◯2-0)、対ノルウェー戦(◯2-0)、対オランダ戦(●2-3)の4試合中、田中はFWとして3試合に先発。
前線で日本の最終ラインや中盤からのパスを引き出し、屈強な海外のディフェンダーと渡り合い、ポストプレーで日本の攻撃の起点になれることを示した。
大会後、田中自身はその手応えをこんな風に話していた。
「決めるところで決める選手になることは、永遠の課題です。ただ、自分の欲しいタイミングでボールが引き出せるようになったり、(周囲に)要求できるようになりました。相手の裏をとるタイミングや起点になるプレーに手応えを得られて、継続してきたことは間違いではなかったと実感できました」(田中/2017年3月8日、オランダ戦後)
そして、アルガルベカップから1カ月後に熊本で行われたコスタリカとの親善試合(◯3-0)で、田中はFWとして、高倉監督を指揮官として迎えた新生なでしこジャパンのメンバーとして初ゴールを決めた。
さらに、6月の欧州遠征では、オランダ(◯1-0)とベルギー(△1-1)との親善試合にFWで先発。この2試合でも、欧州勢相手に自身のポストプレーが通用するという確かな手応えを得た。
そして、田中は積み上げてきた自信を、7月にアメリカで行われた「2017 Tournament of Nations」で、FIFAランキング1位のアメリカ、8位のブラジル、7位のオーストラリア(ランキングは当時)の強豪3カ国を相手にぶつけた。
日本(6位)は1分2敗という成績で大会を終えたが、田中自身はこの大会を通じて、国際舞台で戦う上での明確な収穫と課題を手にしていた。
一番の収穫は、世界のトップクラスの相手にもポストプレーが通用する感覚だった。
「アルガルベカップで(対戦した欧州のチームに)は通用しても、アメリカやブラジルにはポストプレーが通用しないのでは、と不安でしたが、対戦してみて『やれる』と分かったことは収穫でした」(田中)
【世界で通用するストライカーへ】
一方、アメリカでの3試合を通じて、深刻な課題も突きつけられた。
それは、FWでありながら、肝心のシュートが決められないことだ。初戦のブラジル(△1-1)戦では2度の決定機を逃した。試合の2日後、田中は自らが直面している状況をこんな風に話した。
「試合(ブラジル戦)が終わって、本当に反省しました。最初のチャンスは狙い過ぎてシュートが弱くなり、2回目は(ゴール正面で)相手ディフェンダーの足が出てきたので、抑えてループ気味で狙った結果(バーを越えてしまった)です。どちらも、普通に振り抜いていれば入っていたはずです。海外勢との対戦では、足の長さや足が出てくるタイミングに国内とのギャップがあります。迷う原因ははっきりしているので、早く乗り越えなければいけないな、と」(田中/7月29日練習後)
自分の感覚で「決まった」と確信したファーストタッチが、相手の長い足でブロックされたり、国内なら一発で相手を置き去りにできるターンが、一瞬の間合いで寄せられてしまうーー海外勢との試合経験の中で、国内リーグとの”間合いの違い”を感じていたからこそ、チャンスの場面で生じた迷いが裏目に出てしまったのだ。
しかし、田中には今後、この壁を乗り越えていける確かな自信がある。
以前、国内でも同じようにシュートが決まらない時期があり、それを乗り越えた経験があるからだ。
小学生の時にボランチだった田中は、メニーナ入団後にFWにコンバートされ、持ち味のスピードを武器に得点感覚を磨いたが、高校2年時にトップチームのベレーザでプレーするようになると、スピードだけでは点が決まらなくなった。
「(ベレーザでは)いいパスがたくさん出てくるんですけど、その分、『決めなきゃ』というプレッシャーもあって、シュートを外し過ぎてスランプを感じていたんです」(田中)
その後、総合力を上げることでその壁を乗り越えた田中は、ベレーザでレギュラーFWの座を勝ち取った。
今後、国際舞台で、現存する壁を乗り越えるための課題ははっきりしている。
「来年4月にアジアカップ(兼2019フランスワールドカップ・アジア予選)があって、その翌年に(フランス)ワールドカップ、そして(2020年の東京)オリンピック。先のことはどうなるかは分かりませんが、今はベレーザでしっかりと結果を出すこと。一つひとつのプレーのクオリティを高めていきたいです」(田中)
リーグ戦は残り5試合。田中は自らのゴールで、チームを3連覇に導く覚悟と決意に満ちている。
ベレーザは次節、9月10日(日)に、アウェイのshonan BMW スタジアム平塚で、ノジマステラ神奈川相模原と対戦する。