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金メダルのネーサン・チェン選手の話題が「両親の母国」中国であまり盛り上がらなかった政治的事情

中島恵ジャーナリスト
金メダルに輝いたネーサン・チェン選手(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

2月10日、フィギュアスケート男子シングルのフリーが行われ、ネーサン・チェン選手(Nathan Chen 米国)が今季世界最高得点(218.63点)で金メダルに輝いた。アメリカ勢が優勝するのは2010年のバンクーバー以来12年ぶりという快挙だ。

アメリカはもちろん、日本でも大きく報道されたが、チェン選手の両親の出身地である中国での報道は大きいといえるほどではなく、個人が発信するSNSなどでも、あまり盛り上がらなかった。

フリーの結果が確定した約1時間後、中国のウェイボーのトレンドランキングを見ると、トップ10のうち半分近くは、なんと4位だった羽生結弦選手で占められ、チェン選手はランク外だった。

米中対立がチェン選手にも影響か

「コロナ禍や人権問題で中国を非難するアメリカに対して、中国人の嫌悪感はかなり高まっています。こちらの報道でも、アメリカへの敵対心を煽るような内容が多い。それ(米中対立)がアメリカ代表のチェン選手についての報道にも何らかの影響を及ぼしているのではないか、と感じます。

私は個人的にチェン選手のファンなのですが、もしSNSにチェン選手が好きだと堂々と書けば、私自身が批判の対象となってしまう。だから、彼の優勝はすばらしいと思っても、そのことをあまり書けないような雰囲気があります……」

北京在住の知人はこのように語る。

ネーサン・チェン選手の両親の出身地はともに中国だ。父親は南部の広西チワン族自治区の出身。広西医科大学と中国軍事医学院で学んだあと、1988年に渡米。苦学して薬学の博士号を取得。現在は起業している。

母親は五輪の開催地である北京出身。父親とともに渡米し、アメリカで医学関係の通訳として活躍。チェン選手を含め、5人の子どもを育てた(チェン選手は末っ子で兄や姉がいる)。

中国での注目度はあまり高くない

チェン選手は1999年、ユタ州ソルトレークシティで生まれ、教育熱心な両親の元で、3歳からフィギュアを始めたほか、バレエ、体操、ピアノ、アイスホッケーなども学んだ。勉強にも打ち込み、名門イェール大学に入学し、統計学と医学を学んでいる(現在は休学中)というエリート中のエリートだ。

米国で成功した中国系アメリカ人の代表格といえるような存在だが、五輪の前、中国のサイトで彼の中国語名「陳巍(チェン・ウェイ Chen Wei)」を検索しても、同姓同名の別の人物がヒットするなど、彼が非常に注目されているとはいえなかった。

現在もウェイボーなどでのフォロワーは多くない。羽生選手のフォロワーは約240万人、金博洋選手のフォロワーも約15万人だが、チェン選手は約4000人のみだ。

むろん、チェン選手はアメリカ国籍のアメリカ人であり、アメリカの代表なので、中国でそれほど注目されていなくても、別におかしくないかもしれない。

だが、同じアメリカ生まれで、アメリカ人の父親と中国人の母親を持つフリースタイルスキーの谷愛凌選手などの注目ぶりと比較すると、非常に対照的だ。

「チェン選手が中国であまり好意的に受け止められていない理由は他にもある」と別の中国の知人はいう。

記者から政治的質問を受けて……

2021年10月、アメリカでフィギュアの選手陣が記者会見した際、アイスダンス代表のベーツ選手が、記者から質問された中国の人権問題について否定的な発言をしたが、その際、チェン選手もそれをやや支持するようなコメントをしたからだ、という。

チェン選手のコメントは短いものであり、中国を直接批判するような内容ではなかったのだが、これが報じられたことも影響しているのでは、と知人は見ている。

これ以外にチェン選手が政治的な発言をしたことは一度もない。チェン選手は同じく昨年の記者会見で、北京冬季五輪について「今も北京には多くの親戚がいる。つながりがある場所でオリンピックに出場することは、私にとって大きな意味がある」と話し、「五輪をとても楽しみにしている」と語っていた。

スポーツの記者会見の場で、記者が選手に政治に関する質問したこと自体、問題があるといわざるを得ない。

中国にルーツを持つチェン選手や、同じくヴィンセント・ジョウ選手にとって非常に酷なことであり、彼ら個人を米中間の板挟みにしてはいけないと思う。

だが、中国メディアの対米報道と同じく、反中的な報道が多いアメリカメディアの記者にとっては、少しでも「それらしい発言」が引き出せれば、記事が注目される、という目算があったのかもしれない。

もしそれが、チェン選手の報道に少しでも影響しているとすれば、とても残念だ。

中国出身の両親に感謝の思い

チェン選手が非常に紳士的で、リスペクトできるすばらしい人格者であることは、今回の五輪での言動にも現れていた。

ショートプログラム後の記者会見で、羽生結弦選手について問われると「どんな結果だろうと、彼が史上、最も偉大なフィギュアスケートのアイコン(スター)であることは、これからもずっと変わりません」と述べ、鍵山優真選手や宇野昌磨選手のことを称えることも忘れなかった。

メダルのセレモニー後も、取材エリアで日本メディアを見つけると立ち止まり、金メダルの感触について問われると、満面の笑顔で「想像していたより、ずっと重かったよ」と丁寧にコメントしてくれたという。

優勝後、初めて更新したインスタグラムには、「お母さん、ありがとう。家族なしでは成し遂げられなかった」と記し、中国出身で、アメリカで苦労した両親と自分の幼い頃の3ショットの写真を投稿した。

ネット規制のある中国では、基本的にインスタグラムは見ることができないが、ぜひ、多くの中国人にも、チェン選手の家族写真を見てほしいと思う。

ジャーナリスト

なかじま・けい ジャーナリスト。著書は最新刊から順に「日本のなかの中国」「中国人が日本を買う理由」「いま中国人は中国をこう見る」(日経プレミア)、「中国人のお金の使い道」(PHP新書)、「中国人は見ている。」「日本の『中国人』社会」「なぜ中国人は財布を持たないのか」「中国人の誤解 日本人の誤解」「中国人エリートは日本人をこう見る」(以上、日経プレミア)、「なぜ中国人は日本のトイレの虜になるのか?」「中国人エリートは日本をめざす」(以上、中央公論新社)、「『爆買い』後、彼らはどこに向かうのか」「中国人富裕層はなぜ『日本の老舗』が好きなのか」(以上、プレジデント社)など多数。主に中国を取材。

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