国連安保理は金正恩委員長を制裁対象者に指定できるか
国連安保理の決議を無視し、5回目の核実験を強行した北朝鮮への追加制裁をめぐる米中間の意見調整が始まった。早ければ、月末までに草案が回覧され、新たな決議が採択される可能性が大だ。
今年3月の「過去20年で最強の制裁」(サマンサ―米国連大使)をいとも簡単に突破されたことで日米韓3か国は金正恩政権に対して「最大限の制裁」(尹炳世韓国外相)を掛けるため中国とロシアの協力を求めている。
(参考資料:安保理の対北非難「声明」は北朝鮮にとっては「不渡り手形」)
中国の反対によって前回の決議「2094号」から除外された▲北への原油供給の全面的中断▲北朝鮮と取引する第三国に対する制裁(セカンダリーボイコット)▲貿易の全面中断と海外人力の送金停止などが盛り込まれるかどうかが焦点となる。
「安保理決議は根本的な解決策にはならない。対話のトラックに戻らなくてはならない。6者会談を再開する方法を模索すべき」と制裁一辺倒に反対している中国がどこまで同調するかで、制裁の成否がかかっている。
それと、注目したいのは、新たに制裁対象者が追加されるかどうか、その場合、金正恩党委員長が含まれるかどうかだ。安保理はこれまでに制裁決議を採択する度に制裁対象者を拡大させ、これまでに延べ32の団体と個人28人を制裁対象に指定している。
しかし、制裁の対象となった貿易会社など組織、団体については看板や名義を変更するか、新しい会社を作るか、あるいはダミー会社を使えば、関連業務はいくらでも継続できる。
また、個人では李済善原子力総局長、黄錫夏局長、李済善寧辺原子力研究所元所長の3人が核関連で、白昌浩宇宙衛星管制指揮所所長、張明鎮西海衛星発射場総責任者、崔春植第二自然科学院長(2013年発射で共和国英雄称号)、柳哲・宇宙開発局長、玄光一宇宙開発局開発局長(柳哲の部下)の5人がミサイル関連で、さらには李万建党軍需工業部部長らが渡航禁止や資産凍結の対象者に含まれているが、誰も海外に資産を持っていなければ、海外に出ることもない面々だ。一言で言うと、象徴的な制裁であって、実質的な制裁にはなってない。
いずれにせよ、北朝鮮は2006年10月の「1718号」、09年5月の「1874号」、12年12月の「2087号」、14年3月の「2094号」、そして今年3月の「2270」を無視してミサイルを乱射し、今年2回目の核実験に踏み切ったわけだから、制裁対象の拡大は避けられない。
現在、国連が北朝鮮に対して科している制裁は国連憲章第7章41条に則っている。第41条には「北朝鮮の核関連、弾道ミサイル関連及びその他の大量破壊兵器関連の計画に関係のある北朝鮮の政策に責任を有している(北朝鮮の政策を支持し又は促進することを通じたものを含む)として指定される者及びその家族の構成員が自国の領域に入国し又は領域を通過することを防止するために必要な措置をとる」と規定されている。
常識的に考えて、「北朝鮮の核関連、弾道ミサイル関連及びその他の大量破壊兵器関連の計画に関係のある北朝鮮の政策に責任を有している」人物とは、他ならぬ最高指導者である金正恩党委員長である。「衛星」と称するテポドン発射を宇宙開発衛星管制統合指揮所で直接指示し、3月から8月にかけての「ノドン」、「ムスダン」そして潜水艦弾道ミサイル(SLBM)など一連の弾道ミサイルの発射を現場で陣頭指揮したのも金委員長自身である。
また、「北朝鮮の政策を支持し又は促進することを通じた者」とはNo.2の金永南最高人民会議常任委員会委員長であり、李スヨン国務副委員長(国際担当)であり、また李容浩外相らを指す。金永南委員長らは現在ベネズエラで開催中の非同盟首脳会議や国連総会の場で核やミサイル開発の正当性を訴えているからだ。
サダム政権下のイラクの場合は、制裁委員会が作成した名簿には大統領のサダム・フセインを含め89人の個人と206人の組織が含まれていた。それに比べると、北朝鮮への制裁対象者は少な過ぎる、甘すぎる。
結局のところ、金正恩委員長や外交責任者らの海外渡航を禁止すれば、中朝首脳交流はおろか、密かに期待している北京での6か国協議の再開に差し障りがあることから除外しているようだ。北朝鮮が「6か国協議には二度と出ない」「非核化議論はしない」と、その種の対話を一切拒否しているのに制裁対象に指定しないのもおかしな話だ。
米国は今年7月に人権侵害の責任者として金正恩委員長を含む政権幹部ら11人と政府機関など5団体を制裁対象として指定している。また、国連人権委員会や国際的人権団体などは金委員長を人道の罪で国際司法裁判所に提訴する動きを見せている。韓国の脱北団体にいたっては、金委員長の首に5千万ドルの懸賞金をかけ、指名手配するビラまでばら撒いている。
金委員長に対する国際包囲網は徐々に狭まっているが、肝心要の国連安保理が制裁対象にリストアップすることは安保理が平和的、外交的解決を追及する限り、できないだろう。
金委員長を制裁対象に含めれば、トランプ共和党大統領候補が唱えている「金正恩をワシントンに呼び、ハンバーグを食べながら、話し合う」ことも、北京での中朝首脳会談も、また韓国の次期政権下での南北首脳会談も、さらに拉致問題解決の日朝首脳会談の道も閉ざされてしまうからだ。
中途半端な制裁をいくら加算しても、北朝鮮には見空かれているので核とミサイルの暴走は止められないだろう。