三菱UFJモルガンの幹部が顔出しでパタハラを訴えた、その思いとは。
三菱UFJモルガン・スタンレー証券に勤める機関投資家営業部の特命部長、グレン・ウッド(Glen Wood)さん(47)は、自身の育児休業取得をきっかけに“仕事を干される”などのハラスメント(パタハラ)や正当な理由なく休職命令を受けたとして、10月26日東京地裁に地位の保全や賃金の仮払いを求める仮処分を申し立てた。
2015年12月、ウッドさんは約3カ月の育児休業を取得した。(※育休開始時期に誤りあり。2017年12月5日修正)海外在住のパートナーとの間に子どもが生まれたが、事情があり結婚はせず、シングルファザーとして子どもを育てることになった。3ヶ月間の育休中にベビーシッターの手配など、これまでどおり働ける体制を整えた。
ところが、復帰の日に「どうして戻ってきたの?」と周囲に言われた。ウッドさんの育休中に、「彼は辞める、戻ってこない」と話されていた様子だった。今までの仕事は取り上げられ、少人数のクライアント業務だけやるように言われた。仕事を完全に干され、閑職に追いやられた。
その後も半年以上にわたるハラスメントで、ウッドさんは心身の不調を感じるようになり、医師から「うつ状態」との診断を受けた。主治医の診断に従い、2017年1月から休職に入る。2017年7月、約6カ月の療養を経て、主治医から復職可能と診断される。診断書には「ウッド氏のうつ病は会社の対応により高ストレスを生じ発症したものであり、環境調整がなされるなら職場復帰な可能状態まで回復している。その環境調整はウッド氏の職務を軽減したり異動させることではなく、旧職に復帰させることにより成就できるものである」とあった。
しかし、この診断書が出ても会社が提示したのは「業務も報酬も半減する」という条件だった。「体調を崩したので、元の業務は無理だ」という会社の判断だった。ウッドさんはこの条件を拒否。折り合いがつかないまま、10月18日付で会社より無給休職を命ぜられた。
引用記事:
「だから日本は少子化だ」三菱UFJモルガンから休職命令を受けた幹部が激白
●「そんな制度はない」という人事からのパタハラ
そもそも、人事に「子どものために休みたい」と伝えた時点から不穏な空気が流れ始めた。ネパールで出産するパートナーが切迫早産だったこと、そのため子どもの健康が危ぶまれることから、「出産後、子どもの健康のためにもしばらく休むことになるかもしれない」と人事部に相談したところ、返って来た返事は「そんな制度はない」だった。ウッドさんはハローワークから男性でも育休制度が取得できることを教えてもらう。再度人事部に掛け合うと、今度は母子手帳やDNA鑑定の結果提出を求められたとのこと。息子の出産に立ち会いたかったが会社は渡航をみとめてくれない。結局、ウッドさんは会社との折り合いがつかないまま渡航した。育児休業を利用できるようになったのは、息子の誕生から2ヶ月もあと。その間の休業は“欠勤扱い”となってしまった。
まず、ハローワークではなく会社の人事部が、ウッドさんに育児休業制度についてきちんと説明すべきだった。男性は妊娠しない、ウッドさんの場合は婚姻関係もない、ということで制度の悪用がないよう親子関係を証明するものを提出するよう会社が求めるのは理解できる。けれど、ウッドさんからのDNA鑑定書の提出で立証できたのであれば、育児休業開始日をネパールへ渡航した日からとしても問題がないように思う。(※育休の開始日は労働者が申し出ることになっている)有給ならまだしも、2ヶ月も給与のない欠勤にしてしまうとは、人事部からのパタハラと捉えられても仕方ないように思う。(※2ヶ月間の欠勤は、後日会社から育児給付金相当の金銭が支給されたとのこと。2017年11月28日追記。)
本来、防止するはずの人事部や社内相談窓口からハラスメントされるのが、マタハラ・パタハラ・ケアハラの特徴だ。ウッドさんの言い分が事実なら、大手証券会社の上層部にも「パタハラはあってはならない」という意識が醸成されていないことになる。育休で長期の休みを取る、復帰してもいくらでも残業できるわけではない、このような働きかたは通常の社員とは“異なる働きかた”として排除の対象になってしまう。排除するために、人事部が加害者と化す。ここが、マタハラ・パタハラ・ケアハラが“働きかたへのハラスメント”と言える所以だ。
ケアハラスメントの略。家族の介護をしている介護者に対して、仕事と介護を両立しようとする状況への嫌がらせをいう。介護離職は毎年10万人というデータもある。
●仕事を与え過ぎてもNG、奪い過ぎてもNG
会社の説明によると、休職命令は“安全配慮義務”。育休後に業務から外す措置をとったのは、“子育て中であることを配慮した結果“でハラスメントとの受け止めは誤解だという。ウッドさんは育休取得前と同様の働きかたを希望しているのだから、本人の希望を無視した過剰な配慮は、配慮ではなくハラスメントだ。配慮すべきは上述したように育休の開始時期などであったはず。
マタハラ・パタハラ・ケアハラは、仕事を与え過ぎても奪い過ぎても違法行為となる可能性が高い。「仕事をさせない」は「配慮」といえばグレーゾーンにできるという意識が、企業側にはまだまだあるように思う。また、労働者側も不法行為に該当するという認識が少ないためか、「仕事をさせてくれない。これってマタハラですか?」という相談も多い。企業への研修や講演では、この点がポイントだといつも私は説明している。
●男性育休を増やそうとする優良企業もある
プルデンシャル生命保険株式会社では、男女共通で育児休職の最初の7日間を有給扱いとし、さらに7日以上育児休業を取得した社員には、復帰時に「職場復帰奨励金」を支給している。男性の育休取得率はこの制度の施行後、確実に増えたそう。制度を導入した際、社長からのメッセージも合わせて配信したことで、男性でも育児休職を取得することに抵抗がない風土が一気に広がった。
また、制度を導入しても活用してもらえなければ意味がないので、社員の理解促進や風土づくりのために、ママネットワーキング、パパネットワーキングという集まりを作って情報共有している。パパとママで分けたのは、一緒にすると男性社員が参加しにくいかもしれないから。パパネットワーキングは、働き方に関して経営側に伝えるネタ集めの場としても有意義だそうだ。
引用記事:日本の人事部 編集部注目レポート
●顔出し名前出したウッドさんの勇気がすごい
最後に、男性社員がメディアに顔出し名前出した勇気がどれほどすごいことか、1分でいいから思いを馳せてもらえたらと思う。日本での転職は厳しくなるだろうし、三菱UFJモルガン・スタンレー証券で働き続けることができたとしても出世は難しいかもしれない。もちろんそんなことはあってはならないのだが、マタハラ・パタハラが横行し、声を上げた人を特別視する風潮のこの日本では、それが現実だ。
現在公表されている記事の中ではウッドさんのプライベートなことは語られておらず、記事を読んだ方には偏見を持った人もいるかもしれない。しかしながら、ウッドさんは投資業務を担っていたことから相当な高額所得者だったとうかがえる。そこから考えると育児給付金の上限(30万円弱)は、日々の生活を支えるには少なかっただろう。会社と揉めるくらいなら転職という選択の方が簡単だったかもしれない。それをせず何度も会社に掛け合い育休を取得しようと努力したのは、三菱UFJモルガン・スタンレー証券での仕事が好きで同じ職場で働き続けたく、キャリアを途切れさせないことが第一目的だったからだろう。現にウッドさんは言っている。「ハードで長時間労働の職場ですが、仕事は大好きです」と。同社ではウッドさんの他に同様の状況の社員がいることから、「何があっても、もう黙ってはいられない」と声を上げたという。ここから「会社に変わって欲しい」というウッドさんの切実な思いが伝わってくる。
マタハラ・パタハラは日本の少子化の最大要因であり、日本の経済問題だ。ウッドさんが黒船となって日本のパタハラを撲滅し、男性が育児しながら仕事をするのが当たり前の社会になってくれたらと願う。