新制度の「男性 出生時育休」とともに検討して欲しい周囲の社員の人事評価・対価とペア制度。事例をご紹介
先日、男性が妻の出産直後に2週間取得できる新制度「出生時育休」の導入を盛り込んだ育児・介護休業法の改正案が閣議決定された。早ければ2022年10月には施行されるが、中小企業まで広く普及させるには、休みを取りにくい職場環境が壁になっている。
男性が育休を取らない理由として、「人が足りない」「育休を取れる雰囲気ではない」「自分の仕事を他の人に任せられない」などが挙げられる。私(筆者)が行った調査では、7割の企業で産休・育休を取得する社員がでると、その社員の業務は周囲の社員が負うことになる労働環境となっていて、周囲の社員からは「フォロー分の対価を上げて欲しい」という要望が最多だった。
「周囲の社員への負い目から仕事を休めない」という構造を何らかの方法で解決しない限り、男性育休の取得は伸びない。産休育休中はその社員一人分の給与が浮いているのだが、フォローしている周囲の社員にその給与が分配されている会社は極めて少ない。そこで、他の中小企業の参考になればと、優良企業の事例を以下の記事にした。
ご紹介したいのは、「日本でいちばん大切にしたい会社」大賞を受賞するなど、人を大切にする経営が高く評価され、数々の賞を得ている株式会社日本レーザー。近藤宣之会長にお話を伺った。(2020年12月に取材)
●他の社員をフォローすることが、自身の評価・対価に反映される仕組み
(株)日本レーザーは、正社員約60名、パートや派遣・嘱託などを含めると約70名からなる中小企業で、産業用レーザー機器の輸入・販売を行っている。この会社には「CREDO(クレド)」という社員が心がける信条や行動指針を定めた「働き方の契約書」なるものがある。
CREDOは、経営者側を対象とした「経営としての約束」と、社員側を対象とした「社員としての約束」の2種類が定められていて、「会社の理念=会社のあり方」とも言える。このCREDOのなかの約束を守っているかどうかをチェックするのが総合評価表で、各項目を合計すると300点満点で構成されている。この評価表の点数が給与に反映されたり、ボーナスの査定や昇格の時にも参考にされる。「会社の理念」を評価基準に入れていることで、理念を社員に浸透させることができるという。
では、どうやって他の社員をフォローすることが自身の評価・対価に反映されるのか。
CREDOの「Ⅰ.経営としての約束」の「1.幸福な人生に大切なこと」のなかに、「(2)誰かを助けること」がある。「Ⅱ.社員としての約束」の「2.経営理念を体現する人財の条件」のなかに、「(4)自分自身のためだけではなく、他人のためにも働きます」とある。これが評価表の項目のなかにもあり、しっかりとやっていれば10点、あまりやっていなければ3点というように評価され、対価へと反映されている。
(株)日本レーザーでは、産休・育休取得者のフォローをするから特別に評価されるということではなく、常日頃から他の社員をフォローすることが評価・対価に反映される仕組みとなっていた。それは、子育てだけではなく、病気やケガ、親の介護を抱える社員など多様な人材にとって働きやすい会社でありたいから。
働きやすい会社するには、理念や仕組みがとても重要。仕組みだけを真似ても駄目で、理念(=CREDO)がないとできない。理念があると、例えば、災害や不祥事などの緊急事態が発生した際、現在のコロナ禍のような状態であっても勝ち続けることができ、(株)日本レーザーは27年連続黒字経営を続けているという。
●見えない貢献度を評価する「情意考課」も重要!
売上をいくら上げたなど目に見えるものは評価できるが、他人の役に立ったかどうかの評価はできない。まして対価への換算などできない、と私(筆者)は言われてしまうことがある。そのことを近藤会長に尋ねると、日本の評価システムが間違っている、と言う。
日本の評価システムはバブル崩壊後に変わり、成果、受注、売上、利益、それからTOEICの点数など目に見えるものばかりを評価するようになったが、目に見えない貢献度も評価する必要がある。
目に見えない貢献度を「情意考課」というが、(株)日本レーザーのCREDOのなかにある「明るい笑顔で社員に接しなさい」「感謝しなさい」などがそれにあたる。バブル崩壊前の評価基準には、多くの会社に情意考課があった。情意考課があってこそ、初めてメンバーシップ型の生涯雇用が実現できるという。
社員同士が明るい笑顔で感謝し合う、そんな職場には温かみがあり、モノを言いやすい空気があり、新しいアイデアが生まれやすい。
なぜ(株)日本レーザーでは社員が辞めないか。それは「生涯働ける」という安心感があるから。「社員の幸福の実現」という(株)日本レーザーの理念が、病気やケガになっても「生涯働ける」という会社のあり方に通じている。目に見えない成功をどう評価するか確立させることは、中小企業の経営の肝ではないか、と近藤会長は言う。
●「ペア制度(ダブルアサインメント)」と「マルチタスク」で仕事の属人化を解消
(株)日本レーザーは、2007年頃から仕事の属人化を解消するために「ペア制度(別名:ダブルアサインメント 一業務二人担当制)」を取り入れている。一人の社員が複数の仕事を持つ「マルチタスク制度」もあわせて導入し、一人で行っていた業務を二人で行うことで発生する人件費の圧迫をうまくカバーしている。
以下の図1をご覧いただきたい。A社をRさんとSさんのペアで担当する。B社をSさんとTさんのペアで担当する。SさんはA社、B社というように複数の仕事を同時並行で担当していく。こうすることで、いつ誰が仕事を抜けることになっても業務が滞らない仕組みとなる。
これもCREDO(=理念)に「成長」という項目があり、それに基づいた運用上の規則で、まずは理念が先行している。近藤会長は、ペア制度(ダブルアサインメント)、マルチタスクをやらないと、中小企業は立ち行かないという。
●人材教育には売上の1%をかける
理念や仕組みがハードなら、それを実際に動かすのがソフトで、ソフトは会社の空気だから、社長や経営層のあり方で決まる、という。
何か問題があっても他責にしない。いい報告は笑顔で聞き、悪い報告はもっと笑顔で聞く。社員が言いたいことを言えることが、とても大事。
しかし、実際に実行するのは大変なことで、それには徹底的な教育しかない。まず週に1~2回の「会長塾」や「全社会議」でCREDO(=理念)の教育を頻繁に行う。それ以外にも人を大切にする経営の人材塾に毎年一人ずつ参加し、そのほか東京や京都の経営大学やEMBA(エグゼクティブ・マスター・オブ・ビジネス・アドミニストレーション)研修等に男女含めて20人以上が終了。その20人以上は社長ができるような人材へと成長している。これは(株)日本レーザー会社規模からすれば、とても多い。
教育には売上の1%をかけている。30億売り上げたら3,000万をかけるので、1人当たりはおよそ50万円。日本の1人当たりの教育訓練費は9,000円なので、桁が違う。人材育成を惜しまないところにも、人を大切にする経営理念があった。
取材協力、ありがとうございました。
【取材協力】
近藤 宣之 氏(こんどう のぶゆき)
株式会社 日本レーザー 会長
1994年、主力銀行から見放された(株)日本レーザー社長に就任。
人を大切にしながら利益を上げる改革で、就任1年目から黒字化させ、現在まで27年連続黒字、離職率ほぼゼロに導く。
2007年、ファンドを入れずに役員・正社員・嘱託社員が株主となる日本初の「MEBO」を実施。親会社から完全独立。
現役社長でありながら、日本経営合理化協会、松下幸之助経営塾、ダイヤモンド経営塾、慶應義塾大学大学院ビジネス・スクールなどで年50回講演。東京商工会議所1号議員。
第1回「日本でいちばん大切にしたい会社」大賞の「中小企業庁長官賞」、東京商工会議所の第10回「勇気ある経営大賞」、第3回「ホワイト企業大賞」など受賞多数。
2019年、会長に就任。
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