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大志を抱く挑戦者・藤井聡太七段(17)初めての封じ手を経験して1日目終了 王位戦七番勝負第2局

松本博文将棋ライター
(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

 7月13日。北海道札幌市・ホテルエミシア札幌において第61期王位戦七番勝負第2局▲木村一基王位(47歳)-△藤井聡太七段(17歳)戦、1日目の対局がおこなわれました。棋譜は公式ページをご覧ください。

藤井「北海道は昔、家族旅行で訪れたことがあったんですけど・・・。今回タイトル戦の対局という形で改めて訪れることができてよかったなと思っています」

 藤井七段は対局前日にそう語っていました。

“Boys, be ambitious!”(少年よ、大志を抱け)

 という言葉は札幌農学校・初代教頭のウィリアム・スミス・クラーク(1826-86)が言ったと伝わっています。(それが本当なのかどうかはよくわからないようです)

 純粋な気持ちで大志を抱いて努力する少年、少女を応援をしたくなるのは、人情というもの。しかしそんな少年、少女が多く揃うのが将棋界というところ。勝負の際には誰を応援していいのか、困ってしまうことにもなります。

 藤井七段がデビュー間もない四段時に作られた扇子は「大志」の揮毫でした。

 木村王位は北海道の将棋ファンに向けて、次のように語っています。

木村「北海道は大変将棋がさかんで、関心を持たれている方も多いです。両親もずいぶん前ですけれども住んでたことがあり、出身のところです。せいいっぱいがんばりたいと思います」

 木村少年は小4の時に札幌の将棋大会に参加しています。

 歴史的に北海道は将棋がさかんで、多くの少年、少女が全国的な強豪として輩出されています。

 木村少年は、当時札幌在住で小6の屋敷伸之少年(1985年中学生名人、史上最年少タイトル獲得記録保持者)や同じ小4の野月浩貴八段(1985年小学生名人、本局副立会人)と対戦しています。3人は1985年、奨励会に入会。棋士を目指すことになります。

 そのあたりの経緯は王位戦の担当記者である樋口薫さんの著書『受け師の道 百折不撓の棋士・木村一基』に詳しく記されています。木村王位ファンにとっては必読の一冊でしょう。

 対局前日、第2局の作戦について問われ、両対局者はそれぞれ、次のように語っていました。

木村「受け身になりがちですので、積極性を出せればいいなあ、というふうには思います。いろいろと考えてきたんですけど、まあ全部は言えませんので(笑)はい、まあこのへんで」

藤井「後手番ということで、こちらからすると展開は予想しづらいところはありますけど、持ち時間も長いので、何とか一手一手、しっかり考えて指していきたいなと思っています」

 対局は本日9時開始。木村王位先手で、戦型は得意の相掛かりに進みました。

 26手目。藤井七段が四段目に角を出ます。これは木村王位の浮き飛車を狙っているので、どこに逃げるか。元に居た二段目まで引くのが一般的と思われますが、木村王位は三段目を選びました。

 12時30分、昼食休憩。

 両対局者の昼食のお米には、北海道長沼産「ななつぼし」が使われたそうです。藤井七段の炒飯の上に乗っている帆立があまりに大きいので、大根に見間違えた、ということをABEMA聞き手の本田小百合女流三段は語っていました。

 13時30分、対局再開。藤井七段は次の手を指さずに考え続けます。前日、藤井七段の印象について尋ねられた木村王位は、次のように語っています。

木村「よく考える人だなあ、というのは感じましたね、はい」

 藤井七段は昼休1時間のカウントなしで1時間25分考え、6筋の歩をじっと一つ前に進めました。

 第1局の角換わりがかなり早いテンポで進んだのに対して、本局は比較的ゆっくりとした進行です。

 中段の折衝で、木村王位は一歩を得しました。藤井七段は木村王位の中段五段目の銀に対して、こちらも攻めの銀をチャリンとぶつけていいます。

 39手目。歩得の成果を得ている木村王位は銀を引き上げます。ゆっくりとした進行になれば、駒得が大きくクローズアップされることになります。

 本局で記録係を務めるのは広森航汰三段(19歳、中座真七段門下)。王位戦挑決(永瀬拓矢二冠-藤井七段戦)の際にも記録を担当していました。

 広森三段は封じ手の時間を前にして、図面用紙に現在の局面を書いていきます。

 2014年、広森三段が奨励会に合格した際、「北海道新聞」には次のように報じられています。

旭川市立永山南中2年の広森航汰君(13)が、日本将棋連盟の奨励会6級試験に合格した。今後は奨励会の昇級・昇段リーグ戦を戦い、プロ棋士となる四段を目指す。

(中略)国内最大規模の「JT将棋日本シリーズこども大会」北海道大会では、低学年の部で2009年に優勝、高学年の部でも11年、12年と連覇。現在は稚内出身の中座真七段の門下生でもある。

(中略)奨励会への合格は、旭川からは故小野敦生六段が1980年に、道北からは名寄出身の石田直裕四段が01年にそれぞれ果たして以来。

出典:「北海道新聞」2014年9月11日朝刊

 旭川からは小野敦生六段(1962-93、享年31歳)が棋士となっています。

 広森三段の師匠の中座真七段(1981年小学生名人戦ベスト8)と中井広恵女流(同年準優勝)は同じ稚内の出身。そして木村王位と同じ、佐瀬勇次名誉九段門下です。

 第1局では早いペースで進んで、1日目の段階で藤井七段がリードを奪いました。

 本局はここまでほぼ互角の推移。藤井七段の40手目は手が広いところで、いくつもの候補手が考えられそうです。

 18時。

「藤井七段が次の手を封じてください」

 立会人の深浦九段が声をかけ、藤井七段が40手目を封じることになりました。

 第1局では木村王位が封じました。本局で初めて、藤井七段に封じ手をすることになります。深浦九段が声をかけてから1分弱ほどして、藤井七段は封じ手を記入する意思を示しました。

 別室で封じ手を記入した後、藤井七段は対局室に戻ってきます。

 封じ手は通常であれば2通作成されますが、本局では異例の3通となりました。その理由については「王位戦特設ページ」をご覧ください。

 藤井七段は3通の封じ手を木村王位に渡します。木村王位は藤井七段のサインがないことを指摘。藤井七段にいったん戻しました。

 第1局では脇息の上に封筒を置いてその上でサインをし、少し話題となりました。今回は左手で持ったままサインをしています。

 木村王位もサインをして、また藤井七段に戻します。そして藤井七段から深浦九段に封じ手を預け、しばし撮影タイム。カメラマンの側からすれば、藤井七段が封じ手から手を離す時間は、少し早いと感じられたかもしれません。

 かくして1日目の対局は終了しました。

 明日2日目は封じ手が開封された後、9時に対局が再開されます。

 筆者手元のコンピュータ将棋ソフト「水匠2」は△6五銀を予想しています。

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将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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