新型コロナ問題人事労務Q&A(企業向け)
コロナ禍において、多くの企業人事の皆様は同じ悩みを抱えており、数多くの問い合わせを頂戴する中で、共通したお悩みも多くみられることから、人事の皆様の不安・不明点に少しでも助けとなればと思い、Q&A集を作成しました。
コロナ問題の人事QAとしては、既に厚生労働省の「新型コロナウイルスに関するQ&A(企業の方向け)」がありますが、行政が作成する性質上、踏み込んだ記載はできません。そのため、本Q&Aはこれよりも一歩実務に踏み込んだ記載をしております。
なお、実際のQ&Aは10万字近くなっており、Yahoo!ニュース個人のサイトで全てを公開することはできません。
そのため、本サイトではいくつか代表的なQAをご紹介することとして、全文は当事務所HPに掲載したいと思います(本記事末尾にリンクを置いておきます)。
※本Q&Aは令和2年4月27日時点の情報を元に執筆しています。
第1従業員の感染対応
Q1 従業員が、新型コロナウイルスに感染したことが判明した場合、どのような対応が必要でしょうか。
A 感染拡大防止の観点から、感染者である従業員は休業させることが必要です。
この場合の賃金については、労働契約上の給与、労基法26条の休業手当ともに支払は不要です(ただし、被用者保険(健康保険)の傷病手当金制度が利用できる場合あり)。その他、社内及び社外への感染拡大防止のために、濃厚接触者の有無の確認や、社内の消毒等その他の必要な措置を講じることが必要です。
【解説】
1 感染が判明した従業員への対応
新型コロナウイルス感染症は、感染法上の指定感染症であり、感染した従業員は都道府県知事による入院勧告を受けたり、特定の業種に就く者は就業制限の対象となります。実際に都道府県知事が当該従業員に対し入院勧告をしたり、就業制限を通知した場合は、それにより会社は休業させます。仮に、そうした勧告や就業制限がなくとも、感染拡大防止のために、当然に休業させます。
この場合、ノーワーク・ノーペイの原則(民法624条1項)に基づき、労働契約で定められている給与の支払は不要です(民法536条2項に基づく支払義務もありません)。
次に、労基法26条の休業手当ですが、上記就業制限に基づき休業させる場合は「使用者の責に帰すべき事由による休業」には該当せず、支払は不要と解されますが(厚労省Q&A(企業の方向け)令和2年4月14日時点版「4・問2」参照)、かかる制限なくして休業させた場合も同様です(休業手当の要件等、基本的考え方については後記Q6参照)。
なお、業務外で新型コロナウイルスに感染したことが前提ですが、上記のとおり休業手当の支給が不要であっても、4日以上の欠勤など当該従業員が加入する健康保険の要件を満たせば、傷病手当金が支給されます。会社は、要件も含め、当該従業員に同手当金について案内するとよいでしょう。
また、会社が休業を命じた場合でも、当該従業員が年次有給休暇の取得を希望したときは、会社はそれに応じても差支えありません。同休暇を取得するかどうかについては、休業を命じる前に当該従業員に確認すべきです。
2 感染拡大防止のために採るべきその他の措置
感染した従業員と同じ部屋で勤務していた者のほか、濃厚接触者がいないかを確認し、濃厚接触者がいれば在宅勤務又は自宅待機を命じます。
上記確認に当たっては、感染した従業員から、症状が出たと思われる時期からの社内での行動歴等を確認する必要がありますが、疫学調査による濃厚接触者の確定は感染症法に基づき所轄の保健所によって行われます。このため、所轄の保健所に感染者が発生したことを知らせ、対応について指導を受けたり、その調査に協力し、その結果をもって濃厚接触者を確定します(なお、会社は従業員から感染の報告を受けた場合は、感染拡大防止のために、速やかに所轄の保健所にその旨を連絡し、連携をとるべきです。)。
保健所との連携に関しては、連絡窓口担当者を決めておくことや、感染者が在籍する部署のフロアの見取り図(座席表)を準備すること、また、国立感染症研究所作成の「新型コロナウイルス感染症患者に対する積極的疫学調査実施要領」で用いられている調査票等を利用し、職場内での接触記録を予め準備することが望ましいとの指摘があり(日本産業衛生学会等作成「新型コロナウイルス情報 企業と個人に求められる対策(作成日2020年4月20日)」)、参考になります。
また、会社も保健所の調査に先立ち、濃厚接触者である見込みがある者については、感染拡大防止のために速やかに暫定的にでも自宅待機とすべきですが、上記調査票を利用することはこれにも有益です。
そして、この調査に際しては、会社のどの部署に所属する者(氏名の公表はしない)に感染が確認されたかや、いつごろ発症したかは社内で広く共有し、さらに感染が確認された従業員の所属する部署内や、業務をともにする他部署には、濃厚接触の疑いがある者がいないかの確認のためには、感染した従業員の氏名は明らかにする必要があります。
加えて、感染した従業員の社内での行動歴を踏まえた上で、保健所から消毒場所や消毒剤等の指導を受けた上で、必要な範囲での社内の消毒作業も実施すべきです。
以上の社内での対応に対し、取引先や会社が入居するビルの貸主や管理会社等への連絡といった対外的な対応も問題になります。まず取引先での濃厚接触者の有無の調査は所轄保健所も行ないますが、取引先での二次感染防止等の目的から、感染した従業員と濃厚接触した者が誰か、取引先も確認するに足りる情報、具体的には当該従業員の氏名、所属先、いつ感染が確認され、いつごろから症状が出ていたか、取引先担当者との直近での打合せ日時や場所等、会社が確認できた範囲の情報は、取引先に提供すべきです。
なお、新型コロナウイルスに感染したことは要配慮個人情報(健康情報)に該当し、原則としてあらかじめ本人の同意を得なければ第三者に提供できませんが(なお、同一事業主内部での情報共有は第三者提供に当たらず、同意は不要です)、上記目的に基づいた提供であり、かつ本人の同意を得ることが困難であれば、個人情報保護法の定める例外事由に該当するので、同意がなくとも提供可能です。既述の情報提供もあらかじめ本人の同意を得るようにすべきですが、そもそも感染して入院等し、密に連絡がとれなかったり、感染予防のために迅速な措置を講じるにはあらかじめ同意を得る時間的余裕がないなど、同意を得ることが困難なときは、上記目的の限りで同意を得ずに第三者へ提供しても、個人情報法保護法には違反しません。
他方でビルの貸主や管理会社に対しては、会社が賃借している専有部分の消毒についての連絡のためのほか、同フロアの他のテナントや共用部分の消毒の要否等、ビル全体での感染防止のために、感染者が出たこと(いつ感染が確定したか、いつごろから症状が出ていたか含む)や、フロア内のどのあたりに席を置いているか等を伝えれば十分で、感染した従業員の特定に通じる氏名を公表することは控えるべきです。
なお、従業員で感染者が出た会社において、HPなどで公表すべきについては悩ましい問題ですが、少なくとも一般客が来店する業態においては感染拡大を防止するためのプレスリリースを検討すべきでしょう。
Q2従業員に、咳や発熱等の症状が出ており、新型コロナウイルス感染の疑いがありますが、自宅待機を命じることは可能でしょうか。またその場合の賃金の支払はどう考えたらよいでしょうか。
A 感染拡大防止の観点から自宅待機を命じることは可能です。自宅待機を命じる基準としては、37.5度以上の熱がある、起床時の検温の結果、平熱+1度以上である、又は咳等体調不良があるのいずれかに該当する場合とすることが考えられます。また、この場合、休業手当(労基法26条)の支給は法律上は不要と考えられます。
【解説】
1 咳や発熱等の症状により感染が疑われる者に対する自宅待機命令の可否
新型コロナウイルス感染症の初期症状は熱や咳など風邪と区別がつかず、厚労省はそれら症状がある場合は本人のためにも感染拡大防止のためにも、会社を休むことを推奨しています。
また、(1)風邪の症状や37.5度以上の発熱が4日以上継続(解熱剤を飲み続けなければならないときを含む)する場合(ただし、重症化しやすい高齢者や基礎疾患がある者や妊婦は2日間程度継続する場合)や、(2)倦怠感(強いだるさ)や呼吸困難がある場合は、感染を疑い、最寄りの保健所等に設置されている「帰国者・接触者相談センター」に相談するようにとの目安が厚労省により示されています(厚労省HP「新型コロナウイルス感染症について」)。現状では、風邪の症状や37.5度以上の発熱が基本的に4日以上継続すれば行政機関へ相談するようにとされているのですから、風邪の症状が出ている時点でも十分に警戒しなければなりません。
そして、周知のとおり現時点では、新型コロナウイルス感染症に効く治療薬はなく、治療は対症療法で行われており、予防接種のためのワクチンもないために大多数の者は抗体を有していません。このため、風邪と似た症状が出ている従業員が、万一、新型コロナウイルスに感染していながらも通常どおり勤務していると、社内での感染拡大を招くおそれが否定できません。
したがって、現状では、従業員に風邪と似た症状が出ている段階で、当該従業員に対し、感染拡大防止の観点から必要かつ相当な指示として、自宅待機を命じることができると解されます。
なお、自宅待機を命じられた当該当該従業員が年次有給休暇の取得を希望した場合は、それを認めても差し支えありません。
2 自宅待機を命じる基準
具体的にどのような状態である場合に自宅待機を命じるのかについては、場当たり的にならないように、目安となる基準を設けておくのが有益です。
(1)発熱の観点からの基準
発熱の点でいうと、感染症法上は37.5度以上を「発熱」としていますが、既述のような特徴のある新型コロナウイルスの感染防止の観点からは、37.5度に至ってから待機を命じるのでは、遅きに失する場合もあるでしょう。
そもそもとして、平熱には個人差があり、発熱しているかどうかは一概にいえるものではなく、「自身の平熱よりも明らかに高ければ発熱」だということになります。そこで、「平熱」をどう見るかですが、人間には24時間単位の体温リズムがあり、通常は早朝が最も低く、徐々に上がり、夕方が最も高くなりますから、時間帯ごとに平熱は異なります。また、1日の体温差はほぼ1度以内です(以上の体温に関する記載については、テルモ株式会社ウェブサイト「テルモ体温研究所」参照)。
以上を踏まえると、感染症法上の発熱である37.5度以上である場合に自宅待機を命じるのは当然として、それ以外でも、最も体温の低い早朝(起床時)に検温した際に、各自の早朝の平熱よりも1度以上高い場合(例えば平熱36度における37度)は発熱している可能性が高いので、自宅待機を命じる基準とすることが考えられます。
この基準を運用する場合は、従業員らに対し、起床時の平熱をあらかじめ把握しておくこと、日々起床時に検温し、その結果を申告するよう求める必要があります。これは、感染拡大防止や、従業員の生命や身体の安全、事業継続のためという必要性に基づく相当なものであり、業務命令として行えるものと解されます。
なお、検温結果は要配慮個人情報(健康情報)に該当するので、上記取扱目的を本人に明示した上で、原則としてあらかじめ本人の同意を得て取得する必要がありますが、取得目的が上記のとおりであり、本人のあらかじめの同意を得るのが困難なときは法定の例外事由に該当しますから、本人の同意を得ずとも法的には取得可能です。
ただし、申告を命じたとしても、実際に申告されないと会社は把握しようがありませんから、上記目的についてしっかりと説明し、理解、協力を求めるべきです。
(2)体調不良の観点からの基準
帰国者・接触者相談センターへの相談目安とされている倦怠感(強いだるさ)や呼吸困難な状態になっていれば当然自宅待機させるべきは当然ですが、感染拡大防止の観点からは、風邪に似た症状があり体調不良である場合には、自宅待機をさせるべきです。なお、国立感染症研究所感染症疫学センター・「新型コロナウィルス感染症患者に対する積極的疫学調査実施要領(2020年4月20日暫定版)」では、新型コロナウイルス感染を疑う症状として、発熱、咳、呼吸困難、全身倦怠感、咽頭痛、鼻汁・鼻閉、頭痛、筋肉痛、下痢、嘔気・嘔吐などが挙げられています。
この場合も、自己申告により体調を把握するよりありません。
3 自宅待機期間中の休業手当の要否
労働基準法26条の「休業」は、労働者が労働契約に従って労働の用意をし、かつ労働の意思を有しているにもかかわらず、その提供を拒否され、又は不可能となった場合をいいますが、これは、労働者が労務提供可能な状態であることを前提としています。
そして、既述のとおり現状では、従業員に具体的な症状が出ていて、新型コロナウイルス感染が疑われる段階では、その者を通常どおり勤務させることには感染拡大のリスクがあるために、当該従業員は社会通念上、労務提供は不能と解さざるを得ません(もとより発熱が継続していたり、倦怠感や呼吸困難の症状まで出ていれば、新型コロナウイルスに感染しているか否かにかかわらず、社会通念上、通常どおり勤務することは不能といえます)。
よって、合理的疑いのある当該従業員を自宅待機させることは、「使用者の責めに帰すべき事由による休業」(労基法26条)にも該当せず、既述のとおり労働契約上の給与及び休業手当ともに、支払いは不要と解されます。
休業手当に関しては、感染の疑いのある者でも、通常どおり勤務できる状態であるのに自宅待機させる場合は支給すべきとの向きもあるでしょう。しかし、休業手当の解釈において濃厚接触者は出社させるべきという解釈は緊急事態宣言下の社会通念に反することや、何らかの症状が出ていながらも通常どおり勤務できる状態であるかを、誰が、どのように判断するかという問題もあり、実際上、休業手当の支払の要否の線引きが困難な場合も出てくると考えます。
なお、感染の疑いがあって自宅待機する者が、被用者保険(健康保険)に加入しており、4日以上休業を要するなど要件を満たせば傷病手当金の支給を受けられます。
Q3 従業員が濃厚接触者である場合、自宅待機を命じることは可能でしょうか。可能な場合、賃金の支払はどうなるでしょうか。その他、留意することはありますか。
A 従業員が濃厚接触者である場合は、感染拡大防止のために、少なくとも社内その他の人と接触する職場での勤務は避ける必要がありますが、未だ具体的症状はないために、在宅勤務が可能な職種はそれをさせ、不可能な職種は自宅待機をさせます。賃金については、在宅勤務時は通常どおり支払い、自宅待機の場合は休業手当(労基法26条)の支払いが必要な場合があると解されます。
その他、日々の健康状態については報告をさせ、会社も把握するべきです。
【解説】
1 「濃厚接触者」の意義
そもそもとして「濃厚接触者」とは、国立感染症研究所感染症疫学センター・「新型コロナウィルス感染症患者に対する積極的疫学調査実施要領(2020年4月20日暫定版)」によると、「患者(確定例):臨床的特徴等から新型コロナウイルス感染症が疑われ、かつ検査により新型コロナウィルス感染症と診断された者」が感染を疑う症状を呈した2日前から隔離開始までの間に接触した者のうち、次の範囲に該当するものとされています(なお、上記症状は発熱、咳、呼吸困難、全身倦怠感、咽頭痛、鼻汁・鼻閉、頭痛、筋肉痛、下痢、嘔気・嘔吐などを指します)。
・患者(確定例)と同居又は長時間の接触(社内、航空機内等を含む)があった者
・適切な感染防護無しに患者を診察、看護若しくは看護していた者
・患者(確定例)の気道分泌若しくは退役等の汚染物質に直接触れた可能性が高い者
・手で触れることの出来る距離(目安として1メートル)で、必要な感染予防策なしで、「患者(確定例)」と15分以上の接触があった者(周辺の環境や接触の状況等個々の状況から患者の感染性を総合的に判断する)
一方で、「臨床的特徴等から新型コロナウイルス感染症が疑われ、新型コロナウイルス感染症の疑似症と診断された者」は「疑似感染者」とされていますから(前掲「実施要領」)、「濃厚接触者」は、未だ新型コロナウイルス感染症の症状は出ていないことを前提としています。
2 濃厚接触者である従業員への自宅待機命令等
従業員が濃厚接触者であると判明した場合、保健所からは、当該従業員に対し、感染拡大防止の観点から、感染者と接触した最後の日から起算して、最低で14日間(新型コロナウィルス感染症の潜伏期間を踏まえ、WHOにより健康状態の観察が推奨されている期間)は、出社は控えるとともに、その健康状態について観察するようにとの要請がなされます。この要請を踏まえ、会社も当該従業員を最低でも14日間は出勤を控えさせる必要があります。
出勤を控えさせる具体的方法についてですが、前提として、濃厚接触者は新型コロナウイルスの感染者とは確定しておらず、また具体的症状は未だ出ていないために、職場での勤務は避けるべきであっても、就労自体は可能な状態であるといえます(具体的症状が出ていなくとも感染の可能性はありますが、他の従業員に対する感染リスクを無くすべく、就労場所を限定した場合でも、労務提供が不能というのは困難と思料します)。
このため、在宅勤務が可能な職種については在宅勤務を命じ、不可能な職種であるか、又は可能ではあるがあえて会社が在宅勤務を認めない場合は、自宅待機を命じます(感染防止の観点から、必要かつ相当な措置として、自宅待機を命じることは可能です)。
なお、新型コロナウイルス感染者及びその疑いがある者の場合と同様に、濃厚接触者が年次有給休暇の取得を希望した場合は、在宅勤務をさせる場合は当然に取得させねばなりませんし、自宅待機を命じる場合は年休の取得を認めて差支えありません。
3 自宅待機等を命じた場合の休業手当の要否
そして、賃金については、在宅勤務を命じた場合は労働契約上の給与を通常どおり支払いますが、自宅待機を命じた場合は、休業手当(労基法26条)の支払が必要になる場合があると解されます。
すなわち、自宅待機の原因である、濃厚接触者になったこと、感染拡大防止のために出社させず、健康状態を一定期間観察すべきことは、会社外部に起因し、会社には避けようがないことです。そして、在宅勤務が不可能な職種については、自宅待機を命じる原因は既述のとおり事業の外部で生じたことですし、使用者としても自宅待機により就労できない状況を回避するための具体的努力の尽くしようもないのですから、不可抗力のよる休業として休業手当の支給は不要と解されます。
一方で、在宅勤務が可能な職種でありながら、あえて会社がそれを認めず、自宅待機を命じる場合は、会社が就労できない状態を回避するための具体的努力を最大限尽くしたとはいえず、「使用者の責めに帰すべき休業」に当たり、同手当の支給が必要と考えます。
Q4 新型コロナウイルスに感染した者、感染の疑いがある者、又は濃厚接触者である者を、休業または自宅待機させた場合、職場への復帰の可否はどのように考えたらよいでしょうか。復帰の条件として新型コロナウイルスに感染していないことの証明を求めてもよいでしょうか。
A 復帰は、感染拡大のおそれがなく、通常どおりの労務提供が可能または職場での勤務可能と会社が判断できた時点でさせますが、具体的基準は、日本産業衛生学会等が示しているものが参考になります。他方で、新型コロナウイルスに感染していないことの証明(陰性証明書)まで求めることはできないと解されます。
【解説】
1 感染者及び感染の疑いがある者の復帰についての基本的考え方
職場復帰の時期についての考え方自体は、傷病に罹患した従業員が、それが原因で休業や休職した場合と同様です。すなわち、当該従業員に就労の妨げとなる発熱等の症状がなくなった上で、あくまで会社が就労可能と判断したときをもって職場復帰させます。
問題は、どのようにして就労可能と判断するかですが、以下2及び3で解説します。
2 感染者(感染の疑いのある者が陽性であった場合を含む)の復帰について
感染症法における、新型コロナウイルス入院した者の退院の取扱いについては、発熱等の症状軽快から24時間後にPCR検査(1回目の検査)を受けて陰性が確認され、1回目の検体採取から24時間後にさらにPCR検査(2回目)を行ない、2回連続で陰性となった場合は退院できるとの基準が設けられています(令和2年4月2日付け健感発0402第1号)。加えて、無症状で病原体を保有する者や軽症者(以下「軽症者等」)で宿泊療養や自宅療養(以下「宿泊療養等」)する者についても、原則として上記退院基準と同様の基準で、宿泊療養等を解除するとされています。ただし、PCR検査を実施しない場合には例外的に宿泊療養等を開始した日から14日経過したときに、宿泊療養等を解除することができるともされています(厚労省新型コロナウイルス感染症対策推進本部・令和2年4月2日付「事務連絡」)。
労働契約上、復帰させるかどうかは、従業員がこの基準に従い退院し又は宿泊療養等を解除されたことを前提に、その者の退院等の時点での健康状態に照らし、同人が担当する業務を支障なく行なえるかどうかを、主治医の見解も踏まえつつ判断します。
ただし、厚労省によると、まれにですが、退院後、再度新型コロナウイルスが陽性となる例が数例確認されており、このため退院後4週間は健康状態を引き続き観察し、咳や発熱等の症状があれば、帰国者・接触者相談センターに連絡し、指示に従い、必要に応じて医療機関を受診するようにとされています(厚労省Q&A(一般の方向け)参照)。また、日本産業衛生学会等の作成による「新型コロナウイルス情報 企業と個人に求められる対策(作成日2020年4月20日)」(以下「新型コロナ情報(4月20日版)」)では、退院時(自宅療養・宿泊療養の解除を含む)には他人への感染性は低いが、まれにPCR陽性が持続する場合があるので、「退院後(宿泊施設での療養・自宅での療養を含む)2週間程度は外出を控えることが望ましく、この期間は在宅勤務もしくは自宅待機を行うこと。」とされています。
したがって、上記も踏まえると、退院等の後に従業員を復帰させるとしても、退院等の後、2週間は在宅勤務をさせるべきで、それができない職種については自宅待機をさせるのが妥当です(自宅待機の場合は休業手当の支払が必要)。また当該従業員には、退院後、4週間は日々の検温や健康状態の確認と、その結果についての報告を求めるべきです。
3 感染の疑いがあったが、新型コロナウイルス感染症との診断に至らなかった者の復帰について
感染の疑いがあったもののPCR検査が不要と判断された者、又は検査の結果、陰性であった者等、新型コロナウイルス感染症との診断に至らなかった者については、発熱やその他、就労の妨げになる症状が消失し、治癒したかどうかをもって通常どおり労務提供が可能かを判断します。
その具体的基準として、上記「新型コロナ情報(4月20日版)」は、自然経過により解熱・症状が軽快した場合について、ヨーロッパCDCの隔離解雇基準を参考に職場復帰の目安を以下のとおりにまとめています。
次の1)および2)の両方の条件を満たすこと
1) 発症後に少なくても8日が経過している
2) 薬剤*を服用していない状態で、
解熱後および症状**消失後に少なくても3日が経過している
*解熱剤を含む症状を緩和させる薬剤
**咳・咽頭痛・息切れ・全身倦怠感・下痢など
傷病に罹患し、休業又は休職した従業員の復帰の可否を判断するには、その者の現在の健康状態を踏まえ、就労可否についての見解を述べる主治医の診断書の提出を求めるのが一般的であり、発熱等の症状の故に新型コロナウイルス感染が疑われ、自宅待機となった者についても、主治医の診断書を確認した上で、上記基準に照らして復帰の可否を判断したいところです。
もっとも、医療現場が逼迫している状況では、診断書の取得が容易ではない場合もあります。また、そもそも自宅待機中に医療機関を受診しないままに自然経過で解熱や軽快したという場合も想定されます。
したがって、第一義的には主治医の診断書の提出を求めつつも、それが得られないやむを得ない事情がある場合には、主治医の診断書等の見解なしに、上記基準に照らして復帰の可否を判断せざるを得ない場合もあるでしょう。
ところで、厚労省Q&A(企業の方向け)4月21日時点版「4・問3」では熱等の症状があり新型コロナウイルスの感染が疑われる者の自宅待機に関して、「帰国者・接触者センター」での相談結果を踏まえても、「職務の継続が可能」である者について、使用者の自主的判断で休業させる場合には、一般的に「使用者の責に帰すべき事由による休業」に該当し、休業手当を支払う必要があるとの見解が示されています。しかしながら、「職務の継続が可能」であるか否か、すなわち復帰可能か否かは、同センターによる感染の疑いなしとの判断のみに基づくのではなく、既述のとおりに具体的な健康状態を踏まえた慎重な判断が必要です。感染拡大防止の観点から、熱が下がったので即出勤と扱わないようよう留意しましょう。
4 濃厚接触者の復帰について
濃厚接触者については、感染者との最終接触日の翌日から14日間の自宅待機(または在宅勤務)中に健康状態の観察が必要であり、その間で具体的症状が出れば、保健所の指導を受けつつ、PCR検査を受けるほか、然るべき治療行為が行われることになりますから、この場合の復帰の可否の判断のあり方は、感染者の場合は上記2と、感染の疑いはあったが新型コロナウイルス感染症と判断されなかった場合は上記3と同様に解されます。
他方で、14日間の自宅待機(または在宅勤務)を経ても、具体的症状が出ることなく、通常どおり労務提供できる健康状態であれば、自宅待機を解き、職場へ復帰させることになります。ただし、感染予防の観点から、既に在宅勤務をしていた場合はそれを継続させることは可能ですし、自宅待機をさせていた者に在宅勤務を命じることも可能です。
5 新型コロナウイルスに感染していないことの証明を求めることの可否
近時、企業において、新型コロナウイルスに感染していないことの証明を従業員に業務指示により求める例があるようです。
しかしながら、現状では、PCR検査でしか感染の有無は確実には判定できない上に、各人が希望すればPCR検査を受けられるものではなく、帰国者・接触者センターが必要性を判断し、専門の外来を手配した場合に実施されることになっています。したがって、新型コロナウイルスに感染していないことの証明は、PCR検査により陰性の判定を受けることを前提とすることになりますが、現状ではこれは誰しもが行なえるものではないために、かかる証明を業務命令により求めることはできないと解されますし、無理にこれを求めることは不可能なことを強制するパワハラにもなりかねませんのでご注意ください。
第2 採用・内定・入社延期・新人研修
Q5 新入社員には、従来3カ月程度の期間で、本社での研修後、現場での実習をさせて配属させていました。今年は全社的に在宅勤務体制を採っていますので、本社での導入研修はオンラインで実施するとしても、その後配属させるわけにもいかず、在宅勤務が長引いたら、その期間、新入社員をどのように扱ったらよいか頭を悩ませています。
A 新型コロナウィルス感染症拡大に伴い、今年度の入社式もオンラインで実施したり、式そのものを中止したりする企業が相次ぎました。導入研修については新入社員の戦力化を遅らせることはできず、4月中はオンラインで実施した会社が多くありましたが、5月以降の対応については各社各様です。
【解説】
5月以降は現場実習的なメニューを考えていた会社も多いと思いますが、それに代わる教育研修については次のような実施方法が考えられます。
(1) 当面(6月末くらいまで)可能限りe-ラーニングやオンラインでの研修を実施。
(2) 当面(6月末くらいまで)休業にして様子を見る。
(3) 取敢えず部署に配属させて、所属部署に教育してもらう。
会社としては新入社員の早期戦力化を目指す一方、新入社員の側も早く仕事を覚えていきたいという成長欲求が強い時期でもありますので、選択肢(1)や(3)のように、6月末までの期間は教育訓練に充てるとするのが多いと思われます。(1)が人事部が主体で実施するのに対して、(3)は所属部署が主体に変わるとなりますが、引き続きe-ラーニングやオンラインで実施することは変わりありません。
(2)の場合でも、会社として社員を休業させた上で雇用調整助成金の申請を予定している企業では、2020年4月1日~2020年6月30日の緊急対応期間中は、新入社員の休業も助成金の対象となり、教育訓練加算(中小企業:1日2,400円/人)も期待できることから、助成金を考慮して教育を実施することも考えられます。
今回の緊急対応期間は、自宅からのオンライン参加も教育訓練加算の対象となっており、片方向・双方向での受講もともに認められています。講師は、一定程度の技能、実務経験、経歴のある者となっており、社内講師も可とされています。
なお、翌年4月の新入社員選考ももうスタートしていると思いますが、これはネットによる動画面接・課題提出を駆使して行わざるを得ないでしょう。採用内定まで一度も直接会わないというのは何とも怖いところがありますが、今後はそういった世界になるのかもしれません。
Q6 新型コロナウィルスによる売上減・休業により内定取消を行うことができますか?
A 新型コロナウィルスによる経営難を理由とする内定取消は整理解雇と同様の状況となるため、行うとしても新入社員も助成金を活用した雇用維持を検討した上でやむを得ない場合に限るべきでしょう。
【解説】
内定状態は、法的には既に「始期付き解約留保権付」労働契約が成立している状態ですので、内定取消は解雇と同様の議論になります。そして、解雇には、客観的合理的理由と社会通念上の相当性が要求されます(労契法16条)。
この点、新型コロナウィルスによる経営難や休業継続を理由とする内定取消は、整理解雇と同様の検討を行うことになるでしょう。
整理解雇については判例上
(1)人員削減の必要性
(2)解雇回避努力(内定取消回避のための経営努力をしたか)
(3)人選の合理性
(4)手続の妥当性
という要素が検討要素となります。
(1)については客観的な経営状態、具体的には、キャッシュ・借入の多寡・今後の資金繰り・融資の見通し、営業継続の見込み、毎月の固定費額などが検討されるでしょう。
(2)についてはコスト削減として遊休資産の売却や役員報酬の減額・返上、非正規雇用を含めたリストラ状況が問われます。通常、正社員に対する整理解雇では希望退職募集の実施状況が問われるところですが内定取消については希望退職募集を行うことは必須ではないでしょう。とはいえ、内定取消よりも、内定辞退として話し合いによる合意を選択する場合もあるでしょう。また、政府が特例を用意している雇用調整助成金は新入社員も対象になるため、次のQで述べる入社延期(休業)も検討することが必要と言える状況です。
(3)については、内定者全員という場合であれば考慮されませんが、一部の者について内定取り消しを行うのであれば、担当予定業務、スキル、能力の有無など、客観的に説明可能な基準により行うべきです。
(4)については、「もうコロナで事業が厳しいから即取消だ」という拙速な判断をするのではなく、せめて内定者に対する十分な説明と、可能な限りの保障を検討する必要があるでしょう。
なお、厚労省Q&Aによれば、「新卒の採用内定者について労働契約が成立したと認められる場合には、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない採用内定の取消は無効となります。事業主は、このことについて十分に留意し採用内定の取り消しを防止するため、最大限の経営努力を行う等あらゆる手段を講ずる」必要があるとしていますので、「あらゆる手段」を検討したうえで、内定取消は、会社が生き残るための最後の手段としてください。新卒採用を行わなくなる会社は新陳代謝がなくなり組織として不活性になりますし、採用市場での評判も極めて悪いことになります。もちろん、企業が生き残るためにはやむを得ない状況であれば、仕方がありませんが、本当にやむを得ないかどうかを真摯に検討する必要があるでしょう。
最後に、解雇等、会社都合での退職は雇用調整助成金の助成率に影響しますので注意が必要です。
第3退職
Q7 新型コロナウイルスの影響で、売上が激減したことによる、事業縮小とそれに伴う人員整理として、希望退職の募集や退職勧奨を実施したいのですが、どのような点に留意したらよいのでしょうか。
A いずれの場合も、一般的な留意事項をおさえる他は、会社の経営状況や今後の見通しを踏まえ、可能な範囲で実施期間や、退職を動機づけるための条件設定をすべきです。
【解説】
1 経営危機下において、退職勧奨や希望退職はどのように用いるか
経営危機下において、人員削減の必要性が生じた場合、手段として整理解雇がありますが、解雇権濫用に当たらないか、裁判所による厳しい審査がなされます。この判断は諸要素の総合考慮でなされるので、最終的に解雇が有効となるか否かの予測がつきにくい上に、訴訟等での紛争になれば、その対応のために金銭的、時間的、人的コストが避けられません。このため、整理解雇に踏み切ることにはリスクを伴いますが、退職勧奨や希望退職募集により、従業員と退職合意をすればこのリスクを避けられます。
また、整理解雇の有効性を判断する要素として、解雇回避努力がありますが、実際に人員削減自体は実施しながらも、解雇自体は回避できる希望退職募集はその一環として取られることの多い措置です。
新型コロナウイルスの影響による経営危機下では、人員削減を急ぐ必要があり、またこれらに従業員が応じるように動機付けするために金銭給付をするにしても多額のものを用意することは困難ではありますが、上記観点からは、整理解雇を予定する場合はもちろん、していない場合でも、人員削減方法として、まずとるべき措置です。
なお、削減対象が少ない場合などは、希望退職を実施しつつ、個別に退職勧奨をすることもあります。
2 退職勧奨の留意点
既述のとおり、退職勧奨は、使用者が従業員に対し、自発的に退職するように促すための事実行為であり、これに従業員が応じて合意することで退職という効果が発生します。いわば説得行為であるのでそれ自体には法律上の要件等はありませんが、従業員自ら退職を決断してもらうためには、理由を十分に説明する必要があります。新型コロナウイルスの影響による経営危機が理由ならば会社の現在の経営状況や今後の見通しが厳しいこと、事業計画等の概要を含め、人員削減が必要な理由を資料等を用いて説明するとともに、当該従業員が退職勧奨の対象となった理由を説明すべきです。判断に影響を与え得る重要な事実を伝えなかったり、事実に反することを伝えて合意をしても、後に退職の意思表示が錯誤により取消し(民法95条1項)されるおそれがあります。
また、自発的に退職を決断してもらうにあたっては、通常、本人に理解を求め、説得のために丁寧な説明を重ねることや、退職勧奨をするタイミングも重要です。加えて、会社の設ける規程に基づく退職金とは別に、加算金その他の一時金の支払いや再就職支援案等を、退職の動機付けとなるように提示することも通常よくあります。もっとも、新型コロナウイルスの影響による経営危機が現実化している状況では、会社の体力や時間的余裕にも限度があります。したがって、それらとの兼ね合いで、限られた期間内で退職勧奨をすることにして、その期間内で退職勧奨に応じてもらえない場合は、切り上げて、必要に応じて次の段階(整理解雇)へ進めたり、加算金その他の一時金の支払等の条件も会社に余裕がある場合と比べれば低いものとなってもやむを得ないところです。そうした中で、一時金の支給を提案するならば、経営状況が厳しいものの、一定期間内で退職を決断してもらえるならば一時金を支給するといった条件提示の仕方が考えられます。
他方で、退職勧奨も目的、手段、態様によっては社会通念上、許容される限界を超えており、会社が不法行為による損害賠償責任(民法709条)を負う場合もあり得ます。過去の裁判例を踏まえると、
(1)退職勧奨の回数・期間
(2)退職勧奨を行う時間
(3)勧奨を行う者の人数
(4)退職勧奨を行う際の具体的言動
等に留意する必要があります。
過去の裁判例(下関商業高校事件・最判昭55.7.10)は、3~4か月の間に11回~13回にわたり、4~6名の者が、退職するまで続けるとの言動のもと、短い場合は20分、長い場合は2時間15分にわたり行った退職勧奨は、あまりに執拗になされたもので、退職勧奨として許容される限界を超えており、労働者が退職しないとの意思表示を明らかにした場合は、新たな条件提示をする等の事情がない限り、一旦中断し、時期を改めるべきであったとし、違法だとされています。新型コロナウイルスの影響による経営危機下では、そもそも退職勧奨を実施する期間、回数は限られると思われますが、上記各点を踏まえ、執拗だとは言われないように留意すべきです。なお、1週間に2~3回、それぞれ1時間程度の面談であれば執拗とは評価されないでしょう。
他方で、対象となった従業員が退職勧奨に否定的な意思を示した場合でも、直ちに退職勧奨を終了しなければならないものではなく、具体的かつ丁寧に説明・説得活動等をして再検討を求めることは社会通念上相当な態様である限り許容されると判断した裁判例(日本IBM事件・東京地判平23.12.28)もあります。
そのため、退職勧奨に応じない旨の意思が示されたとしても、応じない理由として述べられた内容を踏まえ、翻意の可能性があるといえれば、新たな条件を提示することも含め、改めて説得を試みることは可能です。
その他の留意点として、退職勧奨の際に、退職後に再雇用の約束をし、合意退職(会社都合)をした場合、現行制度の下では、再就職活動の意思が否定され、失業保険を受給できない可能性があります。激甚災害時と同様に休業の場合でも支給対象とする特例が認められることが望まれます。
3 希望退職募集の留意点
希望退職募集の実施に当たっては、具体的にどの範囲の人員を対象にするのか、何人までの応募を受けるのか、応募の動機付けとして一時金支給等どのような条件を設定するか、募集期間をどの位とするかについて、検討が必要です。
対象人員の範囲については、人員削減後に、どのような体制で事業を立て直し、継続するか、そのためにどのような人員が必要かという観点から設定します。会社にとって、有為な人材の退職を避けたい場合には、募集対象から除かれるように範囲を設定したり、または、応募してきた者の中で会社が承諾した者に限り、希望退職の枠組みでの退職を認めるというような対応もあります。広く一般の希望退職募集を行うと、優秀人材ほどモチベーションが低下する傾向が見られますので注意が必要です。対象人数が少ない場合は、一般的な希望退職募集ではなく、あくまで指名の退職勧奨の方が相応しいケースもあります。
他方で、一時金は退職の動機付けになるものを設定するのが通常ですし、また募集期間も従業員が十分に検討できるような期間を通常は設けるべきですが、新型コロナウイルスの影響での経営危機が現実化していたり、まして倒産の危機がある場合には、多額の出費や多くの時間をかけることはできません。
そのため、例えば、募集期間は1週間~10日間としたり、応募者に対する一時金についても解雇予告手当を1か月分上乗せする等、会社の体力が許す範囲での条件提示をせざるを得ないと考えます。
また、募集に当たっては、なぜ人員削減が必要なのかについて、従業員へのアナウンスが必要であり、応募するかどうかを判断できる程度に会社の経営状況や見通し等を説明するべきです。
なお、退職勧奨にもいえることですが、退職の効果自体は、従業員と合意しなければ生じません。退職時期や一時金の支給の有無も含め、退職の合意をしたことについては、書面で合意書を作成しておくことが重要です。
第4 労働組合対応
Q8:緊急事態宣言下における労働組合の団体交渉要求への対応は?
【設問】
当社は、行政の緊急事態宣言が出された以降、全社的に出社制限をしており、事務職の大半はテレワーク、現場職は輪番制や出退勤の時間変更などによって対処しています。ところが、この情勢の中で、労働組合より団体交渉を申し入れられました。どのように対応すれば良いでしょうか。そして、この場合、団交議題が1.春闘などの定期的な場合と、2.コロナ禍の影響による業績不振に伴う賃金の切り下げに関する場合とで違いはあるでしょうか。また、労働組合が社内労組の場合と、結成されたばかりの合同労組(ユニオン)の場合とで違いはあるでしょうか。
A 対面での団体交渉は典型的な三密の会議となりますのでできる限り避けるべきであり、労働組合の理解と協力を得た上で、WEB会議等による代替手段によるべきであり、理解と協力のための説明を尽くせば、労働組合が対面式の団体交渉にこだわったために結果的に団体交渉が開催されなくとも不当労働行為にはならないと考えられます。
【解説】
労働組合の団体交渉申し入れに対して、会社が正当な理由なくこれを拒んだ場合、不当な団交拒否として不当労働行為と評価されます(労組法7条2号)。これを、会社の誠実交渉義務、といいます。
そして、団体交渉の方式(人数、場所、時間等)は団交に先立っての事前協議によって労使間で合意し、その合意に基づいて行うことが通常です。当該合意があったにもかかわらず、会社が正当な理由なくこれを一方的に変更した場合も、やはり団交拒否の不当労働行為と評価されるでしょう。
もっとも、団体交渉は、通常、労働組合側と使用者側がそれぞれ複数名で会議の形式をとって行われるところ、これはまさに密閉空間において、密集した人員によって、密接な距離感で行われるものです。したがって、典型的な「三密」のケースといえます。
さりとて、団体交渉が「三密」を伴うことを根拠に、団体交渉自体の開催を会社側がすべて拒む、というのでは、団交拒否に正当な理由があると常にいえるとは限りません。
なぜなら、団体交渉権は、労使間の協議によって従業員の労働条件や待遇その他の事項についてこれを決めていくという、労働組合の憲法上の権利であり、これを軽視すると見られかねない態度が、上記の誠実交渉義務違反として、不当労働行為と評価される恐れがあるからです。特に、今の時期においてはリストラや休業手当に関する団体交渉の必要性それ自体は高いと言えるでしょう。
<代替措置が可能か>
三密を避けるために対面式の団交は避けるべきではありますが、WEB会議(電話会議だと出席人員が同時に会議に参加するのは困難なので、ZoomなどによるWEB会議が適切でしょう)によって代替が可能であれば、事前の事務折衝などによる労使協議によってWEB会議による団体交渉の開催について合意した上で、これを行うことが考えられます。
この場合、WEB会議を行う体制が整うまでの合理的期間、延期の申しれをしても、十分に合理性があり、正当といえるでしょう。
こ れに対して、労働組合側が対面式にこだわったとしても、弊害を十分に共通認識とした上で、WEB会議に理解を求めるために会社として十分に説明を尽くせば、結果的に団体交渉が開催できなくとも、不当な団交拒否にはならないといえます。
ま た、労働組合側にWEB環境がなく、その費用負担を会社に求めてきた場合は、これは労働組合に対する経費援助という不当労働行為(労組法7条3号)となりうるので、注意が必要です。そのような労働組合の申し入れは、会社として受け入れるべきではありません。
し たがって、会社側が申し出たにもかかわらず、労働組合側がWEB会議に応じなかったために、結果的に団体交渉が開催できなかったとしても、不当労働行為にはならないといえます。
<団交議題によって扱いの違いはあるか>
上記の考え方は団交議題がどのようなものかによって違いが生じるものではありません。例えば、春闘のような場合であれば、組合と協議して緊急事態宣言が終了して状況が好転するまでは前年実績や最低保障について仮合意をした上で追って団交を開催する、というやり方も十分に考えられます。
も っとも、例えばコロナ禍に伴う労働条件の変更や業績悪化に伴う退職勧奨や整理解雇など、まさに必要至急に労使合意が求められる議題については、労働組合側としても悠長に団交延期の申し入れを唯々諾々としない可能性が極めて高いといえます。このような緊急議題の場合は、団交を開くかどうかは上記のとおりですが、ビデオ会議・電話・メール等の手段により、団体交渉に至らない事務折衝等を充実させ、労組側が議題を検討するに足る資料等は事前に交付したり、これについての会社の説明も十分に行い、必要な情報の共有に努めるべきでしょう。
そのような情報の共有のための提供や事前協議手段について会社として十分に説明を尽くしたにも関わらず、労働組合側が対面団交にこだわり、結果的に団体交渉が開催されなかったとしても、不当労働行為にはならないといえます。
<社内労組と合同労組とで扱いの違いはあるか>
社内労組とユニオンとで法的な相違はない以上 、対応も基本的には同じです。むしろ、法的に承認されている労働組合である以上、その扱いに相違を設けてはならないのが本則です。
但し、例えば現在の状況下において、ユニオンが初めて団体交渉申し入れを行ってきた場合、双方に全くの面識がなく、信頼関係が構築されているとはいえません。この場合、初めての団体交渉ということで、ユニオン側が特に対面団交にこだわる可能性がありますが、ビデオ会議・電話・メール等による事務折衝等を通じて、コロナ禍に対する上記のような会社の対応を十分に説明した上で、理解と協力を求める姿勢が望まれます。例え、労働組合がその説明に納得しなくとも、納得するに足りる説明を尽くせば、結果的に団体交渉が開催されなかったとしても、不当労働行為にはならないといえます。
なお、裁判所や労働委員会も緊急事態宣言下においては期日が延期となり開催されておりません。
以上、Q&Aからの抜粋でした。全文はこちらをご覧ください。