日本が「衰退国家」「環境後進国」とならないためには?NGOや専門家が対案訴え―脱炭素社会実現
相次ぐ異常気象が世界中を襲う中、国際社会の課題の中でも最も重要なものの一つと位置づけられている地球温暖化対策。日本政府も、長期戦略案を先月の23日にまとめ、今月16日までのパブリックコメントを経て、来月、大阪府で開催されるG20(20カ国・地域首脳会議)までに正式決定する見通しだ。だが、現在の政府案は、石炭火力や原発といった電力会社やプラントメーカーの既得利権を維持する時代遅れのもの。今月9日、複数の環境NGOが主催し、衆議院第一議員会館で行われたセミナーでは、政府案への厳しい意見が相次いだ。また、一人でも多くの市民がパブリックコメントへ意見を送るよう、呼びかけられた。
【動画】20190509 eシフトセミナー(UPLAN撮影・公開)
○日本政府案のポイント
今回、日本政府が取りまとめた「パリ協定長期成長戦略案」(以下、「政府案」)の基本的な考え方は、要約すると、
・最終的な到達点として「脱炭素社会」を掲げ、それを野心的に今世紀後半のできるだけ早期に実現することを目指す
・イノベーションを通じた「環境と成長の好循環」の実現
といったものだ。具体策としては、再生可能エネルギーの「主力電源化」や、新たなエネルギー源として温室効果ガスであるCO2を排出しない水素を活用、環境に配慮した投融資「グリーン・ファイナンス」の推進などをあげている。一見、良いことのようにも見えるが、その内容には、様々な問題がある。
○最大排出源である石炭火力発電を事実上「推進継続」
今回の日本政府案の最大の問題と言えるのが、温暖化防止で最も重要かつ速やかに行うべき石炭火力発電の全廃の方針を打ち出せなかった上、むしろ推進を継続することだろう。日本全体の温室効果ガスの排出の4割近くが発電所からの排出であり、その約半分を石炭火力が占める。石炭は、CO2の排出係数が高く、天然ガスの2倍以上ものCO2を排出してしまう。今年2月に来日し、都内で会見を行ったクリスティアナ・フィゲレス前国連気候変動枠組条約事務局長も、「石炭火力発電の新設はすべきではない。日本は石炭火力技術の輸出を続けることで国際的評判を落としている」と警告した*。
*クリスティアナ・フィゲレス前国連気候変動枠組条約事務局長 会見(日本記者クラブ)
https://www.jnpc.or.jp/archive/conferences/35326/report
今月9日の院内セミナー「パリ協定に基づく日本の2050年長期戦略 原発・石炭火力は論外、不確実なイノベーションよりシステムチェンジを」でも、NPO法人「気候ネットワーク」の平田仁子理事が「正直なところ、非常にがっかりした」と述べ、石炭火力発電の全廃が政府案に盛り込まれなかったことに失望感をあらわにした。また、平田氏は「日本国内で現在進行中の石炭火力新規計画は25基」「2020年・オリンピック年は、大型石炭火力6基が運転を開始し、石炭ラッシュになる」と指摘した。
平田氏は、世界的な環境NGOを含む国内外の約50団体が安倍政権に対し石炭火力を止めるよう、英フィナンシャル・タイムズ紙や読売新聞に意見広告を掲載したことに触れ、この期に及んで尚も石炭火力発電を推進する日本へ、国際社会から厳しい視線が向けられていると訴えた。平田氏は「石炭火力発電の新規計画は中止し、既存の石炭火力発電所も2019~2030年に順次廃止すべき」「海外の石炭火力発電への日本からの公的支援を直ちに中止すべき」と求めた。
○原発もやめられず
政府案では原発についても「実用段階にある脱炭素化の選択肢」「原子力関連の技術のイノベーションを促進するという観点が重要」との記述があり、事実上の推進継続だ。だが、世界的に見れば、太陽光や風力などの再生可能エネルギーのめざましい躍進の一方、安全対策にコストがかかり、建設や合意形成に時間を要する原発は競争力を失っている*。あくまで原発に固執する日本の政策は、完全に時代錯誤だ。
*太陽光、風力に駆逐され原発はオワコン化ー安倍ジャパンだけが直視しないエネルギー産業の激変
https://news.yahoo.co.jp/byline/shivarei/20190128-00112689/
院内セミナーで、認定特定非営利法人「原子力情報資料室」の松久保肇氏は「原発に固執する政府の政策が、CO2排出量削減を阻んでいる」と指摘した。「(電力の)長期需給見通しで、国は2030年時点の原子力を20~22%としており、原子力に対する多くの政策的支援をしています。原発が20~22%の電力を供給する中、他の電源に投資すると、供給過剰となり電力価格は低下します。電力大手は既に原発再稼働に多額の投資をしており、他の電源への投資はできませんし、新電力側は原発が稼働するリスクから発電事業に投資できません」(同)。松久保氏は、「脱原発と再生可能エネルギー最大限導入が、CO2排出量削減の最短ルート」と強調した。
○イノベーションより既存技術の普及が重要
東北大学環境科学研究科教授の明日香壽川氏も、院内セミナーで日本のエネルギー政策の言行不一致を追及。政府案では「再生可能エネルギーを主力電源化」と書かれているが、明日香教授は「2019年度エネルギー関連予算1兆8835億円の約8割が原発・化石燃料関連です」と政府予算が原発と化石燃料に集中していることを指摘した。「なんとなく『技術』と言っていれば、体裁がつくと考えているのかもしれませんが、(再生可能エネルギーの)具体的な数値目標やその引き上げが無い限り、国際社会も企業も市場も日本を信用しません」(明日香教授)。
明日香教授は、「JUST(日本のエネルギー・ミックス)と温暖化対策数値目標を考える研究者グループ」による、省エネや再生可能エネルギーの既存技術を中心に、原子力を使わないでも、2050年時に1990年比で90%の温室効果ガス排出量削減が可能だとのシナリオを紹介*。政府案で多用される「非連続的なイノベーション」よりも、既存の技術を直ちに普及させることの重要性を説いた。
*電気自動車は商業化間近の新技術を活用。
○日本でも自然エネルギー100%目標を
工学博士で、認定NPO法人「環境エネルギー政策研究所」の主席研究員の松原弘直氏は、院内セミナーで、「2017年末までに世界の太陽光発電の累積導入量が4億kwに達し原子力を超え、2018年末には太陽光と風力で合わせて10億kwに到達しました」と再生可能エネルギーの爆発的な普及を紹介。また、「2018年5月20日の数時間、再生可能エネルギーによる電力が、四国電力エリアの電力需要の100%を超えました」として、日本においても再生可能エネルギーが、既に大きな役割を担う電力へと成長していることを強調。松原氏は「(政府案に)再生可能エネルギー100%の明記を」を呼びかけた。
○パリ協定の1.5度目標とは程遠い
院内セミナーで国際環境NGO「FoE Japan」プログラム顧問の小野寺ゆうり氏は、地球の平均気温の上昇を1.5度以内に抑えるという努力目標を実現できるか否かで、海面上昇や特に影響を受ける数億人もの人々の状況、世界の穀物生産の減少等で「大きな差がでてくる」と解説。また現在の日本政府案は、「(エネルギーの産業、インフラ、社会の)抜本的なシステムチェンジとは程遠く、パリ協定の1.5度目標とは程遠い」と指摘。「(石炭などの)大規模火力から分散型エネルギー、再生可能エネルギー100%へ移行する目標とロードマップをはっきり示すべきです」と訴えた。
○環境立国としての立て直しが必要
院内セミナーには、環境省や外務省、経産省の官僚も出席し、政府案の説明や質疑に応答していた。筆者は「やたらイノベーションを強調しているが、日本の環境関連の技術は、先駆的な国々のそれに比べ、もはや遅れていることの自覚はあるのか?」と質問したところ、経産省・資源エネルギー庁の担当者は「事実として、残念なことに太陽光と風力では、完全に他国に出遅れています」と認めた。「太陽光は中国、風力は欧州が進んでいる中、最近、日立が風力発電機の生産から撤退してしまった、日本からそうした技術が失われていることは、事実としてしっかり受け止めないといけないと思っております」(同)。
日本での再生可能エネルギーの技術や普及が遅れている理由の最大の原因は、本稿でも既に触れたように、石炭火力発電や原発といった本来は速やかに全廃していくべきものに、依然、公費を集中させ、優遇策を取っているためだ。また、太陽光などの再生可能エネルギーで発電した電気が、電力網で需給バランスを調整する等の発電量変動への十分な対応も無いままに接続拒否され、その一方で原発は稼働しているという愚行を続けているからだ。これは自民党に多額の献金をしている電力大手やプラントメーカーの声に政府の政策が左右されているからであろうが、世界各国が脱炭素で社会・経済のあり方を根本からシステムチェンジしていこうとする中、このままでは日本は完全に「周回遅れ」となり、政府案で謳われる「環境と成長の好循環」とは真逆、つまり環境技術も経済力も残念な国へと落ちぶれていくだろう。業界の自主努力を求め、それを支援していくという、これまでのやり方ではなく、「産業と社会変革のための政治的な強い意志が今求められている」(小野寺氏)のである。
院内セミナーの主催団体のひとつ、eシフト(脱原発・新しいエネルギー政策を実現する会)は、「パブコメ出そう!」と、今月16日までの政府案へのパブリックコメントに市民が意見を出すよう呼びかけ、そのウェブサイト上でパブコメの出し方などを解説している。
昨年の西日本豪雨災害や巨大台風など、温暖化が原因と考えられる異常気象は、既に日本の人々の生命や財産への深刻な脅威となっている。本当の意味での、「環境と成長の好循環」を実現するには、既得利権にしがみつく勢力だけでなく、一人でも多くの市民の声をパブリックコメントとして、政府に届けることが必要なのだろう。
(了)