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納得できるがん治療を受けるには? 日本臨床腫瘍学会が市民公開講座

片瀬ケイ在米ジャーナリスト、翻訳者、がんサバイバー
医師とのコミュニケーション、満足していますか?(提供:イメージマート)

選択肢が増えるがん治療

 がんのような深刻な病に罹ったら、医師に診てもらい、治療を受ける必要がある。大抵は治療とその後の定期検査で、医師とは長いお付き合いとなる。時間もかかるし、お金もかかるし、何と言っても命がかかっている関係だ。しかし心も体も弱っている患者と忙しい医師との間で、十分なコミュニケーションを取るのは難しい。

 がん治療にも選択肢が増え「治療は受けているが、病気や治療の道筋について理解できていない」、「医師は本当に自分のつらさをわかってくれているのか」、「他にもっと良い治療があるのではないか」など、様々な不安や不満を抱える患者は少なくない。時には不信感が生まれて、自分が納得できる治療を求め医療機関を転々としたり、効果が不確かな治療を「最先端治療」と宣伝するクリニックの門をくぐってしまったりする患者も少なくない。

2月25日に名古屋市で開催される日本臨床腫瘍学会(JSMO)の市民公開講座では、「心の通う、がん治療を目指して~自分らしい、納得できる治療が受けられるように~」をテーマに、乳がん治療の意思決定や日本の医療のあり方について、がん専門医らによる講演とディスカッションが行われる。この市民講座は事前に申し込めば無料で聴講できる。

 今回は特別講演として、アメリカで乳がんの治療を受け、現在はニューヨークを拠点に在米日本人の医療や健康に関するサポート活動をしている非営利団体「FLAT・ふらっと」代表のブロディー愛子さんが「日米、両方の視点から見た患者と医師の関係」について話す。

米国NPO法人「FLAT・ふらっと」代表のブロディー愛子さん(本人提供)
米国NPO法人「FLAT・ふらっと」代表のブロディー愛子さん(本人提供)

距離が近くても遠慮する日本人

 アメリカでは医師と患者の距離が近く、今では患者が主治医、あるいは担当看護師と直接メールや電話などで迅速にコミュニケーションをとることも多い。セカンドオピニオンをとるのに気兼ねは無用だし、患者は医療記録や画像検査結果も簡単に入手できる。

 その一方で、アメリカには日本と違い、自治体が行うがん検診も雇用主による健康診断もない。各人が加入している医療保険ごとに、利用できる医療機関や保険適用も異なるので、自分で調べて自ら動かなければならない。なんとか済ませた検診のあとで「疑わしい所見があるので、詳しい検査を」と言われたら、途方にくれてしまう人がほとんどだ。

 アメリカで10年以上にわたりがん患者のサポートをしてきたブロディーさんは、「言葉の壁、文化の壁、日本語での情報の少なさ、それらへの周囲のサポートの少なさなどが、在米日本人にとっての大きな困りごと」であり、「インターネットでやっと見つけたFLATに必死な思いでコンタクトしてくる人が少なくない」と話す。他のアジア人と違い、在米の日本人は仕事や留学などで、日本の家族から離れてアメリカに住む場合が多い。「病気になった時に、医療システムの違い以前に、誰に何をどう話していいのか、相談できる相手すら周囲にいないケースを沢山みてきました」と、多くの在米日本人が置かれる環境を説明する。

 日常生活で言葉の問題がない人でも、医療保険会社への問合せ、医療機関で署名を求められる数多くの書類や、普段は耳にしない医療英語に圧倒されてしまう。都市部の大きな病院は、電話による通訳システムを導入しているが、誰もがそうした病院にアクセスできるわけでもない。日本人はアメリカに住んでいても、「人に迷惑をかけたくない」という意識の壁が厚く、「(自分の、あるいは配偶者の)雇用先には相談しにくい」と感じて、孤立感を深めてしまうとブロディーさんは言う。

正解探しではなく、自分にとって最善の治療を

 在米の日本人でも、医療機関で「面倒な患者になりたくない」と、医師への質問や希望を口にするのを遠慮してしまう傾向がある。しかしアメリカでは医療者と患者が対等の立場で治療について話し合って決める「シェアード・ディシジョン・メイキング」の考え方が広がり、治療選択の段階から患者と話し合い、決めていくことが多い。

 自分でも納得できる医療の受け方について、ブロディーさんは「まず、自分の意見をしっかりと持ち、それを医療者や周りの人に伝えられるということから」とした上で、「日本人はつい優等生的に正しい答えを求めてしまい、それが見つからないと不安を感じる。でも治療には決まった正解があるのではなく、医療者と一緒に自分にとって最善の道を探していくしかありません」と話す。

 ブロディーさんが主宰する「FLAT・ふらっと」のオンラインを通した患者サポートミーティングにも、様々な悩みを抱え全米および日本から患者が集まってくる。外部には非公開という前提のもとで、患者同士が治療のことから日常生活での悩みまで情報交換をする。正解を求めるのではなく、自分の話をしたり、他の人の経験に共感したりする過程で、それぞれが自分の考えや気持ちを整理していく。

納得できる治療に向けて

 病気や治療について自分の意見を持てと急に言われても、医学知識などない自分にはわからないと患者は思うだろう。しかしブロディーさんは、「医療の知識を多く知っているのが患者力だとは思いませんし、医療者側だって患者に理解してもらえるように説明が出来ているかを認識する時間と忍耐が必要」だと言う。その一方で、「患者も自分の健康と命を守るのは自分であることを認識する必要がある。そうした努力をお互いにすることが、納得できる治療につながるのだと思います」と話す。

 アメリカでは分業が進んでおり、医師側も患者との話し合いに時間をとろうとするし、担当医師以外でも看護師、かかりつけ医、医療ソーシャルワーカー、薬剤師、患者ナビゲーターやアドボケート、「FLAT・ふらっと」のような患者支援団体など、異なる立場から患者が自分の治療を考える上で相談ができる多様な受け皿がある。

 言葉や文化の壁がない日本でも、「心の通う、がん治療をめざして」と題する市民講座を開くくらいなのだから、医師と患者のの関係に悩む患者は多いということだろう。日本の医師たちは過剰労働と言われるほど忙しく、診療時間は短い。

 「いろいろ聞いて、医師に疎まれたくない」、「とにかく医者の言う通りにするしかない」と患者が委縮したり、受け身になったりするだけでは、納得のいく治療を実現するのは難しい。日本では医師の働き方改革がはじまるが、医師と患者が十分に話し合える時間的余裕を持てるようにするには、どうしたらよいのだろうか。改善に向けて患者や市民の視点からも、要望をあげていく必要がありそうだ。

参考リンク

第21回日本臨床腫瘍学会学術会議・市民公開講座のパンフレット 事前参加登録申し込みは2月19日まで

FLAT・ふらっと 在米日本人の健康と医療を支えるコミュニティー オンラインサポートグループには日本からの参加も可

在米ジャーナリスト、翻訳者、がんサバイバー

 東京生まれ。日本での記者職を経て、1995年より米国在住。米国の政治社会、医療事情などを日本のメディアに寄稿している。2008年、43歳で卵巣がんの診断を受け、米国での手術、化学療法を経てがんサバイバーに。のちの遺伝子検査で、大腸がんや婦人科がん等の発症リスクが高くなるリンチ症候群であることが判明。翻訳書に『ファック・キャンサー』(筑摩書房)、共著に『コロナ対策 各国リーダーたちの通信簿』(光文社新書)、『夫婦別姓』(ちくま新書)、共訳書に『RPMで自閉症を理解する』(エスコアール)がある。なお、私は医療従事者ではありません。病気の診断、治療については必ず医師にご相談下さい。

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