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<ガンバ大阪・定期便115>魂が手繰り寄せた白星。4年ぶり、天皇杯決勝へ。

高村美砂フリーランス・スポーツライター
今シーズンはリーグ戦でも7得点。存在感を示し続ける坂本一彩。写真提供/ガンバ大阪

 天皇杯準決勝・横浜F・マリノス戦。120分に及ぶ激闘にケリをつけたのは、後半からピッチに立っていた坂本一彩だった。延長後半5分のアディショナルタイム。DFラインから縦に差し込まれたボールを宇佐美貴史がワンタッチで前線に繋げると、センターサークル付近で受け取った坂本はドリブルで相手を揺さぶりながら前線へ抜け出す。その時点で足は攣りかけていたが、最後の力を振り絞って左足を振り抜いた。

「ボールを受けた瞬間、足が攣りそうって感じだったので、あまりスピードを上げて、というよりは左右に相手を揺さぶって、(シュートを打てる)タイミングを狙って、という感じで打ちました(坂本)」

 直近のJ1リーグ・名古屋グランパス戦で2得点という結果もさることながら、抜群のポジショニングで相手の守備にズレを生み出し、ボールをおさめ、攻撃を前に進める役割を果たすなど、圧巻の存在感を示していた坂本。だが、先制され、追いつき、逆転して、追いつかれ、という攻防戦の中、78分に福田湧矢の挙げた決勝点があまりにもドラマチックすぎたのもあってだろう。「ヒーローになり損ねました」と話していたが、この日は4年ぶりの決勝進出を手繰り寄せる、正真正銘のヒーローになった。

「いつもチームの勝利に貢献しようということを心掛けているんですが、名古屋戦はヒーローになれなかったので今日はなれて嬉しいです。試合前から『今日は自分がやってやろう』と思っていたし、その通りになって良かった。前半試合を見ている中で、前にボールを運ぶというところがあまりうまくいっていないように見えたので、自分が少し降りて、起点になってチームを前進させる役割というのを意識していました。そこについてはチームとしても空中を飛ぶボールも多くなってしまって、そこまで自分の良さは出せなかったですが、最後の最後、仕事をできて良かったです(坂本)」

 試合の口火を切ったのは山田康太だった。マリノスの守備の圧力をかけられ、思うようにパスを繋げない時間が続く中、26分。右サイドのダワンが右サイドから放り込んだクロスボールが相手DFに当たって山田の前へ。ボールの軌道はイメージとは違ったが、ダイレクトで左足を振り抜き、先制点に繋げた。

「シュートの形がなかなか増えていかない展開になってしまっていたので、自分も積極的にシュートを打っていこうとリマインドしたところでチャンスが来た。きれいに崩すというよりも、あんなふうにちょっとダイナミックにプレーしようというのは意識していたことだったので、うまく決まって良かったです。正直、もっと早く、自分の前にボールが落ちてくるイメージでいたら、意外と高く上がっていたし、体勢的にも少し後ろに下がりながら、みたいになったので、打つのをやめようかなとも思ったんですけど、思い直して良かった(笑)。インパクトとしても蹴った瞬間に『入った!』と確信しました(山田)」

 準々決勝・サンフレッチェ広島戦で先制ゴールを決めた際は、試合直前のロッカールームで偶然観たという、動画のシュートシーンにヒントを得たと話していた山田だが、今回は「前日の取材で、点を獲りたいと言ったのが良かったのかも」と笑った。

「広島戦の時は、海外のサッカー好きな人の動画集みたいなのを観ていてショートバウンドで打つみたいなシュートがあり、『これいいな』と。あの時は、臀部に痛みを抱えていて、足元にあるボールをガッと踏み込んで打つことができない時だったので、ショートバウンドでポポンと打てば、痛みを感じずにうまく打てるかもしれないな、と思っていたんです。そしたら、観ていたのと全く同じシーンが来て、やってみたら入って、ラッキーみたいな(笑)。それに対して今回は、前日の取材の際に、記者の皆さんの前で『明日は点を決めたいかも』みたいな話をしたら、決められた。僕、そういうことを普段はあまり言わないタイプなんだけど、だから良かったのかもしれない。次からどんどんいっていこうかな(笑)。ただ、延長戦まで突入して、あまりにも試合が長くなったから、僕のゴールのこと、みんな、だいぶ薄れている気がする(笑)! 結構、いいゴールだったと思うんだけどな(山田)」

準々決勝に続き、準決勝も先制点でチームを勢いづけた山田康太。 写真提供/ガンバ大阪
準々決勝に続き、準決勝も先制点でチームを勢いづけた山田康太。 写真提供/ガンバ大阪

 チームを勢いづける上でも、またそれを機に、攻撃が前に進むことが増えたと考えても、間違いなく大きな先制点。だが、37分にマリノスにゴールを許して1-1で前半を折り返し、後半もスコアが動かないまま時間が過ぎていった中で、確かにそのインパクトは徐々に上書きされていった感はあるかもしれない。試合後、各シーンについて、あるいはプレーの細部について尋ねた時に、選手の多くが「長過ぎて思い出せない」と語っていたほどの激戦になったことを考えても、だ。

 特に、88分に失点を喫して逆転され、後半アディショナルタイム、90+3分に中谷進之介の同点弾が決まって突入した延長戦も、見どころが盛りだくさんだったからこそ尚更だろう。

 延長前半2分に迎えた食野亮太郎の決定機。延長後半に入る前、トレーナーに二人がかりでふくらはぎをマッサージされていた中谷の姿。延長後半4分の美藤倫から前線に通された精度の高いパスと、その直後に光らせた守備力。その流れからの相手左コーナーキックに対する美藤のペナルティエリア内での対応について4分強の時間を費やしてVARやオンフィールドレビューが行われたこと。そして、5分と表示された延長後半のアディショナルタイムも残りわずかとなった時間帯、坂本が決めた決勝点までーー。ちなみに『ゆりかごダンス』は昨日、誕生した食野の第二子を祝ってのものだ。

「いやあ、痺れた! マジで、震えました。まず、88分の失点のところは、正直、思ったよりも相手のボールが曲がってこずに、体で止めようと思ったら自分の右側にきちゃって足が出しきれず、ファーサイドに落とされたところから押し込まれてしまって…反省しています。その後、後半アディショナルタイムの同点ゴールについては、もう本当に、徳真(鈴木)がいいボールをくれました。その直前にも、貴史くん(宇佐美)がいいボールをくれていたので、あれも決めないといけなかったんですけど。でも、今年はなぜか、終了間際に『俺、持ってるな』って感じがあるし、今日も最後まで諦めないっていう気持ちを出せて…もう、震えました。とにかくサポーターの皆さんに感謝です。延長後半の最後もみんなが一体となって戦えた感じがあったし、あの雰囲気に押されてこれはいける、という気持ちになれた。皆さんの力で勝てた試合だったと思います(中谷)」

毎試合、勝利への執念をみなぎらせて、チームを引っ張る中谷進之介。 写真提供/ガンバ大阪
毎試合、勝利への執念をみなぎらせて、チームを引っ張る中谷進之介。 写真提供/ガンバ大阪

「スコアとしてもビハインドを負っている状況だったし、時間も時間だったので中に人はたくさんいたんですけど、シンくん(中谷)のところにピンポイントで合わせて蹴るだけだなと思って、蹴りました。最後、一彩(坂本)のゴールも当然、素晴らしかったんですけど、1-2にされて、きっとサポーターの皆さんを含めて『もう終わりかな』って過ったはずの時間帯に、あのゴールが決まった。それで一気に流れを引き寄せられたという感覚があったので、120分の分岐点になったゴールだったかなと思います。シーズンを通して、みんなが努力を重ねてきて、みんなでレベルを上げることに力を注いできたからこそ、スタートから出る選手も、後から出てくる選手も変わらないレベルでゲームの強度を維持できるようになっている。みんなが同じ目線、同じ意識の高さでやってきているということが、こういう場で必ず出る。改めて日々の積み重ねが全てだと思いました(鈴木徳真)」

「入ってすぐに失点しちゃって頭が真っ白になりましたけど、すぐに取り返すしかないと切り替えました。残り時間も少なかったので、バランスをとるというよりは自分が点を取るぞ、という気持ちでプレーしていました。その後、シンくん(中谷)のゴールで同点に追いついてからは、延長戦も含めて、バランスをとりつつも、間、間に顔を出そうと意識していて、それによって前に厚みができればいいなと思っていました。実際、僕がボールを持った時に、裏というか、間、間でスッと抜けていくことで受けられるシーンもあったし、チャンスにもなっていたのでそれは良かったと思っています。VARを待っている間は、マジで生きた心地がしなかった! でも、しっかりレフェリーの方に見極めてもらえました。決勝ゴールの瞬間はもう嬉し過ぎて何が何だか…こういう瞬間をピッチの上で味わえて、本当に幸せだったし、ひやっとする場面もありましたけど、途中から出る選手の役割はできたかなと思えたところもあったので、またこれを次に繋げたいと思います。僕だけじゃなくて、途中から出た一彩、湧矢くん(福田)、亮太郎くん(食野)、湧清くん(江川)君と、選手全員が途中出場の役割を果たせたからこそ延長で勝ち切ることができた。交代選手のパワーのところで相手を上回れたことも結果につながった理由の1つかなと思っています(美藤)」

 もう一人、延長前半からピッチに立ち、左サイドバックでプレーした江川湧清も忘れてはならない。センターバックの控え選手は出番が巡ってくることが少ない中で、試合の展開的にも、また、慣れないポジションでのプレーや、対峙するのが相手の攻撃のキーマン、ヤン・マテウスや水沼宏太だったと考えても、かなり難しいタスクを担ったが、短い時間の中で十分にその仕事をやってのけたと言っていい。

「試合の入りは、正直、めちゃめちゃ難しかったです。入ってすぐは、ヤン・マテウス選手にぶっちぎられてしまったシーンもありましたけど、それ以外は落ち着いてやれたのかなと思っています。自分の前にいた湧矢くん(福田)がガンガン、前に仕掛けていくだろうとわかっていたので、自分が変にオーバーラップをしてスペースを潰すというよりは、湧矢くんが1対1で仕掛けられるようなボールを送り込むことに集中して、あとは失点しないこと、守備の方でしっかり力を尽くしてプレーしようと思っていました。とにかく僕にできることは、いい準備をして、出番を待つこと。残りのシーズンも少なくなってきた中でどこまで試合に絡んでいけるかはわからないですけど、とにかくピッチに立った時にチームのために仕事ができるように、いい準備を続けたいと思います(江川)」

今シーズン、長期離脱から復帰した江川湧清も、難しい局面での出場ながら役割を全うした。写真提供/ガンバ大阪
今シーズン、長期離脱から復帰した江川湧清も、難しい局面での出場ながら役割を全うした。写真提供/ガンバ大阪

 それぞれの言葉にある通り、ピッチに立った全員が与えられたタスクを全うしながら、最後まで、ゴールへの執着を漲らせて戦い抜いた120分。圧巻の迫力と熱を従え、後押しを続けたサポーターを含め、パナソニックスタジアム吹田に宿った魂は、4年ぶりとなる決勝戦の切符を手繰り寄せる。

「ポイントがあり過ぎて、勝因を1つに絞れへんけど、強いて挙げるなら、一体感。最後までベンチ含めて、ベンチ外のメンバー含めて、サポーター含めて、みんなの勝ちたいって気持ちが一彩のゴールに乗り移った。もちろん、一彩のゴールも素晴らしかった! ただ、僕たちは決勝に駒を進めただけで、何かを成し遂げた訳でもなんでもない。めちゃめちゃ嬉しいけど、喜ぶのは今日だけにして、ここからまたみんなで頑張っていきたい。優勝の喜びは、こんなもんじゃないから(倉田)」

 いくぞ、決勝。待ち焦がれた星を、その胸に輝かせるために。

フリーランス・スポーツライター

雑誌社勤務を経て、98年よりフリーライターに。現在は、関西サッカー界を中心に活動する。ガンバ大阪やヴィッセル神戸の取材がメイン。著書『ガンバ大阪30年のものがたり』。

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