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<ガンバ大阪・定期便114>「人生で一番」のパスとゴール。福田湧矢と宇佐美貴史。

高村美砂フリーランス・スポーツライター
ガンバ一筋7年目。今シーズン初ゴールはパナスタで決めた。写真提供/ガンバ大阪

■福田が決めた人生で一番嬉しいゴールと、宇佐美が送り込んだ人生で一番丁寧なインサイドキック。

 誰もが待ち望んでいたその瞬間は、78分に訪れた。

 J1リーグ第35節・名古屋グランパス戦。2-2の状況で迎えた74分、ピッチに立った福田湧矢は丁寧に送り込まれた宇佐美貴史のパスをダイレクトでニアサイドに沈める。出場に際してリマインドした「自分が決めてやる」という強い覚悟と、ピッチに立ってからもどことなく感じ取っていたゴールの予感を、決勝点に結実させた。

「最高です。僕より先に交代で入ったキャップ(宇佐美)に『待ってるよー』って言われていたし、そのキャップのアシストで決められて最高の1日になりました。ここ4シーズンくらいケガばっかりで、チームに貢献できないシーズンが続いていただけに、こうして決勝ゴールが獲れて嬉しいです。(離脱中は)本当に死ぬ気でリハビリに取り組んできたので、それが報われた日になった。宇佐美くんのパスで決められたっていうのがマジで、嬉しい。人生で一番嬉しいゴールになりました(福田)」

 福田が言えば、宇佐美も「これまでで一番丁寧なインサイドキックだった」と笑った。

「もう精一杯の愛情を込めて出しました。ワンタッチで足を振らせてあげたかったというか。あそこに出すと相手にインターセプトをされるリスクも高まりますけど、逆に成功すればワンタッチで湧矢(福田)が(足を)振れる。だからこそ、足元にバチっとつけて、トラップをさせて、というボールではなく、あのエリアに出しました。湧矢が受けた時に相手のプレッシャーがかかってニアとかファーサイドとか、シュートコースが限定されるような状況で渡したくなかったのもありました。最後、ニアに撃ち抜いたのは湧矢の能力ですが、パスに関しては、もう細心の注意を払って出したつもりです。湧矢の苦しさはチームメイトの誰もが見てきたし、僕個人もキャプテンとして、すごく苦しんでいるのは見て取れたので、なんとか1つ、数字が湧矢に付けばなと思っていた。湧矢に点が生まれて、僕自身もすごく嬉しいです(宇佐美)」

 試合前のウォーミングアップでは、揃ってベンチスタートだったこともあって、いつもよりやや時間をかけて、シュート練習をしていた二人。宇佐美に倣って、福田が同じコースにシュートを打っては何かを確認するように言葉を交わしていたが、その時間もシュートの感覚を研ぎ澄ませる時間になったという。特にゴールシーンより1つ前、76分に宇佐美とのワンツーから福田がゴール前に抜け出してファーサイドを狙ったシーンはまさに、ウォーミングアップ通りの感覚だった。

「本当はあのワンツーで『ああ、これ、決められるわ!』って思っていたし、あれを決められたらベストだったんですけど。宇佐美くんなら決めていたはずですしね。ウォーミングアップの時もそうですけど、宇佐美くんはいつもファーサイドならこういう感覚で、このくらいの狙いで打ったらいいよ、とか、いろんなアドバイスをくれる。本当にありがたい存在というか、師匠です(福田)」

ゴールを決めた直後。抜群のアシストを送り込んだ宇佐美に駆け寄り、抱きついた。写真提供/ガンバ大阪
ゴールを決めた直後。抜群のアシストを送り込んだ宇佐美に駆け寄り、抱きついた。写真提供/ガンバ大阪

■宇佐美の金言を胸に。「0から自分のタッチ、感覚を探しにいくようになったら、これだというものを見つけやすくなった」。

 福田がピッチに戻ってきたのは8月24日に戦ったJ1リーグ第28節・アビスパ福岡戦だ。左足首痛による長期離脱から約10ヶ月。その際はピッチに立つ幸せを噛み締めていたが、いざ、公式戦のピッチに立ってみると、練習では感じられていなかったとボールタッチやシュートの感覚、体の変化に気づき、不安にもなったという。それもあって以降も自身の中で、さまざまな試行錯誤を繰り返してきた。

「去年、ケガで離脱するまでのいい感覚だったときのままプレーをすると、どこかハマらないというか。違うなってことも結構あって。足首だけじゃなくて肩を痛めた時もそうだったけど、体のバランスとか、筋肉の感覚みたいなところが以前とは明らかに変わったなって感じるし、自主トレを含めていろんな取り組みをしまくっているのに『なんか、違う』みたいなことが多かったんです。去年、せっかく速くなったように感じていた走力もどこか、その感覚には戻れていない感じもしていました。福岡戦も(アディショナルタイムを含めて)15分くらいの出場だったけど、公式戦の強度を体感するのはめちゃめちゃ久しぶりだったのもあって、あの短い時間の中で『ああ、これはこんな感じやったかな』『このシーンではこうやってたな』みたいなことを一気にグワ〜って思い出しながらやっていたくらい、正直、試合勘もなかったです。試合後、えげつない筋肉痛にも襲われましたしね。そういう状況に自分が置かれていることに、1年近くサッカーをしてないんやから当たり前や、焦らずにやろうって自分と、でも早く数字を残してチームも僕も勢いづきたい、みたいな思いが自分の中で戦っているような感じでした(福田)」

 そんな時に、肩の力を抜くきっかけをくれたのが宇佐美だった。「やらなくちゃ、やらなくちゃ」と思うがあまり周りが見えなくなっていた福田を宇佐美はカフェに連れ出した。

「体は一日一日違う。前日の自分と、今日の自分も絶対に違うぞ。もちろん前日の感覚でやってバチっとハマることもあるかもしらんけど、それは奇跡に近いと思ったほうがいい。日によってトレーニングの中身はもちろん、食べたものも、座っていた時間も、動いた時間、取り組んだことも違うからこそ、それによる体のズレとか変化は絶対に起きる。だからこそ、前日とか、それ以前の過去の自分を思い出して合わせることを考えるんじゃなく、今日の自分に0からバチっと合わせることを考えろ(宇佐美)」

 その言葉に、福田は肩の力がスーッと抜けるのを感じたという。サッカーや今の自分と向き合う上でも大きなヒントになった。

「宇佐美くんに言われて、体ってそういうものなのかと思ったらすごく気持ちが楽になって。昨日の自分と今日の自分は違うって思って、毎日の練習でも0から自分のタッチ、感覚を探しにいくようになったら『ああ、これや!』ってものをすごく見つけやすくなった。以来、常に自分をアップデートできている感覚もありますしね。といっても、正直まだ左右差はあるし、特に(痛めた)左足ではできないこともあるんですけど、そのことに気持ちを持っていかれない分、右足に集中できるというか。『左足が良くないな、ではなくて、今日の自分は右足の方がいい』と思うことで、スムーズに体が反応する感覚もある。いやぁ、あの人、マジですごい。本当に宇佐美くんの言葉にはいつも助けられています(福田)」

 名古屋戦で約1年半ぶりにゴールネットを揺らしたのも、その右足だ。

「今日の体も、アップの時からフィーリングはすごく良かった。キャップに体の向き合い方を教えてもらったおかげです(福田)」

 練習後、毎日のように居残り練習に付き合ってくれた遠藤保仁コーチへの感謝の言葉も忘れなかった。

「練習が終わった後、ヤットさん(遠藤コーチ)に死ぬほど居残り練習に付き合ってもらっていた。ワンタッチの今日決めたようなシュートも、ずっと練習していました。そういう意味では半分はヤットさんのおかげで獲れたゴール。その都度、プレーに対する的確なアドバイスをくれるだけで、何か特別な声を掛けてくれるとかそういうことではないんですけど、一緒にとことん付き合ってもらえた、ということが僕にとっては何よりの力になった(福田)」

チームメイトやスタッフへの感謝を乗せて右足を振り抜いた。写真提供/ガンバ大阪
チームメイトやスタッフへの感謝を乗せて右足を振り抜いた。写真提供/ガンバ大阪

 そんな福田について、宇佐美は「いくつになっても変わらず、素直でまっすぐなところが湧矢の良さ」だと話す。それもあって、宇佐美が福田と初めてチームメイトになった19年夏、当時20歳だった福田に出会った頃のような感覚が抜けない、とも。

「湧矢も言っても、もう25歳なんで。プロとしても7年目でいろんな経験を積んで、苦しいこと、悔しいこともたくさん味わって、後輩もたくさんできて、すっかり大人になっているはずやのに感覚的には当時のままというか。相変わらず天然で可愛いなー、とか、素晴らしく抜けてるよなーみたいなところがたくさんあるからか(笑)、弟感覚が抜けない。ただ、いくつになっても、試合でも練習でも、サッカーができる喜びみたいなものを体に迸らせてプレーできるとか、人の意見や言葉に対してすごく素直に耳を傾けられるとか、ピッチに立てばチームに刺激を与えるプレー、流れを変えるプレーができるのは、間違いなく湧矢の才能だと思う。ピッチの上で『自分はこれをしたい』『こうなりたい』って胸の内を、みんなに届くほどの熱を持って表現できるのも湧矢の良さですしね。だからみんなも彼に何かを起こさせたいと思うし、湧矢なら何かを起こせるって信じられるんじゃないかな(宇佐美)」

 それはゴールの瞬間、彼の周りにできた歓喜の輪や、試合後、彼に抱きつき、頭を撫でて、肩を抱いて祝福したチームメイトの姿を見れば一目瞭然だ。宇佐美からパスが出された瞬間、スタジアム全体が息を呑み、その一瞬を温かく見守るような空気が流れたのも、勝利を引き寄せられる決定機だったから、というだけではないだろう。

「大好きな青黒のユニフォームを着て、決勝点を獲れたのも嬉しかった(福田)」

 それはある意味、彼がこの7年間でガンバと紡いできた絆のようなもの。長きにわたってケガに苦しみながら、どんな時も、明るく無邪気に、真っ直ぐに、チームを盛り上げ、ガンバ愛を迸らせてきた福田に対する『想い』があるがゆえだ。

 そう。みんな、みんな福田湧矢が大好きだ。それはもう、特別な熱量で。

フリーランス・スポーツライター

雑誌社勤務を経て、98年よりフリーライターに。現在は、関西サッカー界を中心に活動する。ガンバ大阪やヴィッセル神戸の取材がメイン。著書『ガンバ大阪30年のものがたり』。

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