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元竜王同士のビッグマッチは現代角換わり最前線! 1組▲豊島将之九段(31)-△渡辺明名人(37)

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 12月24日10時。東京・将棋会館において第35期竜王戦1組1回戦▲豊島将之九段(前竜王、31歳)-△渡辺明名人(37歳)戦が始まりました。

 対局がおこなわれるのは将棋会館5階、特別対局室。両対局者が駒を並べ終えたあと、記録係が渡辺名人の側の歩を5枚取って、振り駒をおこないます。

「渡辺先生の振り歩先です。・・・と金が3枚です」

 先後が決まって、対局開始までの静かな時間が過ぎていきます。

「それでは時間になりましたので、豊島先生の先手番でお願いします」

 定刻10時、記録係が合図をして、両対局者は「お願いします」と一礼。持ち時間5時間の対局が始まりました。

 豊島九段先手で戦型は角換わり。互いに攻めの銀を手早く繰り出す「早繰り銀」に出ました。

 先攻したのは後手の渡辺名人。対して豊島九段はカウンターの筋違い角を打って応戦します。部分的には棒銀対策として昭和の昔から指されている筋です。

 42手目。渡辺名人は△2七銀と、相手の飛車の頭に銀を打ち込みます。タダで取られるところですが、もし相手が素直に銀を取ってくれば、相手の飛車の横利きがなくなるため、自分の飛車を成り込んで優勢。初見では驚くような鬼手ですが、部分的な筋として、オールドファンには既視感があるかもしれません。

 1972年NHK杯1回戦▲花村元司八段-△中原誠名人戦(肩書は当時)。花村八段は相手の8二飛の頭に、銀を打ち込みます。

(前略、有利と読んでいたらしき中原名人は)

私の▲8三銀にはびっくりしたらしい。この手こそ代表的な鬼手である。

(1973年刊、花村元司『花村実戦教室』「鬼手銀打ちで名人倒す」)

 東海の鬼・花村の面目躍如たる、昭和の将棋史に残る名場面でした。

 ただし現代のコンピュータ将棋ソフトは、花村八段が指した▲8三銀は評価せず、むしろ冷静に飛車を逃げて応じた中原名人よしと判定します。中盤の鬼手一発で青年名人が倒れるはずもなく、その後は大熱戦となりました。最後に勝ったのは花村八段。その結果がもたらされたのは、確かな終盤力があればこそです。

 本局、渡辺名人の△2七銀に対して、豊島九段からはさほど驚いた様子は見られませんでした。後ろ頭に寝癖がついているのもまた、いつものマイペースな豊島流です。

 豊島九段は冷静に飛車を逃げます。以下は互いの飛車が端9筋に逃げ合う、見慣れない令和の将棋となりました。

 昼食休憩が終わって、対局再開。47手目、豊島九段が中段に打った銀を相手陣に不成で入りました。平成に生まれた言葉で言えば、互いに「羽生ゾーン」に銀が置かれた形です。

 形勢は互角。まだまだ先の長い戦いとなりそうです。

 昨年のクリスマス(2020年12月25日)。豊島竜王(当時)は羽生善治九段とA級順位戦で対局していました。

 劇的な結末はまだ記憶に新しいところ・・・と筆者は感じますが、それからもう、一年が経ったことになります。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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