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【日本の漁場が狙われている!】 北朝鮮漁船はなぜ拿捕されなかったのか

安積明子政治ジャーナリスト
背景に軍人の漁民化という北朝鮮の政策が?(写真:KRT via Reuters TV/ロイター/アフロ)

起きるべくして起きた事件

「まるで泥棒をわざと逃がしているようなものじゃないか!“ロシア”という店で万引きをすれば逮捕されるが、“日本”という店で万引きすれば、罰せられずに保護者に引き渡されて家に帰ることができるのか。これでは北朝鮮に舐められても仕方ない!」

 10月7日午前に石川県能登半島の350キロ沖で発生した北朝鮮漁船沈没事件。海に投げ出された60名の乗員は水産庁によって救助され、別の北朝鮮漁船に乗って帰国した。冒頭のセリフはその一報を聞いて、ある永田町関係者が思わず漏らした言葉だ。

 その現場となったのは日本海のほぼ中央に位置する大和碓で、イカ、カニ、アマエビの好漁場として知られている。「大和碓」という名前は1926年に測量船「大和」が精密測定したことに因んだものだが、近年になってその海域に中国漁船や北朝鮮漁船が次々と押し寄せている。その一部が日本の排他的経済水域(EEZ)内で不法操業を行い、日本の漁船に脅威を与えているのだ。

増加する一途の不法侵入

 水産庁によると、大和碓周辺以北の海域における退去警告数は、2016年には延べ3681件だったが、2017年には5191件に急増。2018年では延べ5315件にも上っている。海上保安庁も2017年7月から、大型巡視船を含む数隻の船団および航空機を派遣し、退去勧告や放水措置を行っているが、なかなか追い付かないのが現状だ。

 というのも海洋資源保護を一次的に担う水産庁は漁業監視船を7隻保有するにすぎず、37隻は民間の船舶を使用しているという現状。実際にこのたび北朝鮮の漁船に衝突された「おおくに」も民間船で、監督官1名を除けば20名の乗組員も民間人だった。

「なぜ拿捕しなかったのか!」

 9日夕方に開かれた「北朝鮮違法操業問題野党共同ヒアリング」では、このような批判が相次いだ。というのも野党、特に旧民主党系の立憲民主党や国民民主党には尖閣近海で2010年9月に発生した海上保安庁と中国漁船との衝突事件という「悪夢」があるからだ。

当時の民主党政権は中国漁船の船長を逮捕し、那覇地検に送検。残りの乗組員も身柄を確保して事情聴取したが、後に釈放している。こうした「超法規的措置」に国民は反発し、いまだ根強い「民主党アレルギー」の一因となってしまった。

インドネシアでは船を爆破も

 さらに海外では強硬な対応が一般的だ。韓国の海洋警察は2016年11月、仁川沖で違法操業していた中国漁船に機関銃で約700発を警告射撃した。インドネシアのスシ海洋水産相は2014年の大臣就任以来、EEZ内で違法操業する外国漁船を次々と拿捕して海上で爆破している。

一方で日本の水産庁の監視船はほぼ丸腰といってよく、もし北朝鮮の漁船に軍人が乗り込んでいた場合には海上保安庁も十分に対応できない可能性がある。

 実際に2017年11月29日に北海道松前小島周辺で見つかった漁船には、「朝鮮人民軍第854軍部隊」と記載されたプレートがつけられていた。そもそも金正恩委員長は2013年から経済建設と核武装建設を並進させる「新たな並進路線」を採用し、翌2014年には人民武力部が特に水産業に力を入れることを宣言。2015年12月には目覚ましく漁獲量を増やした朝鮮人民軍の水産部門幹部が、金委員長から直々に表彰された。このように見ていけば、北朝鮮の漁業は軍隊が担っているとして警戒すべきだろう。

早急に実効ある措置を

「そこはEEZ内だが同時に公海で、強制措置のためには“違法操業”をしていることが確認されなければならない。水産庁の船に乗っている者の証言によれば、“漁獲をしていた”という確認ができなかった。ただ『我が国のEEZであることを使えつつ、外に出るように』と言うことを含めて、漁船には放水等のしっかりした毅然とした対処をした。水産庁には国際的ルールに従って対応していただいたと思っている」

 10月10日の衆議院予算委員会で国民民主党の玉木雄一郎代表の質問に対し、安倍晋三首相は上記のように答えている。国際法に照らせば極めてまっとうな考えだが、すでに述べたような現実に沿っているとは言い難い。

 これまで以上に北朝鮮の圧力が強まる可能性もある。中国外務省の耿爽報道官は2018年6月12日の定例会見で、「国連安保理の決議は、北朝鮮が決議内容を尊重し、それに従って行動する場合、制裁措置は調整可能だと明記している」と述べ、国連安保理による経済制裁を解除する可能性に言及した。昨今の米朝対話の不調と米中経済戦争の激化を鑑みれば、中朝がいっそう接近してもおかしくはない。

 そのような中で日本が自国の利益を守るためにはどうしたらいいのか。

「我々政治がやらなければならないのは、どういった法整備が必要なのか、携行する装備、武器をどうすべきか。与野党を超えて議論すべきだ」

 安倍首相の答弁を受けて、玉木代表が提案した。まずは泥棒を許さないという姿勢を示すことこそ、大事な資源を守ることに繋がるのではないか。

政治ジャーナリスト

兵庫県出身。姫路西高校、慶應義塾大学経済学部卒。国会議員政策担当秘書資格試験に合格後、政策担当秘書として勤務。テレビやラジオに出演の他、「野党共闘(泣)。」「“小池”にはまって、さあ大変!ー希望の党の凋落と突然の代表辞任」(ワニブックスPLUS新書)を執筆。「記者会見」の現場で見た永田町の懲りない人々」(青林堂)に続き、「『新聞記者』という欺瞞ー『国民の代表』発言の意味をあらためて問う」(ワニブックス)が咢堂ブックオブイヤー大賞(メディア部門)を連続受賞。2021年に「新聞・テレビではわからない永田町のリアル」(青林堂)と「眞子内親王の危険な選択」(ビジネス社)を刊行。姫路ふるさと大使。

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