小泉環境相がステーキを食べたことの何が問題か
牛肉生産は温室効果ガスを排出する
小泉進次郎環境相が国連気候行動サミットに出席したが、米国ニューヨークでステーキ店に入店したことが話題になっている。気候変動対策を議論する会議に出席する環境大臣が「ステーキを食べる」ことが非難を浴びたが、その理由は主に3つある。
1つ目は、牛肉生産は温室効果ガスを排出することだ。
気候変動というと化石燃料による温室効果ガスの排出が注目されるが、畜産も温室効果ガスを排出している。
なかでも牛の排出量は多い。
地球上には約15億頭の牛がいる。そのほとんど畜産牛だ。
牛は4つの胃をもつ。最も大きい胃(第1胃)の容量は約150~200リットル。
第1胃の中には、さまざまな微生物がいて、エサとして摂取した飼料(植物繊維)を発酵・分解する。
第1胃の中には、メタンをつくる菌(メタン産生菌)もいて、発酵・分解の時に発生した水素をメタンに変える。
つくられたメタンは、ゲップ、オナラとして環境中に放出される。
'''WIRED'''によると、その量は1頭につき1日160〜320リットル。それを15億頭が出したら・・・。「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」によると、メタンは世界の温室効果ガス排出量の16パーセントを占めている。
牛肉生産は穀物を大量に消費する
2つ目が、牛肉生産は穀物を大量に消費するということだ。
気候変動は食料生産にも影響を与える。
現代の食生活は小麦、トウモロコシ、大豆などの穀物を中心に成り立っている。穀物の消費は、大きく2つに分けられる。
1つは主食として「直接消費」する場合であり、もう1つは、家畜の飼料として使用し、畜肉や酪農品として「間接消費」する場合だ。
たとえば、鶏肉1キロを生産する場合に必要なトウモロコシは3キロ、豚肉1キロで7キロ、牛肉1キロでは11キロだ。牛肉は飼育期間が長いので飼料の量も多くなる。
直接消費、間接消費があるものの、現代の食生活は間違いなく穀物中心だ。
しかし、世界的な人口爆発によって穀物の供給量が不足するようになった。
1960年に30億人だった世界人口は、現在は76億人だ。2100年には112億人になると予測されている。
人口増にともない穀物生産量も増えれば問題ないかもしれない。
実際1965〜96年までの30年間では、世界人口は2倍になり、それを追いかけるように穀物生産量も2倍となった。
だが、今後も人口増に見合う穀物を生産できるかどうかは疑問視されている。世界各地で欧米型の食生活に代わり、牛肉をはじめとする肉の需要が増えると、これまでよりはるかに多くの穀物が必要になる。
イギリスの経済学者トマス・マルサスは、18世紀末、食料の増産は人口の幾何級数的な増加に追い付けないという仮説を立てた。これまで人類は工業化という手段でマルサスの仮説を覆してきた。品質改良や生産管理、栽培・飼育法の改善、無駄の削減、貯蔵技術など、総合的な進歩によって食料生産を増やした。
しかし、それも限界の時をむかえている。
アメリカ農務省の推定によれば、2011年の世界の穀物生産量は22億9500万トン、そして消費量は22億8000万トン。一方で、現在約8億2100万人が食料不足に直面している。ここには穀物の偏在、持てるものが過剰にもち、持たざるものが飢える、がある。
穀物生産を妨げる理由には3つある。1つ目が水不足、2つ目が土壌侵食、3つ目が温暖化(気候変動)だ。
1つ目が水不足だが、全世界で使われる淡水のうち3分の1は農業用水だ。水の需要は年々増加傾向にあり、過剰なくみ上げによる地下水の枯渇や灌漑用水の不足によって、穀物生産にも深刻な影響が出ている。穀物の大生産地であるアメリカ、中国、インドでは地下水を際限なくくみ上げて生産を行ってきた。そのために地下水位の低下、枯渇という問題が起きている。
インドの地下水については、日本経済新聞(2019年8月17日)に「政府の試算ではデリー首都圏、ベンガルール、チェンナイなど主要21都市で来年にも地下水が枯渇する見込み。日本企業を含む外資の製造拠点が集まる場所が多く、このままでは生産に大きい影響が出る」との記事もあった。
2番目が、森林破壊にともなう土壌侵食。焼き畑農業、農地への転用、木材伐採などで、森林なかでも熱帯林は、毎年相当な面積が消えている。こうして森林の保水力が弱まると洪水が発生しやすくなり、土壌が流出するので、作物生産ができなくなる。
3番目の理由は、気候変動だ。気温が上がり作物の生産に適さなくなる。
気候変動は水の循環も変える。気温が上がれば循環のスピードが早くなり、水の偏在(多いところと少ないところに偏りがあること)に拍車をかける。すなわち穀物不足の1番目の理由である水不足、2番目の理由である洪水による土壌侵食が起きやすくなる。
牛肉生産は水を大量に消費する
3つ目は、牛肉生産は水を大量に消費することだ。
なぜなら水をつかって育てた飼料(植物)をエサにしているからだ。
家畜が育つまでにつかった水をすべて計算すると、鶏肉1キログラムには450リットル、豚肉1キログラムには5900リットル、牛肉1キログラムには2万600リットルの水が必要だ。こうした水使用が生産地の水環境を悪化させる。
小泉環境相が何グラムのステーキを食べたかはわからないが、仮に一般的なサイズとされる300グラムを食べたら、6180リットルの水を消費したことになる。東京に住む人が1日に使う水の量が約250リットルなので、25日分の量だ。
その一方で、日米両政府は、米国産牛肉の日本輸入に関し、緊急輸入制限の発動基準数量を年間約24万トンとすることで合意する見通しだ。米産牛肉の関税は現在の38.5%から段階的に9%まで引き下げられる見通しで、安価な海外産牛肉の輸入枠が事実上拡大する恰好だ。
牛肉の大量生産が地球温暖化や環境破壊を引き起こしていることから、欧米では「ミートレス」の動きが活発になっているが、安価な海外産牛肉が大量に出回る日本では、こうした事情に気付きにくい。
だが、ここで述べたように、牛肉の大量生産が、気候変動を促進し、食料危機をもたらし、水不足を引き起こすというのも事実だ。いつまでも「(おいしいから)知らずに買ってました」、「(おいしいから)知らずに食べていました」でいいのか。無知こそ罪深いものはない。小泉環境相だけでなく私たちも、何を食べるか、何を選ぶかを考えなくてはならない。