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伝統のカップ戦が迎える曲がり角 天皇杯4回戦:ヴァンフォーレ甲府(J2)vsヴィッセル神戸(J1)

宇都宮徹壱写真家・ノンフィクションライター
「大会2連覇」を目指すJ2のヴァンフォーレ甲府。J1首位のヴィッセル神戸に先制。

 天皇杯 JFA 第103回全日本サッカー選手権大会(以下、天皇杯)のラウンド16(4回戦)8試合が8月2日に各地で開催された。

FC町田ゼルビア(J2)vsアルビレックス新潟(J1)@町田

名古屋グランパス(J1)vs浦和レッス(J1)@名古屋

ヴァンフォーレ甲府(J2)vsヴィッセル神戸(J1)@甲府

セレッソ大阪(J1)vs湘南ベルマーレ(J1)@大阪

川崎フロンターレ(J1)vs高知ユナイテッドSC(高知県)@高知

柏レイソル(J1)vs北海道コンサドーレ札幌(J1)@柏

栃木SC(J2)vsアビスパ福岡(J1)@栃木

FC東京(J1)vsロアッソ熊本(J2)@熊本

 ここで目を引くのは、唯一の都道府県代表として、JFLの高知が残っていること。J1の川崎との対戦もさることながら、会場が高知県立春野総合運動公園陸上競技場ということで、平日夜にどれくらい川崎サポーターが訪れるのかも気になるところだ。

 とはいえ、さすがに高知は遠い。ということで今回は、甲府vs神戸を取材することにした。甲府はJ2ながら前回大会の優勝クラブ。そして神戸は、新しい国立競技場で初開催となった2019年大会の決勝で勝利し、初タイトルとACL出場権を獲得している。

 甲府駅に到着すると、甲府のマスコット、ヴァンくんの立て看板に「2連覇できるのは俺たちだけだ!」のメッセージ。前回大会の優勝で、甲府は単なるプロビンチャから、少しだけ野心的になった印象を受ける。天皇杯優勝が、大きな転機となった、甲府と神戸。よい試合が期待できそうだ。

前半に先制された神戸は、温存していた武藤嘉紀と大迫勇也を投入。共にゴールを挙げて試合をひっくり返した。
前半に先制された神戸は、温存していた武藤嘉紀と大迫勇也を投入。共にゴールを挙げて試合をひっくり返した。

■最後は火力に勝る神戸が前回王者を圧倒

 試合会場のJITリサイクルインクスタジアムには、平日にも関わらず7467人が詰め掛けた。今季のホームゲーム14試合の平均入場者数が7296人だから、わずかながら上回っているところに、前回王者への関心度の高さが感じられる。

 ホームの甲府は、7月29日の栃木とのアウェイ戦から、スタメン6人を入れ替え。対する神戸は、最後のリーグ戦が7月22日のホームの川崎戦ということで、メンバーの入れ替えは3人のみとなった。ただし、武藤嘉紀と大迫勇也の元日本代表コンビはベンチスタート。ちなみにリーグ戦での順位は、神戸がJ1の首位、甲府はJ2で5位となっている。

 先制したのはホームの甲府。20分、左サイドの敵陣深くでボールを受けた宮崎純真が、右足でクロス気味のシュートを放つ。これが相手に当たってコースが変わり、待望の先制点となった。前半の甲府は、前線からの徹底したプレスが奏功し、神戸にほとんどチャンスを与えないまま1点リードで折り返す。

 ハーフタイム、神戸は3枚を替えて、武藤と大迫をピッチに送り出す。このベンチワークで、神戸は一気に流れを掴むこととなった。53分に相手のオウンゴールで同点とすると、60分には佐々木大樹のシュートをGKが弾いたところに、武藤が詰めて逆転に成功。 78分には初瀬亮の左からのクロスに武藤がヘッドで折り返し、最後は大迫が頭でフィニッシュ。86分にも、ジェアン・パトリッキがダメ押しの4点目を決めた。

 ファイナルスコア4−1で神戸が勝利。前半は積極的なプレッシングで対抗できていた甲府だが、最後は相手との火力の差を見せ付けられ、大会2連覇の夢を打ち砕かれることとなった。

「天皇」の名を冠する伝統のカップ戦で、不祥事が相次いだのは極めて残念。まずはJFAの裁定に注目したい。
「天皇」の名を冠する伝統のカップ戦で、不祥事が相次いだのは極めて残念。まずはJFAの裁定に注目したい。

■なぜ伝統のカップ戦で不祥事が相次ぐのか?

 取材終了後、甲府駅に戻るシャトルバスで、他会場の結果を確認する。町田、名古屋、湘南、川崎、柏、C大阪、熊本がベスト8に進出。唯一の都道府県代表だった高知は、川崎に0−1で敗れてしまったが、会場には7243人が詰め掛けたようだ。J1勢がひしめく中、唯一のJ2クラブとなった熊本は、神戸をホームに迎えることとなった。

 そんな中、名古屋vs浦和が行われたCSアセット港サッカー場で、試合後にトラブルがあったことを知る。浦和のサポーターが複数名、ピッチ上に乱入して名古屋の横断幕を引きはがすなどの暴挙に出たという。「名古屋のサポーターからの煽りがあった」との情報もあるが、それで免罪される話ではないことは明らかであろう。

 現場にいなかった試合について、多くを言及しない主義ではあるが、3回戦の東京ダービーに続いての不祥事である。長年、天皇杯を1回戦から取材してきた立場として、この件に触れておく必要性を痛切に感じている。FC東京の事件と浦和の事件には、もちろん直接的な関係性はない。けれども、いずれも伝統あるカップ戦で起こったことに、通底した何かを感じる。

 誤解を恐れずにいえば、天皇杯は「性善説」に基づいて運営されている。これがJリーグであれば、殺伐とした雰囲気となること必至のカードには、相応の警備が徹底される。けれどもオープンなカップ戦では、アマチュアチームも多く参加しており、試合運営は各都道府県協会に委ねられる。そのため、Jリーグのような厳格な警備が行われることは、これまでほとんどなかった。

 騒ぎを起こした輩もまた、おそらく天皇杯特有の運営を知っており、あるいは「Jリーグのような厳しい処罰を受けることはない」と認識していたのかもしれない。だが、天皇杯開催規程の第4条には《本大会における懲罰問題に関して、本協会規律委員会が直接管轄する。》とあり、さらにJFAの懲罰規程には、加盟チームに対する具体的な懲罰も明記されている。

 すでにラウンド16で敗退した浦和だが、JFAの懲罰がJリーグの試合に反映される可能性も「決してゼロではない」と考えたほうがよさそうだ。今後、どのような裁定が下されるかについては、見守るほかないだろう。が、それまで「性善説」で運営されていた伝統のカップ戦が、相次ぐ不祥事によって曲がり角を迎えるとしたら、そちらのほうが残念でならない。

<この稿、了。写真はすべて筆者撮影>

写真家・ノンフィクションライター

東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。『フットボールの犬』(同)で第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞、『サッカーおくのほそ道』(カンゼン)で2016サッカー本大賞を受賞。2016年より宇都宮徹壱ウェブマガジン(WM)を配信中。このほど新著『異端のチェアマン 村井満、Jリーグ再建の真実』(集英社インターナショナル)を上梓。お仕事の依頼はこちら。http://www.targma.jp/tetsumaga/work/

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