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アトレティコのリーガ制覇に思う「チョリスモ」の浸透と”Partido a partido”の意味。

森田泰史スポーツライター
リーガを制したアトレティコ(写真:ロイター/アフロ)

苦しみの先に、喜びがある。

アトレティコ・マドリーが、2020-21シーズンのリーガエスパニョーラで優勝を達成した。今季のリーガは最終節を残した段階で首位アトレティコ(勝ち点83)と2位レアル・マドリー(勝ち点81)に優勝の可能性があったが、結果的にはアトレティコがマドリーを振り切って戴冠に成功している。

決勝点のスアレス
決勝点のスアレス写真:ロイター/アフロ

アトレティコにとって、2013-14シーズン以来のリーガ制覇だ。その前の王座奪還に関しては1995-96シーズンまで遡る。

アトレティコのクラブとしての現在の基本目標は、リーガで3位以内に入ることだ。その達成が、もっと言えば、その継続的な達成がアトレティコとシメオネの価値を高めてきた。

ただ、1995-96シーズン、選手として優勝を経験していたのが、他ならぬディエゴ・シメオネ監督でもある。状況は今季のものと酷似していた。勝ち点2差で2位バレンシアが最終節までアトレティコを追走していた。ラストマッチとなったアルバセテ戦、ヘディングで決勝ゴールを沈めたのがシメオネだった。

「ヘディングでシュートを打って、その後にスタジアムの揺れを感じた」とシメオネは当時を回想している。

選手時代のシメオネ
選手時代のシメオネ写真:ロイター/アフロ

シメオネが指揮官としてアトレティコに”復帰”したのは、2011年12月である。

グレゴリオ・マンサーノ監督の下、アトレティコは成績不振に陥っていた。コパ・デル・レイで格下に敗れ、リーガでは11位と低迷。その時のUEFAランキングにおいては23位に位置して、ソシオ(会員)数は6万人程度だった。スポーツ的側面、経済的側面、人気、知名度、総合的に見てアトレティコをビッグクラブと称するのは難しかった。

監督として戻ってきたシメオネ
監督として戻ってきたシメオネ写真:ロイター/アフロ

「アグレッシブで、強く、戦うチームを作りたい。スピードがあり、カウンターを仕掛けていくチームだ。それこそが、アトレティコスが愛したチームだ。我々はクラブの歴史を顧みる」とシメオネは就任会見で語っている。また、シメオネの就任で、「試合から試合へ」がアトレティコの標榜になった。ひとつ、ひとつ。一個、一個。やるべきことをやれば、目標に辿り着く。チョリスモ(シメオネ主義)が徐々に浸透していった。

シメオネの就任以降、アトレティコはリーガ、コパ、スペイン・スーパーカップ、ヨーロッパリーグ(2回)、UEFAスーパーカップ(2回)と複数大会を制して合計7個のタイトルを獲得している。ここに、もうひとつ、リーガのタイトルが添えられた。現在、UEFAランキングでは6位。ソシオ数は13万人超えだ。

■シメオネ政権

シメオネ政権では、2度目のリーガのタイトルになった。

今季のアトレティコは、3バックを採用していた。リーガ第9節カディス戦でこの布陣を試して4-0と大勝すると、シメオネは手応えをつかむ。昨季一度試しながら放棄したシステムに、再びチャレンジした。

【3-1-4-2】のシステムで、アンカーにコケを据え、インサイドハーフでマルコス・ジョレンテが、トップでルイス・スアレスが躍動した。後方からの球出しはマリオ・エルモソの存在で円滑になり、最後尾に控えるGKヤン・オブラクが好守を連発して幾度となくチームを救った。そう、アトレティコは組織として完全に機能していた。

ただ、シーズン終盤、シメオネに迷いが生じていた。レアル・マドリーとのダービーマッチ、チャンピオンズリーグのチェルシー戦で、指揮官は【4-4-2】を採用している。シメオネは勝負師である。勝負師であるがゆえに、勝てそうな”匂い”がすると、そちらに舵を切ってしまう。だが長い目で見た場合、その行為はブレにつながる。そして、それは逆説的にPartido a partido(パルティード・ア・パルティード/試合から試合へ)の弱点でもあった。

変化が見て取れたのは、大一番となったバルセロナ戦だ。シメオネは【3-1-4-2】で臨み、なおかつ攻撃的な選手でスタメンを組んだ。指揮官の覚悟を感じたゲームだった。

■最後まで苦しんで

1939-40シーズン、1940-41シーズン、1949-50シーズン、1950-51シーズン、1965-66シーズン、1969-70シーズン、1972-73シーズン、1995-96シーズン、2013-14シーズン。今季までの優勝には、ひとつの共通点がある。アトレティコが優勝を決めたのは常に最終節だった。例外は、1976-77シーズンのみだ。

「10回中9回で最終節に優勝を決めているのは、マーベラスなデータだ」とはフアン・ビスカニオの弁である。彼は1995-96シーズンに選手として、2013-14シーズンにコーチングスタッフとして優勝を経験している。

「この記録を塗り替えるのではなく、伸ばしていかないといけないね。敗戦から学ぶことがあるなんて言うが、あれは嘘だ。1995-96シーズン、最後の試合を前にして非常に緊張感があった。だが我々はこの機会を絶対に逃せないと思っていた」

敗戦から学ぶことはない。ビスカニオの言葉にも、チョリスモに通じるところがある。

今季のアトレティコは、走り切った。肉体的にも、精神的にも。だがフィジカルという意味では主力に負傷者が相次いだバルセロナやマドリーに比べ、アトレティコにはケガ人が少なかった。その点においてはフィジカルコーチの”プロフェ”オルテガの貢献を忘れてはならないだろう。

今季、クラブ史上11度目のリーガ制覇を達成したアトレティコだが、そのシーズンでも最終節に優勝を決めている。

優勝を喜ぶサポーター
優勝を喜ぶサポーター写真:ロイター/アフロ

「苦しまなければ、アトレティコではない」

5月13日付のスペイン『マルカ』紙に、一面で踊った見出しだ。リーガ第36節、アトレティコは苦戦を強いられながらレアル・ソシエダを2-1で撃破。その翌日の新聞だ。

フットボールに、楽な試合は存在しない。それを知るからこその、アトレティコの優勝だろう。そんなアトレティコを、いまはただ祝福したい。

スポーツライター

執筆業、通訳、解説。東京生まれ。スペイン在住歴10年。2007年に21歳で単身で渡西して、バルセロナを拠点に現地のフットボールを堪能。2011年から執筆業を開始すると同時に活動場所をスペイン北部に移す。2018年に完全帰国。日本有数のラ・リーガ分析と解説に定評。過去・現在の投稿媒体/出演メディアは『DAZN』『U-NEXT』『WOWOW』『J SPORTS』『エルゴラッソ』『Goal.com』『ワールドサッカーキング』『サッカー批評』『フットボリスタ』『J-WAVE』『Foot! MARTES』等。2020年ラ・リーガのセミナー司会。

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