【渋谷区長選】ホームレス排除について考える
【渋谷区長選】ホームレス排除について考える
統一地方選の後半が始まりました。東京都渋谷区の区長選については、先ごろ区議会で承認された同性パートナーシップ条例や、ホームレス排除などのテーマで、ネットやSNSで話題になっています。
そういった多くの意見のなかには、もっともだと思うものもあれば、眉をしかめるものもあり。議論が深まっていくことを切に願いますが、特にホームレス排除の文脈などでは、誤解や偏見の助長につながりかねない主張も多く、心を痛めています。
渋谷区民でもないし、渋谷区の支援団体で活動しているわけでもないので、書いてよいものかどうか悩んでいたのですが、ホームレス排除について少し整理が必要と思い以下に書きます。
なお、僕個人としては渋谷区長選に関して、誰か特定の候補を応援しているわけではありません。また、誰が区長になるにしろ、そして、渋谷区に限らずどの自治体でも、セクシュアルマイノリティの人やホームレス状態の人たちが必要とする施策づくりや、人権、ダイバーシティ(多様性)という視点からの区政や街づくりがおこなわれることを願っています。
ホームレス排除について
みなさんは、宮下公園をご存知ですか?
宮下公園は、渋谷駅から山手線外回り方面(原宿方面)に乗ると、進行方向右手の線路沿いにある、こんもり緑がもりあがった公園です。現在、この公園は夜間施錠と言って、夜になると鍵が閉められ、入れなくなります。
渋谷に限らず、都内ではこのように夜間施錠される公園は少なくありません。宮下公園の近くにある神宮通公園も夜間施錠。夜間施錠ではないものの近くにある美竹公園は仮庁舎建設のため全面閉鎖中。
また、渋谷区以外でも都心の公園のなかには、改修工事の結果、これまで無料だった公共のスペースに有料のフットサルコートやバスケットコートが整備され、お金を払って予約しないと使用できなくなっている公園(区画)もあります。
これらの公園の多くには、数年前まで多くのホームレスの人たちが生活していました。テントを張って事実上定住している人もいれば、深夜のみ段ボールで即席の寝床を整えて眠り、朝になると去る人もいました。
これらの公園の夜間施錠や改修工事、一部の区画の有料化のすべてが必ずしもホームレス排除を目的としているとは思いません。自治体によっては、ホームレス状態の人がきちんとアパートに入居できるような支援をおこない、当事者と話し合って円満に計画を進めたところもあります。
しかし、渋谷区では、そういった話し合いや支援につなげていくことは、うまくおこなわれたとは言えず、むしろ、結果的にかなりこじれてしまっています。
宮下公園での強制排除
宮下公園に関しては、2010年9月に、渋谷区は公園内で生活するホームレスの人のテントなどを撤去すべく「行政代執行」が実施されました。区がナイキジャパンにネーミングライツ(命名権)を売却し、公園の改修をおこなうためです。
これに対し、公園内で野宿していた男性や支援団体などが2011年4月に裁判をおこし、2015年3月13日、東京地裁において原告側(ホームレスの男性や支援団体)の事実上の勝訴となりました。判決では、ナイキジャパンと区のネーミングライツに関する契約に関しては、「必要な議会の議決がなく、地方自治法に違反する」と指摘したほか、強制撤去そのものは適法としつつも、撤去前に男性を無理やり担ぎあげて退去させたのは違法と認定しました。(3月26日に渋谷区は判決を不服として控訴しています)
裁判では原告側の主張が一部認められたものの、この2010年の強制排除(行政代執行)以来、宮下公園内にはテントなどをはって生活することは難しくなりました。しかし、一方で、ホームレス状態の人がいなくなったかというと、下の写真を見ていただければわかるように、宮下公園近くの狭いスペースに身を寄せ合って生活している人も多いのが実態です。
また、2013~2014年、2014年~2015年の年末年始には、区は宮下公園を夜間だけでなく昼間も含めて完全に封鎖し、例年、支援団体がおこなっていたホームレス状態の人への支援活動も下記の写真のように、おこなえなくなる状況が発生しています。
公園などの公共空間での強制排除は、一時的にホームレスの人をいなくならせることができるかもしれません。しかし、彼ら・彼女らの多くは住む場所や居場所を失って公園などに身を寄せることが多いわけですから、そこから追い出しても根本的な問題解決にはなりません。むしろ、夜の街を転々と寝場所を求めてさまよい、健康状態を悪化させ、より困窮状態におちいって可能性が高いでしょう。
渋谷区の宮下公園でのホームレスの人への対応というものは、かなり厳しいものであると言わざるを得ません。
桑原現渋谷区長の発言
2015年3月26日に外国特派員協会でおこなわれた桑原現区長(今回は立候補せず)の記者会見では、セクシュアルマイノリティの人権や多様性を強調する一方で、
と話したと報道されました。
宮下公園にはホームレスの人はおらず、政治運動なのでしょうか。
声をあげると「政治運動」?
2014年8月14日に、僕の所属する〈もやい〉と都内のホームレス支援団体の協力で、野宿者襲撃(野宿をしている際の暴力被害)の実態についての調査をおこないました。
渋谷近辺で野宿する人も含む347人からのアンケートによれば、
・40%の人が襲撃を受けた経験あり。
・襲撃は夏季に多く、襲撃者(加害者)の38%は子ども・若者。
・襲撃者は75%が複数人で襲撃に及んでいる。
・襲撃の内容としては、なぐる、蹴るなどの「身体を使った暴力」やペットボトルやたばこ、花火などの「物を使った暴力が62%を占めている。
・子ども・若者の襲撃は「物を使った暴力が53.6%にのぼる。
などが明らかになりました。
このように、当たり前ですが、公園や路上で寝泊まりすることは危険と隣合せであり、ホームレス状態の人同士でグループを作ったり、身を寄せ合って生活をしていることも多くみられます。
ホームレス状態の人同士の支え合いだけでなく、ホームレス生活を脱却した元路上生活者が差し入れをしたりと、コミュニテイーとしての機能をもっているグループもあります。支援団体のなかにもそういった当事者同士の「つながり」のなかから生まれたものも多く、支援施策を求めて自治体に要望したり、声を上げてきた歴史もあります。
そして、桑原現区長が言うような「そういう人たちの組織」とは、当事者や元当事者を中心としたボランティア団体であり、手弁当の互助グループです。本来であれば対話が必要な状況であるのに、ここまで敵視しなくても……。関係性がかなりこじれてしまっているなという印象を持ちます。
ホームレスの人は、どうして支援につながらないのか
近年、いわゆる「ホームレス」の人は減少しています。(「ネットカフェ難民」やファストフード店などで寝泊まりする見えづらい住所不定層は増加していると言われています)
しかし、詳細は以前にシノドスで書きましたが、病気や障がいを抱えているホームレス状態の人も多く、医療福祉的ニーズが高い人たちが路上で生活している状況があります。
東京都の調査によれば、渋谷区のホームレスの人は2014年8月時点で98人。もちろん、この調査自体が昼間に調査員が目視でカウントする方法をとっているため、ホームレス状態の人のすべてを捕捉できているわけではありません。
とはいえ、この98人という数字。あなたは多いと思うでしょうか、少ないと思うでしょうか。そして、一人ひとりに丁寧に向き合うことは、はたして難しいのでしょうか。
渋谷区は責任をもって保護していると言うが……
もちろん、渋谷区も生活保護やホームレス自立支援法の施策等で、必要な人を支援しています。しかし、これは渋谷区だけの話ではないのですが、まだまだ住所不定の生活困窮者を支援する仕組みが不十分であるのは事実です。
実際に、例えば、渋谷区で住所不定の人(ホームレス状態の人)が生活保護申請をすると、一時的な宿泊場所として多くの場合、GやY寮などといった民間の簡易宿泊所や無料低額宿泊所と呼ばれる施設を紹介されます。これらは、大半は複数人部屋で衛生面や住環境の面で必ずしも良いとは言えないところばかりです。(貧困ビジネスと批判する人もいます)
また、本来であれば、すぐさまアパートなどの居宅を用意することも法律的には可能であるにもかかわらず、多くの場合、そういった環境の良くない施設に何か月も滞在することが求められたりします。
こういった、ハード面での支援の不足は、多くのホームレス状態の人が支援を望まない、支援を使いたくても劣悪な環境に耐えられない、といった、彼ら・彼女らを路上に留めてしまう大きな要因となっています。先述しましたが、ホームレス状態の人のなかには高齢だったり病気や障がいを持っている人も多く、そうした人が集団生活になじめなかったり、健康状態を悪化させてしまって支援が継続しないなどの事態は後を絶ちません。
東京都は個室の施設を前提とする方針を検討しているようですが、まだまだ各区の施策には現段階では反映されていません。
ハウジングファースト的な施策の必要性
実は、東京都は2004年から2009年にかけて、ホームレス地域生活以降支援事業というものを実施していました。これは、別名「3000円アパート事業」と呼ばれ、都内の公園などでテント生活をしていたホームレス状態の人に支援団体と都が協力して3000円の家賃でアパートを借りることができるようにし、地域のなかでの自立を目指したものです。
この事業により、路上からシェルターを経由せずに直接アパート生活に移行した人は1945人。そして、84%の人が地域でのアパート生活を維持しているとの成果が出ました。
この事業はあくまで東京都により「試行的」におこなわれたもので、その後は継続されていないのですが、集団生活の劣悪な施設とアパート生活の選択肢であれば、誰もがアパート生活を選ぶことでしょう。
こういった支援の質を高めていくアプローチによって、彼ら・彼女らを追い出すのではなく、地域のなかで共に生活していく道を模索していくことができるのではないでしょうか。
ホームレス状態の人のなかにもセクシュアルマイノリティの人は存在する
当たり前の話ではあるのですが、ホームレス状態の人のなかにもセクシュアルマイノリティの人は存在します。僕もこれまで何人もの人と出会って来ました。
例えば、生物学的な性別と性自認が別の人がいたとして、その人が住所不定の状態から生活保護の申請をした場合。多くの場合で、その後の宿泊場所の確保にかなり困ってしまいます。なぜなら、公的、民間の施設は多くの場合、男性用と女性用にわかれており、セクシュマイノリティの人の入所が断られてしまうことは珍しくありません。ユニセックスな施設(シェルター)や宿泊場所はなかなかありません。そしてそもそも、生活保護の基準で泊まれる個室自体が東京では非常に少ないですから。
そういったことを考えると、例えば、先述した東京都の地域生活移行支援事業のような、いきなりアパートに入れる施策が整っていれば、セクシュアルマイノリティの人もそうでない人も、誰もがプライバシーが守られ、安全・安心に利用できるでしょう。
ダイバーシティとは、セクシュアリティについてだけではなく、バリアフリーや、そしてホームレスの人への対応という文脈でも「ユニバーサルデザイン」として、必要な支援を整える上での重要な考え方なのです。
いま必要なことは対話
渋谷区で起きているホームレス排除は、とても不幸なことです。ホームレス状態の人を追い出しても何も解決しません。
真にダイバーシティーを考え、一人ひとりを大切にする区政を目指していくのであれば、いま必要なことは対話なのではないでしょうか。もちろん、裁判になっていたりと、これまでの経緯のなかで、対話をおこなうこと自体が簡単なことではないかもしれません。
しかし、あらゆる人権課題について少しずつでもきちんと向き合っていくことこそが、ダイバーシティの街作りと言えるでしょう。
新しい区長になる方と、ホームレス排除の問題についても一緒に議論していけることを心から願っています。
以上