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トランプの副大統領候補はNetflixの映画に出てきたあの人だ

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
J・D・バンスの回顧録を映画化した「ヒルビリー・エレジー〜」の一場面

 トランプから副大統領候補に選ばれたJ・D・バンスは、4年前、ロン・ハワードが映画で描いたあの人物。Netflixが全世界配信した「ヒルビリー・エレジー ―郷愁の哀歌―」の主人公だ。

 原作は、バンスが政治家に転身する前に執筆し、ベストセラーとなった回顧録「ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち」。出版されたのは2016年の夏。当時、バンスはトランプを批判していたが、白人の労働者階級の現実を語るその本に、その秋の大統領選でトランプが勝利を手にした理由を見た人は少なくなかった。2022年、上院議員に立候補するにあたり、バンスはトランプに謝罪し、トランプと共通する政策を掲げて、トランプの支持を得ている。

トランプの副大統領候補となったJ・D・バンス
トランプの副大統領候補となったJ・D・バンス写真:ロイター/アフロ

 映画は、子供時代のバンスが、夏休みをケンタッキー州ジャクソンで過ごすシーンでスタート。そこから舞台は14年後に移り、3つのアルバイトをかけもちしながらイェールのロースクールに通う、大人になったバンスが登場する。

 夏のインターンシップがかかったフォーマルな食事会で、バンスは、テーブルマナーも、ワインについても知らず、緊張してばかり。しかも、その席で、偉い人が自分の出身地の人たちを“レッドネック”と呼んだことに対して怒りを表してしまった。そんなところへ、母(エイミー・アダムス)がヘロインの過剰摂取で入院したと姉(ヘイリー・ベネット)から電話があり、将来のために大事な時期であるにもかかわらず、故郷に戻ることになる。

 その後、ストーリーは、ふたつの時代を行ったり来たりしながら展開。大人のバンスを「ナイト・エージェント」のガブリエル・バッソ、子供時代を新人子役オーウェン・アスタロスが演じている。

子供時代のバンスを演じるオーウェン・アスタロスと、祖母役のグレン・クローズ
子供時代のバンスを演じるオーウェン・アスタロスと、祖母役のグレン・クローズ

 公開前のインタビューで、この話は2016年の大統領選挙の結果について語るものであるかと聞かれると、ハワードは、政治的な話にしないよう、慎重に答えた。

「私が興味を持ったのは、J・Dの経験と、彼の家族の話。もちろんそこには試練のサイクルというものに触れられていくが、それについてコメントするつもりはない。私が望んだのは、この家族をできるだけ真実に忠実に描くことだ。彼らが直面した困難はそのコミュニティに根付いてはいるが、ほかの人たちだって同じような苦悩を体験している。実際のところ、人間はそう変わらないのだということを、彼の話は思い出させてくれると思う」。

 ハワードは、この映画を監督すると決める前から、バンスとたっぷり話し合いを持ったとも語っている。これは強い意志を持つひとりの男が壁を破って成功した話ではなく、身近にいた女性たち、とりわけ祖母が自分を助けてくれ、違う人生を切り拓く手助けをしてくれたことについての話だとバンスが言ったことに、ハワードはとりわけ強く興味を惹かれたとのことだ。

撮影中のロン・ハワード監督(Lacey Terrell/Netflix 2020)
撮影中のロン・ハワード監督(Lacey Terrell/Netflix 2020)

 その祖母を演じたグレン・クローズは、この役で人生8回めのオスカー候補入りを果たした。この時も受賞にはつながらず、「ミナリ」のユン・ヨジョンに敗れている。クローズに特殊メイクを施したメイクアップ&ヘアスタイリングチームも、オスカーに候補入りした。

 だが、作品自体への評価は芳しくなく、賞を狙うのに理想的な11月に公開したにもかかわらず、アワードにまるでひっかかっていない。批評家の評価も低く、Rottentomatoes.comによれば、好意的な批評はわずか25%である。「ビューティフル・マインド」でオスカーを受賞し、「アポロ13」、「シンデレラマン」、「ダ・ヴィンチ・コード」などをヒットさせてきたハワードにとっても、代表作とは言えないだろう。

 しかし、バンスが副大統領候補となって突然注目される存在となったことで、この映画にも再び脚光が当たったりするだろうか。製作に直接かかわった人たちには悪いことではないはずだが、それ以外のハリウッドの人たちにとっては複雑かもしれない。言うまでもなく、ハリウッドには圧倒的に民主党支持者が多いのだ。それにしても、たった数年前に映画のキャラクターとして目にした人物が、まさか副大統領候補になるとは。もっともトランプもリアリティ番組でセレブリティになったのだが、本当に何があるかわからないものである。

場面写真:Lacey Terrell/Netflix 2020

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「シュプール」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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