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米コメディ番組がバンス副大統領候補役をアジア系に演じさせた意図

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
バンス共和党副大統領候補を演じたボーウェン・ヤン(NBC)

 初放映から半世紀を経た「サタデー・ナイト・ライブ」(SNL)が、あいかわらずすごい。50シーズン目の幕開けとなった先週土曜日の回は、近年の「SNL」が大得意とする政治のパロディで始まり、大好評を得た。

 先シーズンが終了したのは、共和党のトランプと民主党のバイデンが大統領選を争うと信じられていた頃。だが、それから予想もしなかったことが起きて、新たな人たちが表舞台に躍り出た。「SNL」のライターたちにしてみれば、最近の出来事はネタの宝庫。新シーズン開始に先立ち、「SNL」の元レギュラーで、過去にもカマラ・ハリスを演じたマヤ・ルドルフがハリス役で復帰すると発表されたことも、期待を高めた。

 トランプ役は、アレック・ボールドウィンが降りてから引き継いできたジェームズ・オースティン・ジョンソンが続投。しかし、それ以外の新たな人物を誰が演じるのかは、秘密のままだった。そうしてついに放映された新シーズン初回では、意外な人たちがこれらの要人役で登場し、絶妙な演技で笑わせてくれたのだ。

 ルドルフのハリスは、声も、しゃべり方も、しぐさもそっくり。ウォルズ副大統領候補役のジム・ガフィガン、ハリスの夫ダグ・エムホフ役のアンディ・サンバーグも、特徴をしっかりつかんだ上で誇張する。過去にジェイソン・サダイキス、ウディ・ハレルソン、ジム・キャリーなどが演じてきたジョー・バイデンは、デイナ・カーヴィが演じた。カーヴィのバイデンは、歩き方もよぼよぼしていて、同じ話を繰り返し、見るからにお年寄り。ルドルフのハリスにバトンタッチしてくれたことを感謝されると、「私は嫌だったんだよ。無理やりそうさせられたんだよ」と言い返す。

 そんな中で最も興味深いのは、JD・バンス共和党副大統領候補の役を、「SNL」の現在のレギュラーで、来月北米公開予定のミュージカル映画「ウィキッド ふたりの魔女」にも出演するボーウェン・ヤンが演じたことだ。この役は、「ハングオーバー!」シリーズのザック・ガリフィナーキス、あるいは「アイ、トーニャ 史上最大のスキャンダル」「リチャード・ジュエル」のポール・ウォルター・ハウザーが演じるのではないかとささやかれていた。

 副大統領候補に選ばれてからというもの、バンスは、「民主党の未来は事実上、子供のいない猫好き女たちによって仕切られている」などという過去の発言が浮上し、その古い価値観に批判が集まっている。ジョンソンのトランプは、「みんなにJDは間違った選択だったと言われる。多くの意味でそのとおりだ」と言った上で、ヤンのバンスを舞台に連れてくる。ヤンのバンスが握手をしようとしても、ジョンソンのトランプは無視。その後、ヤンのバンスは、「今朝、トランプに、君は私にとって息子のような存在だと言われました。好きじゃないけれども、切ることはできないと」と言う。

共和党の副大統領候補JD・バンスの古い価値観は多くから批判されている
共和党の副大統領候補JD・バンスの古い価値観は多くから批判されている写真:ロイター/アフロ

 もともとの見た目は違うにしても、つけ髭、髪型、服装、身のこなし、話し方など、エッセンスをしっかりつかんでいるヤンは、パロディのバンスとして十分説得力があった。それでも、バンスと同じ白人で、コメディのセンスもあるガリフィナーキスやハウザーではなく、なぜあえてアジア系のヤンを選んだのだろう。もっと詳しく言うなら、アジア系で、LGBTQであることをオープンにしているヤンをだ。いや、「SNL」は、だからこそ、彼にやってもらいたかったのではないだろうか。

 アフリカやハイチのような「クソのような国」からではなくノルウェーやデンマークのような「良い国」から移民が来ないのかと言ったこと、メキシコ人はレイピストだと決めつける発言をしたことなどからも、トランプが、移民自体というより、有色人種がアメリカにいることを嫌っているのは明らか。また、「子無し猫好き女」ほかいくつかの発言が示すように、バンスは自分の子供を生まない人たちを嫌う(彼の妻も同様で、夫をフォローするような発言をしたが、むしろ逆撫ですることになった)。不妊治療も良く思っていない。彼の価値観では、自然に妊娠して子供を作るのが正しい人たちなのだ。

 中国に生まれ、オーストラリアに移住した両親のもとに生まれたヤンは、移民の子。ゲイなので、女性と結婚し、子供を作ることはない。要するに、トランプとバンスが最も嫌うカテゴリーにいるのである。そんな人が自分を演じたことを、バンスは決して面白く思っていないだろう。

「SNL」は、過去にも同じことをやっている。2017年には、当時のホワイトハウス報道官ショーン・スパイサーを、メリッサ・マッカーシーに演じてもらった。女性差別でも知られ、自分のスタッフに「女性らしい服装をしろ」と命じたトランプの報道官を、男性になりきった女性が演じるとは、痛烈ではないか。ほかに、トランプの弁護士ルディ・ジュリアーニをケイト・マッキノンに演じさせてもいる。トランプは、自分の側近を女性たちによってバカにされたのだ。

 ヤンがバンスを演じるのは今回だけなのか、今後も続投するのかは、不明。いずれにせよ、大統領選の11月5日までには、まだまだいろいろな政治的ドラマが起こるはずだ。ヤンも含め、これら優秀なコメディアンのパロディを見られる毎週土曜日を楽しみにしたい。

 ところで、先週末は、50年前、「SNL」が初めて放映された時の舞台裏を描く映画「Saturday Night」がアメリカで限定公開になった。監督はジェイソン・ライトマン。限定公開としては、今年2番目の成績を上げる好調なすべり出しで、賞レースも視野に入れている。出演は、ガブリエル・ラベル、ニコラス・ブラウン、ウィレム・デフォー、J・K・シモンズら。この映画がこの後どこまで伸びるかも気になるところである。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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