北朝鮮の若者2人が味わった「たった14時間の自由」
北朝鮮の田舎の若者の、わずか14時間の逃避行だった。
中国遼寧省の丹東は、市区人口(市内中心部の人口)78万人の、中国では中規模の都市だ。ちなみに上海は2487万人、北京は1916万人、同じ遼寧省の瀋陽は787万人、大連は408万人だ。
鴨緑江沿いから市内中心部にかけて高層マンションが立ち並ぶものの、一歩裏通りに入ると雑居ビルや低層マンションが多い。不景気や人口減少もあってか、日本や韓国に住む人の目からすると、都市全体が薄暗く感じるだろう。
しかし、鴨緑江の対岸の北朝鮮の人にとっては、まぶしすぎるようだ。
眩い光に幻惑され、ついつい脱北してしまった北朝鮮の青年2人が中国公安当局に逮捕され、強制送還された。平安北道(ピョンアンブクト)のデイリーNK内部情報筋が伝えた。
(参考記事:【スクープ撮】人質を盾に抵抗する脱北兵士、逮捕の瞬間!)
逮捕された2人は、白頭山英雄青年突撃隊所属で、7月末の洪水で深刻な被害を受けた両江道(リャンガンド)の大紅湍(テホンダン)、三池淵(サムジヨン)、恵山(ヘサン)などで災害復旧工事に従事してきた。
そんな2人に、突撃隊指揮部は資材の買付を命じ、3日間の外出許可を与えた。2人が向かったのは丹東の対岸にある新義州(シニジュ)だった。指揮部は毎日居場所を報告するように指示していたが、急に連絡が取れなくなった。
きっと何かをやらかしたに違いないと見た指揮部は、新義州市保衛部(秘密警察)に通報した。保衛部は、中国の丹東市公安局に捜査協力を依頼した。公安は、すぐに挙動不審な2人の若者を発見し身柄を拘束、翌日に保衛部に身柄を移送した。その間、わずか14時間のことだった。
取り調べに対して2人は、このように供述した。
「新義州に初めて来たが、対岸の中国にうっとり見とれてしまい、好奇心から川を渡ってしまった」
そもそも脱北をしようなどという考えは全く持っていなかった2人は、必要な資材の調達が終われば、すぐに両江道に戻るつもりでいた。しかし、中国のまぶしさに見とれてしまい、「向こうの世界を見てみたい」「3日以内に戻れば大丈夫だ」「時間がなくなって資材の購入ができなくても、カネさえ返せば問題ない」と考えて、川を渡ってしまったのだ。
保衛部は、2人に対して「感想文」を書くように命じた。そこにはこんなことが書かれていた。
「両江道から見ていた中国と、新義州から見る中国ではあまりにも違った」
「光り輝く都市や道沿いに立ち並ぶ街路灯など、光があまりにもまぶしかった」
「人々が、夜遅くまで羊の串焼きを食べ、ビールを飲む様子は、(北朝鮮に戻れば)ふたたび見ることがないであろう平和で平穏な光景だった」
保衛部の係官に「見て感じたところを正直に書いていい」と言われた2人は、その言葉を真に受けて率直に感じたことを書いてしまったのだ。係官は、感想文を読み上げる2人を何度も殴りつけた。
(参考記事:北朝鮮女性を追いつめる「太さ7センチ」の残虐行為)
保衛部は、2人が出来心で脱北してしまっただけで、政治的背景はないと判断し、政治事件として扱わず、突撃隊を除隊させ、実家に送り返すだけの軽い処分で済ませた。
情報筋によると、通常の脱北者のように厳罰に処すれば、金正恩総書記の命令を受けて災害復旧に当たっている白頭山英雄青年突撃隊のイメージを乱すことに繋がりかねないとの声が保衛部の内部で上がったことが、軽い処分につながったようだ。
また、感想文に「資本主義に毒された中国を見て、偉大なるわが祖国(北朝鮮)がいかに素晴らしいかを知った」などと言った模範解答を書かなかったことが、逆に功を奏したのかもしれない。それすら書けないほどの教育レベルの田舎の若者が、計画的に脱北して韓国を目指すなどと言った大それたことはしないだろうと判断された可能性も考えられる。
実家に戻るに当たって2人は、「中国で見たすべてのことは心のなかにしまっておけ」と、いっさい口外しないように保衛部から警告を受けた。だが、この話はあっという間に広がってしまったようだ。
その話を聞いて、「一度でいいから見てみたい」と思った人もいるだろうが、新義州を含む国境地帯は、特別な許可がなければ立ち入ることができない。北朝鮮のほとんどの人にとって、国境の向こうの光を見るのは、外国に行くのと同様に困難なことなのだ。