ふたたび1軍の舞台で輝くためにー。富田蓮(阪神タイガース)はファームで牙を砥ぐ
■実戦復帰した富田蓮投手
7月11日以来、およそ1か月ぶりの実戦登板だった。左肩の違和感で実戦から離れていた阪神タイガースのルーキー・富田蓮投手は8月8日、独立リーグとの練習試合で先発マウンドに上がった。
ぽんぽんと3球で2アウトを取ったあと2つの四球を出したが、次打者を右飛に仕留めて無失点で立ち上がる。以降も許した安打は1本のみで、スコアボードに0を3つ刻んで41球で交代した。
マウンドでの“滞在時間”は短かったが味方の攻撃時間が長かったため、ベンチ前でのキャッチボールに大粒の汗をしたたらせていた。試合後、富田投手は約1か月ぶりの実戦での投球を振り返った。
「変化球に頼らず、しっかり自分のまっすぐで押すということと、テンポよく投げるというのを心がけて投げました。でも、空振りが少なかった。もっともっとまっすぐの強さっていうのは出ると思うので、ブルペンを通して投げていきたい。2アウト取ってフォアボールを2つ続けちゃったのは、本当にやっちゃいけないこと」。
気になるのは左肩の状態だが、「ちょっとまだブルペンのほうが思いきって腕が振れてるなって感じがしているので、ブルペンで投げているのがマウンドで出せるように。バッターに対していけば、それも直ってくるのかなと思います」と、回を重ねていくことで不安は拭えそうだとの見通しを口にした。
■初登板で初勝利
三菱自動車岡崎からドラフト6位で入団した即戦力ルーキーは、オープン戦で7試合に投げて2勝を挙げ、防御率0.96と結果を重ねて開幕メンバーに入った。プロ初登板は4月1日の横浜DeNAベイスターズ戦。延長十二回に8番手でコールされたが、富田投手は落ち着いていた。
「ピッチャーをつぎ込んでいて残りのピッチャーもめっちゃ少なかったんで、いつかは呼ばれるだろうなっていう中で(ブルペンに)電話がかかってきて、『富田』って言われたので、『やばい』とかっていう気持ちはなくて、『急いで肩作んないと』っていう感じでした」。
京セラドームなのでリリーフカーはない。ベンチから飛び出そうとしたとき、投げ終えた先輩投手陣が「思いきって投げてこい」と声をかけて力を与えてくれたから、「自分のボールを投げようという強い気持ちをもっていけました」と、向かっていくだけだと気合いが入った。
フライ2つで簡単に2死を取ったあと、佐野恵太選手に安打を許した。
「もう自分を信じて。自分の今出せる力を出すっていうのはもちろんなんですけど、(キャッチャーの坂本)誠志郎さんが構えているところに投げれば大丈夫だっていう気持ちで投げました」。
2死一塁で、宮﨑敏郎選手をアウトローのストレートで見逃し三振に斬った。富田投手の好投が流れを呼び込んだのだろう。その裏、満塁から近本光司選手がサヨナラ打を決め、なんと初登板で初勝利をゲットすることができた。そして、初のヒーローインタビューにも呼ばれた。
お立ち台では「最高でぇ~す!」と高らかに叫び、自己紹介もやってのけた。
「歓声がすごいなと思いました。またこういう舞台で投げたいっていうのは、さらに感じるようになりました」。
こんなにも大勢の人たちを喜ばせることができるんだ―。プロ野球選手になった実感を嚙みしめていた。
■先発と中継ぎの違いを実感
その後も貴重な戦力としてブルペンの一角を担った。ピンチでマウンドに上がることもあれば、イニングをまたぐこともあり、4月14日(ベイスターズ戦)に2安打3失点した以外は5試合で無安打無失点だった。
そしてチーム方針で先発に配置換えが決まり、ファームで調整するために5月7日に登録抹消された。
「今まで先発でやってきたので、プロの世界でも先発で投げられるというのは、素直に嬉しかったですね」。
そこからウエスタン・リーグで先発として4試合(18回1/3)に登板し、被安打17、失点7(自責5)で防御率は2.45。
「やっぱり先発と中継ぎの違いはあるなと思いました。中継ぎだと短いイニングの中で1人のバッターに対してめっちゃ集中するけど、先発は長いイニングを投げなきゃいけないんで、1人のバッターに自分のベストボールをずっと投げ続けるわけにはいかない。いかに簡単に打ち取れるかっていうのを考えるという違いがありますね」。
また、先発は1試合の中で同じバッターと複数回対戦する。球数、力の入れ具合、駆け引き…さまざま考えながら経験を積んだ。
■1軍での先発デビューはホロ苦
そして、いよいよ6月9日の北海道日本ハムファイターズ戦で1軍での先発チャンスがやってきた。“先発・富田蓮”の力を見せたいと意気込んだが、初回は無失点で立ち上がったものの二回に連打にエラーが絡んでピンチを招き2失点。三回は2死から1失点し、3回3失点(自責2)で降板となった。要した球数は80球にも上った。
「社会人のときには簡単に取れていた空振りが、プロには粘られる。粘られたときに抑える決め球がないなと思いましたし、もっともっと力をつけなきゃいけない、力不足のところが多いなと感じました。ファームでもっともっと投げて自信をつけなきゃいけない」。
出直しを誓い、ふたたび“修業の日々”となった。
■自分の体の状態を把握する
ファームで先発登板を重ね、自己最長イニングも7回まで伸ばした。オールスターブレイクが明けたころ、左肩に違和感を感じたために一旦ゲームから離れることになったが、ようやく戻ってこられた。
「この1か月で体も万全になってきている。この期間にウエイトとかでしっかり力をつけられたので、まっすぐのキレもちょっとずつ戻ってきていると思います。まっすぐでもっと押せると思うし、まっすぐの精度っていうのを一番大事にしたいと思っています」。
きちんと自分の“体の声”に耳を傾けることができたから大きな故障にならずに済み、結果的に体を鍛えることもできた。自身の状態を把握できることは、プロとしてたいせつなことだ。
■西勇輝投手からの金言
入団してから、さまざまな先輩たちから貴重な話を聴くことができている。とくに現在ファームで西勇輝投手には「いろいろいい話、深い話をしてもらえています」と感謝している。中でも印象に残っているのが「ファームにいるうちは、いろいろ挑戦していいと思うよ」という話だという。
「(登板間の)1週間を毎回同じように過ごすんじゃなくて、自分の中で変えてみる。食生活だったりとか。どういう生活をしたときの試合のピッチングがよかったかっていうのを、もっと研究していい時期だからって言われました。ダメだったら次は変えてみたらいいって。一気にはできないかもしれないですけど、徐々に変えていけたらなと思っています」。
プロ野球選手として、まだまだスタートしたばかりだ。さまざまなことにトライしながら自らの体を使った“人体実験”で、よりよいピッチングができる生活を見つけ出していこうとしている。
また、今気をつけているのは、試合前はどこであっても同じように過ごすということだ。とくに試合前に食べるものは、「遠征先にでもあるようなものを、ホームでも摂るようにしています。麺類であったりカレーであったり」と、ホームにいるときもあえて遠征先に合わせて選ぶように気にしているという。「どこででも同じ生活ができるように」と意識しているのだ。
■ふたたび輝く舞台へ―
プロ野球選手になって「これまで見ていたバッターに投げるのはおもしろいなと思います。DeNAの宮﨑選手であったり佐野選手であったり、広島の菊池選手、巨人の坂本選手。見ていたバッターと対戦できたので、そういうところは嬉しいなと思いますね」と初々しい感想を口にする。
坂本勇人選手はオープン戦で投ゴロに打ち取り、宮﨑選手からは開幕カードで三振を奪った。菊池涼介選手も遊ゴロに抑えている。ただ、佐野選手とは2度対戦して2安打、うち1本はタイムリーを許している。
プロでは同じ打者と何度も対戦することになるが、「研究もされていくと思うけど、それ以上の球の質で圧倒していけるようにやっていきたい」と、負けるつもりはない。
目指す投手像はチーム内の先輩、大竹耕太郎投手だという。「1軍でローテを守っている投手。1年間投げるのはきついと思うけど、そういう体力をつけたりとか、自分も大竹さんのように多彩な球を使って攻めるピッチャーなんで、そういったところはもっと真似していきたい」と、お手本にしていくつもりだ。
1軍で投げていた日々を思い返すと、やはり「あそこで投げてこそ」だという思いを強くする。ふたたび大勢のファンの前で輝けるように、富田蓮は今はファームで牙を砥ぐ。
(撮影はすべて筆者)