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ジャニーズと朝ドラ俳優が見せた意外な顔〜「火の顔/アンティゴネ」

木俣冬フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人
「火の顔」より 撮影:阿部章仁

映像の枠には収まりきれない演技

「ジャニーズ」と「朝ドラ」といったら日本のポップカルチャーの最高峰である。ジャニーズのタレントたちは日夜、コンサート、ドラマ、映画、舞台、バラエティと様々な場で、朝ドラのヒロインや出演者たちは月から金まで朝8時から、日本人の最大公約数的欲望に沿った清潔感や明るさ、夢や希望を振りまいている。ときには汚れキャラを演じることもあるが、それもまた、配慮された許容範囲内の汚れであることが多い。いずれにしても、いついかなる場でも的確に求められたものを演じることができる才能があるからこそ最高峰に立つことができるのだ。

ジャニーズJr.で少年忍者に所属する川崎星輝(さきは「たつさき」)と朝ドラこと連続テレビ小説「舞いあがれ!」(NHK)に出演して注目された大浦千佳が、吉祥寺シアターでの「火の顔」「アンティゴネ」の2本立て公演で、映像では見られない顔を見せている。映像の確たる枠には収まりきれない、人間の内なる炎を激しく燃やしているのだ。

どんな作品なのか

「火の顔」は平凡な4人家族の崩壊を描いた物語。姉と弟が思春期に入ると父母(宮地大介、愛原実花)には手がつけられなくなって家庭がギクシャクしていく。川崎が弟、大浦が姉(小林風花とWキャスト)を演じている。「アンティゴネ」はギリシャの古典を第二次世界大戦時のドイツに置き換えたもので、国歌の圧政にたったひとりで立ち向かうアンティゴネを大浦が、その婚約者と兄の亡霊の2役を川崎が演じる。亡霊は物語を見つめる役割でもある。

2本立てというだけでもなかなか大変なうえ、どちらも心身共に追い込んでいくような作品である。映画ではできないことを演劇という表現手段に見出している深作健太の演出のもと、リミッターを外して暴れ、叫び、でも決して理性を失わない川崎星輝と大浦千佳。心身と頭脳、あらゆる面で人間の可能性を追求していく。

「火の顔」より 撮影:阿部章仁
「火の顔」より 撮影:阿部章仁

反抗する少年、少女が示すもの

「火の顔」の弟と姉は、思春期という心身の変化によって、自身では正しく認識し制御することのできないエネルギーの持って行き場に苦しみ、それを理解しない両親は子どもたちを家庭という枠に抑え込もうとする。息苦しい家庭のなか、姉と弟は唯一の味方として強く結びつく。

弟は自身の心身の象徴でもあるような火を使用した破壊行為――爆弾づくりにのめりこみ、姉には恋人ができて、未知の世界を開こうとするが……。

暴力がはびこる世界の問題と人間の本能の問題、国家と家族のあり方などが重なり合う。少年は自分の心身で蠢くものや世界について懸命に理性で解き明かしていこうと試みる。演じる川崎は18歳、白いシャツを素肌にはおるとすらりとした植物的な色っぽさがあり、小柄な大浦との身長差がちょっと倒錯的にも見えて絵になる。彼らが醸す情緒には理屈を超えた豊かさがある。

対して「アンティゴネ」は徹底的に論理である。戦時下のドイツ、焼け跡のなかで演じられるギリシャ劇「アンティゴネ」という体(てい)ではじまるこちらは、最初にどんな設定なのか、どんな役なのか説明が行われる。そのためわかりやすかったと観客が帰りに話しているのを耳にした。

ギリシャの都市・テーバイ、亡くなったオイディプス王の代わりに国を率いるクレオン(宮地大介)は戦場から逃亡したアンティゴネの兄を処刑する。禁を破り兄を埋葬したアンティゴネは逮捕される。個人としての「法」と国家の「法」、どちらを優先すべきか、アンティゴネとクレオンは激しく対立する。

劇団活動をしている大浦千佳はひじょうにしっかりした調子でセリフを語る。朝ドラ「舞いあがれ!」(NHK)では主人公の実家の町工場に勤務する合コンにいそしむ社員を演じていた。主人公に批評的な態度をとる役割とちゃっかりした態度が視聴者の高い支持を獲得した。短い出番ながら注目されたわけは、愛嬌のあるかたき役というある種の典型を的確に演じたからであろう。それは舞台で鍛えげられたものだったのだろうということが今回の公演を見てわかった気がした。

映像では脇役を実直に演じているが舞台ではセンターに立って所狭しと動き回り全身全霊。

なにしろたったひとりで国家に反抗していく役割だ。「アンティゴネ」は全体主義でみんなが自分で思考することを放棄してルールや声の大きなものに流されていく状況に、それでいいのか問いかける物語であるので、欧米特有の論戦劇として見せなくてはならない。それを大浦はしっかりやっていた。

「アンティゴネ」より 撮影:阿部章仁
「アンティゴネ」より 撮影:阿部章仁

なぜいまドイツ演劇なのか

あまりにもメッセージ性が強く、俳優たちはメッセージを伝える役割を真摯に全うしているように見える。ジャニーズの川崎すらアイドルの面を封印するように粛々と演じている。それもできるからすごいのだが。ジャニーズとはアイドルの前に優れた職人の集まりだとつくづく思う。「火の顔」のほうでスター性を発揮しているのでバランスはとれている。カーテンコールではにっこりVサインして観客にサービスするギャップもさすがである。

演出家の深作健太は前述したように、映画ではできないことを演劇でやっている。実際、今や映画もドラマもコンプライアンスが厳しくなってやれないことがどんどん増えている状態にさっさと背を向け演劇でやりたいことをやり続ける深作。ではなぜドイツ演劇なのか。それはパンフレットにこう書いてあった。

“戦後は笑いと涙、物語への感情移入を重視する英米や日本の演劇教育に対し、ドイツはヒトラーの演説にほとんどの国民が熱狂してしまった痛みの経験から、人の言葉や物語を批評し、冷静に物事を考え、見つめる文化が育ちます” 

今の日本のドラマや映画が確かに共感を大事にしたものが多い。笑ったり泣いたり感動したりはもちろん大事ではある。が、「笑える」「泣ける」「感動」「共感」と誰もが一言で言えたり、「いいね」で消費してしまうものではなく、一言では言い表せないものについて思考していくことに、そろそろ私たちは向かうべきではないだろうか。そんなふうに2作を見て思う。なにもかもが間に合わなくなるその前に。

「火の顔」と「アンティゴネ」の出演者とセットは同じ。それによって、ドイツの作品であること以外、まったく違う話が不思議にリンクしているようにも見えてくるという趣向。

このように想像力と思考を育てる作品にポップカルチャーの最前線に身を置く者たちが参加していることに希望がある。

「火の顔」より 撮影:阿部章仁
「火の顔」より 撮影:阿部章仁

火の顔

作:マリウス・フォン・マイエンブルグ

翻訳・ドラマトゥルク:大川珠季

演出:深作健太

出演:川崎星輝(少年忍者/ジャニーズJr. さきはたつさき)

   富田健太郎/葉山昴(Wキャスト)

   大浦千佳/小林風花(Wキャスト)

   宮地大介

   愛原実花

アンティゴネ

作:ベルトルト・ブレヒト

翻訳・ドラマトゥルク:大川珠季

演出:深作健太

出演:大浦千佳 宮地大介 富田健太郎 小林風花 葉山昴 愛原実花

川崎星輝(少年忍者/ジャニーズJr. さきはたつさき)

2023年4月16日まで 吉祥寺シアター

フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人

角川書店(現KADOKAWA)で書籍編集、TBSドラマのウェブディレクター、映画や演劇のパンフレット編集などの経験を生かし、ドラマ、映画、演劇、アニメ、漫画など文化、芸術、娯楽に関する原稿、ノベライズなどを手がける。日本ペンクラブ会員。 著書『ネットと朝ドラ』『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』、ノベライズ『連続テレビ小説 なつぞら』『小説嵐電』『ちょっと思い出しただけ』『大河ドラマ どうする家康』ほか、『堤幸彦  堤っ』『庵野秀明のフタリシバイ』『蜷川幸雄 身体的物語論』の企画構成、『宮村優子 アスカライソジ」構成などがある

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