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靖国神社の落書き、礼拝所不敬罪とは?逃げた実行犯はどうなるか、捜査の焦点は

前田恒彦元特捜部主任検事
(写真:イメージマート)

 5月に仲間2人と靖国神社の石柱にスプレーで落書きしたとして、日本に住む中国籍の男が逮捕された。スプレーの購入役だったという。警視庁は事件直後に日本国外に逃げた中国籍の男2人を実行犯と動画の撮影役とみて、逮捕状を取得し、行方を追っている。器物損壊罪に加え、礼拝所不敬罪の容疑だ。

礼拝所不敬罪とは?

 礼拝所不敬罪は、「礼拝所(らいはいじょ)」、すなわち宗教宗派を問わず、一般の人が宗教的崇敬を捧げる場所に対し、公然と「不敬な行為」をしたら成立する。健全な宗教的風俗や宗教的感情を保護するために刑法に制定されている犯罪だ。

 神道で神を祀った社殿や祠(ほこら)である「神祠(しんし)」、仏教の寺院や仏像を安置した殿堂などの「仏堂」、遺骨や遺体を安置する墓や慰霊碑、記念碑などの「墓所」がその典型である。警察は、「靖国神社」と刻された石柱が靖国神社の境内にあり、礼拝の対象としてその一部を構成していることから、「礼拝所」にあたると判断したのではないか。

 また、「不敬な行為」とは、宗教的崇敬を捧げられるべき対象物の尊厳を害するに足りる行為を広く含む。壊す、倒す、汚すことのほか、墓石に上る、狛犬にまたがる、張り紙を張る、墓所に向かって放尿の格好をするといった行為も含まれる。男らは石柱に赤色のスプレーで便所を意味する「Toilet」と落書きし、石柱に向かって放尿するポーズをしており、「不敬な行為」であることは明らかだ。

器物損壊罪の「損壊」とは?

 男らは石柱を壊したわけではないが、器物損壊罪も成立する。そこでいう「損壊」とは物理的な破壊に限られず、その物の効用を害する一切の行為を意味するからだ。心理的に使用できなくさせたり、その物が本来持っている価値を低下させたりすることも含まれる。

 掛け軸に墨で「不吉」と書くとか、食器に放尿するといった行為も「損壊」にあたるというのが裁判所の見解だ。したがって、靖国神社の石柱にスプレーで落書きする行為は器物損壊罪にあたる。損害見積額は420万円に上るという。

 器物損壊罪は最高で懲役3年、罰金だと30万円以下であり、礼拝所不敬罪は最高で懲役6か月、罰金だと10万円以下だから、法的には前者のほうが罪が重い。逮捕された男は犯行現場にはいなかったものの、事前にスプレーを購入するなど実行犯の男らと行動をともにしており、防犯カメラの映像などから特定されたという。

今後の捜査の焦点は?

 警察は、実際にスプレーで落書きした男と、SNSで配信するためにその様子を撮影した男を共犯として指名手配している。ただ、犯行直後に中国に帰国している模様だ。現に実行犯の男は中国で日本のメディアの取材に応じ、日本の警察は幼稚園児のようで怖くないと挑発した上で、福島第一原発の処理水の海洋放出に抗議するための犯行で違法とは考えておらず、反省しておらず、日本で再び抗議活動を行うこともあり得ると述べている。

 処理水問題への抗議と靖国神社で「Toilet」と落書きすることとは全く釣り合っておらず、男が迷惑系動画配信者であることをも考慮すると、単に中国の反日感情をあおって注目を集め、ページビューを稼ごうとしたにすぎないのではないか。当然ながら、もし本当に再来日したら、空港などですぐに身柄を確保し、逮捕できる状態だ。

 警察はICPOを介して逃げた2人の男を国際手配することになるが、中国政府に身柄の引き渡しを求めても、日本との間でその旨の条約がなく、実現は期待できそうにない。今後の捜査の焦点は、事件の経緯や真の動機の解明になる。まずは逮捕した男を鋭意取り調べ、これらの点について事情を聴取する必要がある。

 懸念されるのは、この男について実行犯の男が「ネットで知り合った日本の案内役で、落書きする計画は知らせていなかった」とメディアの取材で語っている点だ。犯行現場にもいなかったことから、逮捕された男も「事情を知らずにスプレーを購入して渡しただけだ」などと弁解し、共謀を否認することが予想される。(了)

元特捜部主任検事

1996年の検事任官後、約15年間の現職中、大阪・東京地検特捜部に合計約9年間在籍。ハンナン事件や福島県知事事件、朝鮮総聯ビル詐欺事件、防衛汚職事件、陸山会事件などで主要な被疑者の取調べを担当したほか、西村眞悟弁護士法違反事件、NOVA積立金横領事件、小室哲哉詐欺事件、厚労省虚偽証明書事件などで主任検事を務める。刑事司法に関する解説や主張を独自の視点で発信中。

元特捜部主任検事の被疑者ノート

税込1,100円/月初月無料投稿頻度:月3回程度(不定期)

15年間の現職中、特捜部に所属すること9年。重要供述を引き出す「割り屋」として数々の著名事件で関係者の取調べを担当し、捜査を取りまとめる主任検事を務めた。のみならず、逆に自ら取調べを受け、訴追され、服役し、証人として証言するといった特異な経験もした。証拠改ざん事件による電撃逮捕から5年。当時連日記載していた日誌に基づき、捜査や刑事裁判、拘置所や刑務所の裏の裏を独自の視点でリアルに示す。

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