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【PC遠隔操作事件】弁護団は「鑑定人と十分なコミュニケーションがとれていない」!?

江川紹子ジャーナリスト・神奈川大学特任教授

PC遠隔操作事件でハイジャック防止法、威力業務妨害などの罪に問われている片山祐輔被告の裁判は、11月4日に最後の被告人質問が行われ、事実調べを終えた。この日は、片山被告の精神鑑定を行った、臨床心理士の長谷川博一・こころぎふ臨床心理センター長の証人尋問が予定されていたが、弁護側が撤回したために実施されず、鑑定書も証拠請求しなかった。

鑑定結果は「自閉症スペクトラム」と

弁護側は、被告人質問の中で、長谷川鑑定の実施状況や証拠請求をとりやめた理由を、片山被告に語らせた。

それによると、7月16日以降、20回くらい面会し、その述べ時間数は16時間30分ほど。最初のうちは、1回30分だったが、途中から拘置所が1時間の面会を認めるようになった。その結果、発達障害の一種である「自閉症スペクトラム」と判定された。

カウンセリングの結果、前回の服役の際に刑務官から受けた仕打ちが恨みとして残っており、国家権力に対する復讐心が事件を引き起こす動機の1つだったことが、片山被告自身も分かってきた、という。

ただ、「事実が長谷川先生に正しく伝わっておらず、鑑定書(の記載)には事実でない所もあり、それを直す時間もないので、提出しないことにした」と片山被告は述べた。

裁判には使えない鑑定結果

長谷川氏による鑑定は、事件の動機を解明し、裁判所が量刑の判断をするための情報を提供する「情状鑑定」として行われた。弁護側も、片山被告の「心の闇」を解き明かすことが、事件の「真相解明」には必須だと強調してきた。弁護側鑑定を行うからには、それが被告人にとってプラスの情状として働き、刑の軽減につながるという期待があったのは間違いない。

しかし、鑑定書が提出されず、専門家である長谷川氏の証言がなければ、「自閉症スペクトラム」と判定した理由が分からないだけでなく、それが片山被告の心理にどのような影響を与え、事件にどう関係しているのかが全く分からない。裁判所も、被告人からの伝聞情報だけでは、「自閉症スペクトラム」という結果を、量刑判断に使いようがないのではないか。

これでは、佐藤博史主任弁護人が強調していた「真相解明」にならないばかりか、被告人のためにプラス材料にはまったくならないだろう。

【記者会見での主任弁護人の発言】

長谷川氏への証人尋問は、本来は10月17日に予定されていた。弁護側の要請でその日の裁判が取りやめになり、11月4日に延期された。それが、土壇場になっての方針変更である。

記者会見する佐藤弁護士
記者会見する佐藤弁護士

公判後に弁護団が行った記者会見では、当然その理由に質問が集中した。やりとりの一部を紹介する。

記者(時事) 鑑定書を出さなかった理由は?

佐藤 片山さんが言ったとおり、出来上がったものはあるが、本人との間で最終的な調整がうまくいかなかった、ということです。

記者(時事) 何が一致しなかったのか。

佐藤 自閉症スペクトラムという鑑定結果には異存がないが、それ以外の記述の部分で、ちょっと違うんじゃないか、というところがあった。それがどういう部分かはお話できない。

「私が言ってることが正しい!」

江川 長谷川氏は、今日、傍聴されており、公判後に聞いたところ、弁護側から事実について指摘があった部分は全部直した、と述べているが。

佐藤 一切それはお答えできません。

江川 なぜでしょうか。法廷で言っていることがどうか…についての質問なのですが。

佐藤 私が言ってることが正しいんです。

江川 長谷川氏が言うことが間違っていると?

佐藤 自分で考えて下さい。

江川 佐藤先生は、これまで何度も、「事件の真相を解明するためには、心の闇を解き明かすことが必要だ」とおっしゃってきた。その方法として長谷川鑑定を進めてこられた。結論が違っていないのに、いくつかそぐわないところがあるということで、鑑定書全部をなくしてしまうということだが、(この鑑定がなくても)これで真相が解明できた、ということなのでしょうか。

佐藤 だから、真相解明に役に立たないと考えたから提出しなかったんですよ。それだけです。繰り返し言ってるじゃないですか。事実と違うことが書かれている、と。

江川 しかし、長谷川氏は指摘があったところは直した、と…

佐藤 それも違うと言ってるじゃないですか!問題が解消してないからこうなったと言ってるし、本人自身がそう言ってるじゃないですか!それだけです。

江川 真相解明はできなかった、と…?

佐藤 心の闇については、片山さんが言うように、中途半端になっている、というだけですよ。それだけです。

江川 先生は、真相を解明しないと、裁判所が正しい判断ができないとおっしゃっていたのでは…

佐藤 長谷川先生の鑑定書がそれに資するものかということで、そうはならないと本人が判断して、私たちもそう判断している。江川さんの言い方は、弁護人が真相解明を妨げていると言っているように聞こえる。

江川 そうではなく、以前おっしゃっていたことについて、現在、どうお考えか、とお伺いしています。

佐藤 真相解明は半ばになっちゃっているわけですが、それだけのことだって言ってる!

江川 当然、弁護団は鑑定人と充分にコミュニケーションしたうえで申請されたと思うんですけど、証人尋問の予定を延期してまでやるつもりでいたのが、それが急に取りやめになったのは、どうも腑に落ちないところがあるものですから…。

佐藤 江川さんの前提が全く違っています。充分なコミュニケーションがとれていたことはないし、書面は直前に出されたもので。片山さんも言ったと思うんですよ、時間的に不十分だった、ということ。

江川 長谷川氏は10月26日には出した、と言われているようですが…

佐藤 極めて不正確です。

江川 では、昨日、一昨日というような直前だったんですか?

佐藤 それ以上お答えしません。

江川 なぜ鑑定人とコミュニケーションを充分に取れなかったのでしょうか。

佐藤 それはお答えしません。

「お答えしません!」

記者(読売) 心の闇の解明が不十分になったという点についての、弁護団の見解は?

佐藤 非常に不本意なことをやっているわけです、鑑定結果を被告人が語る、というのは。本来は鑑定人が証言すべきものだと私は思います。ところが、それができなかった。その限りでは、心の闇の問題について、十分な情報が提供されていない、と思う。

記者(読売) それは残念、と?

佐藤 そうです。大きく言えば、弁護側の方の問題でこういうことになっちゃったわけで、裁判所には今日に延期していただいたが、それに間に合わすことができなかった、ということ。

記者(TBS)鑑定の結果が間違っている、ということか?

佐藤 鑑定は、結果だけじゃなく、それに伴う理由がある。鑑定書が完成し、裁判所も検察官も言っていたが、専門的なことが問題になるので、事前に鑑定書を仕上げて請求して下さいと言われていた。裁判所としては、あらかじめ鑑定書を読んで裁判に臨む、と。私たちも当然そういうことと考えていた。ところが、1週間前に鑑定書を準備できなかった。いきなり証人尋問というのはありえない。

記者(TBS)鑑定の結果は間違っていないが、理由が問題なのか。

佐藤 具体的に言えません。

記者(TBS)違うのは、いつ、どこで、何が…という事実なのか、その解釈なのか。

佐藤 両方かもしれませんね。

江川 事実が違うというのは、全体の中で、どれくらいの分量なのか。

佐藤 お答えしません!

江川 後から(修正などの)追加書面を出してもらうとかいう余地はなかったのですか。

佐藤 お答えしません!!今日が証拠調べの最後です。

ことの真相は…

これまでは、積極的な広報戦術を展開してきた佐藤弁護士だが、今日は「答えない」を連発。特に私の質問に対しては、苛立ちと憤りがその語調からびんびんと伝わってきた。

この会見で、佐藤弁護士は、長谷川鑑定を出さないことについて、片山被告本人の意思であることを強調した。だが、長谷川鑑定は、弁護人が情状立証の柱に据えていたはずである。その弁護方針を変更するかどうかについて、まず判断をするのは、弁護人ではないだろうか。弁護団がなぜ、この鑑定を証拠申請しない判断をしたのか、会見では最後までよく分からなかった。

また、長谷川氏の書面作成が遅くなったために、事実に関する修正ができなかったかのような説明も、果たしてどうなのだろうか。

長谷川氏によれば、9月に弁護団から「専門用語が出て来ると分かりにくいので、書面を作成して欲しい」と言われ、証言する予定の内容をまとめた「証言要旨」を作成。その旨も伝えてあった。ところが、10月の証言予定日の間際になって、「(正式な)鑑定書でなければダメだ」と佐藤弁護士から言われた。長谷川氏が「急にそんなことを言われても無理」と、鑑定人を辞退する旨を連絡。すると、弁護側から「証言予定の期日を延ばすので、10月27日までに鑑定書を作成して欲しい。」と依頼された。徹夜を重ねて、26日の夜には弁護人宛てにメールで送った。ところが、24時間以上経っても何の音沙汰もなかったので、長谷川氏の方から複数の弁護人に「届いていますか?」と連絡した。29日になって、弁護人の1人が長谷川氏の元を訪ね、「事実について違うところがある」と言うので、そこは全部修正した、という。

それにしても、弁護側立証の重要な柱であったはずの鑑定について、鑑定人と「充分なコミュニケーションがとれていたことはない」と主任弁護人が平然と言い切ったのには驚いた。弁護人は、自分たちが頼んだ鑑定人と意思疎通を図り、その判断を理解したうえで、証人申請なり証拠申請なりをするものではないのか。

弁護団は、警察や検察の問題を批判するだけでなく、まずは自らの当初からの弁護活動をじっくりと省みる必要があるように思う。

裁判は、11月21日に検察側の論告求刑が、同月27日には弁護側の最終弁論が行われて結審する。

ジャーナリスト・神奈川大学特任教授

神奈川新聞記者を経てフリーランス。司法、政治、災害、教育、カルト、音楽など関心分野は様々です。2020年4月から神奈川大学国際日本学部の特任教授を務め、カルト問題やメディア論を教えています。

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