会田誠インタビュー。書籍「性と芸術」で、残虐な少女の裸を描いた作品「犬」を自己解説した背景とは?
「ヘンタイめ!」「エロじじい!」「このロリコン野郎!」……。
このように、何かにつけ会田誠は、ネットやSNS上でやたらに罵倒されてきた稀代の絵描きである。
いや、罵倒だけにとどまらない。2012年に森美術館で個展を開催した際には市民団体「ポルノ被害と性暴力を考える会(PAPS)」から美術館へ抗議文が届いたし、会田がゲスト講師を務めた京都造形芸術大学(現・京都芸術大学)の公開講座の受講者からは、わいせつで性暴力性のある作品を見せられたと訴訟を起こされたこともあるほどだ。
そんな会田の作品の中でも、極めつき悪評なのが「犬」である。首輪で拘束され、両手両足が欠けた裸の少女を描いた作品シリーズだ。会田がこの「犬」第一作目を手がけたのは大学院1年生の時である。1989年、23歳だった。
同作に関し、会田みずからが丹念に解説した一冊が刊行された。「性と芸術」(幻冬舎刊)である。本書について会田に話を聞いた。
旧作について振り返ることに気が重いところがありましたね
──執筆に2年以上かかったそうですが、何にいちばん時間がかかりましたか?
会田 そうですね、旧作について思い出したり、振り返ったりすることにちょっと気が重いところがありましたね。
──この本では「犬」に至った過程が克明に記されてますが、日記でもつけてたんですか?
会田 いや、書いてない。ただ、23歳の頃はちょうど自分の中で転機だったので、繰り返し思い出すことが多くて、だから覚えてて。それから、自分の作品画像を見せながらのトークショーとかで「犬」を描き始めた経緯を何度もしゃべってたんで、よく覚えてるんだと思います。
──若い頃の話を赤裸々に綴ることができたのは、自伝的な要素もなくはない小説「げいさい」(文藝春秋刊)を書いた後だからという面もあります?
会田 そのふたつは、そんなにつながりはないとは思います。けれど、「性と芸術」を書きながら、「げいさい」の続編的ではあるなとも思いました。「げいさい」が20歳前の主人公で、「性と芸術」は23歳だから、年齢的にも続編っぽい。ただ、「げいさい」はぼくではない架空の主人公で、「性と芸術」は混ざりっ気なくぼくなので、むしろ私小説っぽいなと思いながら書いてましたね。
ツイッターを始めて、十年近くフラストレーションが溜まってた
本書はなぜ「犬」を描こうとしたのか、その胸中を明かすだけではない。会田が学生生活を過ごした1980年代中盤から90年代初期にかけての国内外の美術動向や東京藝術大学の教育環境、さらにサブカルチャー・シーンの状況や社会情勢、自身の読書遍歴などがバランスよく綴られ、「犬」が描かれるに至る複合的な成り立ちが明らかにされる。
──書き進めるうちに構成が固まったのか、それとも初めから構成プランがあったわけですか?
会田 最初からプランがありましたね。ぼくという作家の特徴を自分で分析すると、ファインアートだけれどサブカルチャーのほうも気にしてるところ。お高くとまってない日本のカルチャー、つまりまんがとかポルノも含めたカルチャーに目配せするのがぼくの方針というかクセというか。で、構成としては、基本的に時間軸どおりに書こうと考えた。それから章立てというか、紙を広げて「はじめに」とまず書いて、いろいろ項目を並べましたね。
──この本を書いた動機も詳しく書かれてますね。
会田 ツイッターで悪口というかいろいろ書かれて、そのたびごとに、つい答えたくもなるんだけど、「答えてもキリがないなあ」とも思ってて、言いたい言葉も出せずにいた。ぼくがツイッターを始めたのは2011年からだから、十年近くそんなフラストレーションが溜まってた。それでいつかは「犬」の解説を書いてみたいなと考えた。
で、自分の最初の画集を出した時から自作の解説を書くのは嫌いなほうじゃなかった。それで「犬」の長い解説を書いたら、一生自作の解説をしなくて済むんじゃないかと思いました。
だいたい、ぼくには議論で勝ちたいという資質がない
──若い頃は展覧会の時によく手書きの解説をわざわざ、わら半紙に印刷して配ってましたね。
会田 ええ。いまはハンドアウトって言うらしいけど、そんな言葉を知らない頃から、展覧会を見た人が家に持ち帰れる解説を用意してましたね。でも、もうやらないつもり。ぼくは自分の作品解説をやりすぎる美術家だと思うので、今回の出版を機にやめようと思います。
──「犬」をはじめ会田さんの作品を非難してた人たちはこの本を読んで理解してくれるでしょうか、それとも平行線のままだと思いますか?
会田 まず読まないでしょう。読んだとしても、それで説得されることはないと思いますよ。それはしょうがない。ぼくだって、誰かに何かについてどれだけ親切丁寧に解説されても、動かない信念みたいなものがありますから。ただ、言いたいことを言っておきたかった、それだけです。
だいたい、ぼくには議論で勝ちたいという資質がない。だから、自分の考えと違う人に対して、「その考えは間違ってる、こっちのほうが正しい」といった書き方はこの本ではしなかった。それに、ツイッターとかで議論に勝とうとしてる相手が来ると、まあ勝てないし、そもそも議論に向いてないし。だからツイッターで言葉を発してもダメで、やはり本で書こうと思った次第です。
「性と芸術」の刊行を記念して、「【幻冬舎大学】大人のためのカルチャー講座」の一環として「聞きたいことがあれば、聞いてください」が開催される。
日時:2022年8月20日(土) 16~18時(15時30分開場)
会場:幻冬舎1号館イベントスペース
受講料:幻冬舎plusで購入2200円(税込)
Peatixで購入2400円(税込)